59話
三人目の出産が本格的に始まった。
小休憩を挟んだことで、フラシオンの体力が戻った。
立った状態で力む姿も堂に入っていて、一人目二人目よりもすぐに生まれそうな予感がするほどだ。
ブリルーノは心配せずに三人目の出産を待とうとしたが、時間を経るに従って、なにか違和感を覚えていた。それが何なのかを見極めようとする。
フラシオンの体調や力み方に問題はない。出産のために必要な品々は揃っている。魔力視で見た胎児の様子にも不都合な部分はなかった。
(いや、なにかが見えていて、それに違和感を覚えているはず)
ブリルーノは、目に映る一つ一つを、改めて細かく確認していく。
そうして時間をかけて確認していった結果、ある一つの事に気付いた。
それはフラシオンの股の間から出ている、切られたへその緒について。
先の二人の胎児が産まれた際に、糸で縛り上げて止血してから赤子と切り離した、あのへその緒だ。
胎児二人――つまり二本のへその緒が、フラシオンの産道から下がっていないといけないのだが、いま体外に見えているのは一本だけ。
そう、二本目のへその緒がないのだ。
部屋の中の床やベッドを確認するが、後産でへその緒が胎盤ごと体外に出てきたという事実はない。
つまり二本目のへその緒は、何の理由かは分からないが、フラシオンの胎内に戻ったということになる。
その事実に気付いた瞬間、ブリルーノはフラシオンに近づいて肩を押さえて動かけないようにした。
「ちょっ、ダンナ。何をするんだい」
「少し力むのは止めてくれ。問題が起こったかもしれない」
ブリルーノは、フラシオンをベッドに寝かせると、フラシオンの股を覗く位置へと移動した。
「悪いが、産道の中を確認させてもらうぞ」
「えっ。必要なこと、なんだね?」
「ああ。問題が起こっているかいないかを確認する必要がある」
「仕方がないね。お願いするよ」
フラシオンから許しを得て、ブリルーノはフラシオンの股の間を覗き込んだ。
やはり先ほど察した通りに、体外に覗いているへその緒が一つしかない。
では二つ目のへその緒はどこに行ったのか。
ブリルーノは産道の口を指で広げて奥を覗きこむ。
見えたのは、産道の半ばに達してる、三人目の胎児の頭。そして、その頭に巻き付く形で、末端が糸で縛られたへその緒が存在している光景だった。
(三人目の体に絡んで引っ張り上げられたから、胎内に戻ったように見えたわけか)
理由が分かったものの、ブリルーノは新たな判断を迫られることになった。
胎児に絡んでいるへその緒が、胎児の体に引っかからずに抜けてくれるのならば、このまま出産に移っても問題はない。
しかし仮に、今の段階でへその緒が胎児の体を縛り上げていた場合、このまま産道の外に出ようとすれば縛られた部分から先が鬱血してしまう。
手足ならまだしも、首などにかかっていたら、それは致命的なことになりかねない。
(安全を考えるのならば、絡んだへその緒を解いてやるしかないが)
しかし産まれ出ようとする胎児と産道には、隙間が全くない。
例えブリルーノがフラシオンの産道に手を突っ込んでも、その手指を使って絡んだへその緒を解くことは難しいだろう。
ブリルーノはどうするか考えてから、フラシオンに伺いを立てることにした。
「胎児の体に、前に産んだ子のへその緒の残りが絡んでいる。それを解消するには、俺様がそのへその御を魔法で操ってやる必要があるが、どうする?」
「出産に魔法を使うのは、ご法度じゃないのかい?」
「その点を正確にいうのなら、胎児に影響する魔法は止めるべきというものだ。俺様が魔法をかけるのはへその緒。胎児にではないから、魔法が胎児に悪影響を及ぼす心配はしなくていい」
「赤ちゃんは無事だってこと。それは本当だね?」
「宮廷魔法師の身分に誓ってな」
「……やっておくれ。必要なんだろう?」
「安全に産むには必要な措置だ。心配しなくていい、簡単な魔法だからな。対物操作」
ブリルーノが魔法を行使しながら手指を振るうと、先ほどフラシオンの体を拭くのに使ったタオルが独りでに空中に浮かび上がった。
そのタオルは、空中で真っ直ぐにピンと張った状態になった後で、パタパタと折り曲がっていき、やがてバラの形にまで折りあがった。
「このタオルみたいに、胎児に絡んでいるへその緒を動かすことができる。心配しなくていい」
「そうだね。心配の必要はなさそうだ」
フラシオンが体を任せるように全身の力を抜くの見てから、ブリルーノは対物操作の魔法を行った。
まずは胎児の体に絡んでいるへその緒だけに、魔法の効果を適用。
へその緒全てを対物操作の魔法の効果範囲に捕らえ終えると、ブリルーノの脳内ではへその御が胎児の体のどこに絡んでいるかが映像として浮かんだ。
(頭の回りから、背中側を通って、左足の付け根に絡んで、そのまま子宮内へ。胎児自身のへその緒には絡んでいないし、体に絡んでいる具合も緩いから、このまま出産させても体の部位が鬱血することはなかったか)
ブリルーノは、心配のし過ぎだったことに安堵する。そして、対物操作の魔法を使っているのだからと、胎児の体に絡むへその御を解いて、それをフラシオンの産道の外へと出した。
「これで問題はなくなった。力んでもいいぞ」
「なら、そうさせて貰おうかね」
フラシオンは再びベッドから立ち上がると、立った状態で力み始めた。
すると、止めていた分を取り戻すように、胎児の頭が産道を進んでいき、その頭の先が出口から現れた。
このままいけば、もうすぐ産まれそうな感じだ。




