58話
三人目の出産だが、一人目二人目より時間がかかっている。
その理由は、フラシオンの体力切れ。
今回の出産方法では、フラシオンが立って歩き回り、ときどき力んで産み落とそうとするもの。
通常のベッドの上に横たわって行うものに比べて、歩き回る分だけ体力消費が多くなる。
そこでブリルーノは、三人目を産むためにはフラシオンには体力回復が必要と判断した。
「汗みずくだな。濡らしたタオルで体を拭いてやる。そのあとで服を着て体温の維持を行いつつ、休憩してもらう」
ブリルーノがタオルを手に近寄ると、フラシオンはベッドの上に腰かけながら顔を横向かせた。
「汗ぐらい、自分で拭くよ」
「……恥ずかしがるなんて、今更だぞ。文句を言わずに、俺様に任せておけ」
問答無用と、ブリルーノはタオルでフラシオンの体を拭き上げ始めた。
フラシオンは胸部や腰回りを拭く際に気恥ずかしい気分になったが、ブリルーノの態度と手つきに不埒な気持ちがないことを察してからは、大人しく体を任せることにした。
そうして一通り拭き上がってさっぱりとした体に、ネグリジェが着せられた。
「ほら、体力回復用の砂糖水だ。少しずつ飲むといい」
「ありがとうね」
フラシオンは、ブリルーノに手渡された杯を取り、その中身に口をつけた。
ほんのりと甘い味がする水。
ただそれだけの水のはずなのに、フラシオンはぐいぐいと飲み干そうとする手を止めることができなかった。
自動的に体に必要な物を摂取するような行動にフラシオン自身が驚いていると、ブリルーノは新たな砂糖水を杯に注いだ。
「一杯目は仕方がないが、二杯目からは少しずつ飲めよ。下手すると、吐くことになるからな」
「わかったよ。そうする」
注意されて、フラシオンはちびちびと砂糖水を舐めるように飲むことにした。
先ほどとはうってかわり、一気に飲もうという気持ちは湧いてこない。
二杯目の半分ほどを飲んだところで、フラシオンは甘い水を飲むのを止めた。自然と十分に補給できたという気持ちが湧いたからだ。
フラシオンは杯を返しながら、ブリルーノに質問する。
「お腹の子供は、いまどんな感じかわかるかい?」
「ちょっと待て。魔力視で見てみる」
ブリルーノは魔力視で、フラシオンの胎児の様子を観察する。
魔力視は、魔力の形を見ることのできる魔法。
だから胎児の様子は魔力の形でしか見えず、肉眼で見るようにはハッキリと見ることはできない。
それでも、体内という肉眼では見ることのできない場所を覗くには、この魔力視はうってつけだ。
ブリルーノが魔力視で確認したところ、フラシオンの胎内には二人の胎児が残っていることが確認できた。
一人は徐々に胎動へと移動していて、もう一人は順番待ちをするようにその場に留まっている。
「三人目の出産が始まったみたいだ。砂糖水による補給で体力が回復したのが功を奏したのかもしれない」
「そうなのかい。そう言われててみると、陣痛が始まったような気がしてきたよ」
出産のために立ち上がろうとするフラシオンを、ブリルーノは手で押さえてベッドに寝かしたままにする。
「休憩し始めたばかりだろ。もう少し体力が回復するまで横たわっておけ」
「でもさ」
「約束があった二つの貴族家には、既に養子を出したんだ。出産に時間がかかったところで、文句を言ってくる外様はいない」
「……そうだったね。元気に生まれてくれれば、遅く産んだっていいんだね」
フラシオンは体に入っていた力を抜くと、ベッドに全体重を預けるように横たわった。そして体力が戻るまでの時間つぶしに、ブリルーノと雑談を始めた。
「養子に出した子たちは、元気に暮らせるのかね」
「悪く扱うと、逆に具合が悪くなると思うがな」
「どういう意味だい?」
「養子先の貴族家は、ノブローナ王妃との繋がりを求めている。いわば大事な手駒だ。言いつけを守るように教育はするだろうが、虐待まがいな教え方はしないだろう」
「でもさ、物語だと養子が虐げられるのは、よくある話じゃないか」
「今回の場合は心配要らない。仮に養子を虐待した場合、その話が王妃の耳に入れば拙い事態になる。傍から見ても、ノブローナ王妃は自分の子であるジャンルマを大事に思っているようだからな」
乳母を決めるにも、乳母とジャンルマとの相性を大事にしていた。
その一件から考えるに、ジャンルマと関係にするであろう子供も厳選することだろう。
だから、養い親から虐待を受けて育った養子は、ジャンルマの健全な成長に不適格だと排除される可能性がある。
もしかしたらノブローナ王妃自ら、虐待して育てる養い親自体を遠ざける事だってあり得る。
そうした裏事情をブリルーノは教えずに、別の事実を伝えることでフラシオンに安心感を与えようとする。
「ノブローナ王妃の情報網は、どこにあるか分からない。このプリパル伯爵家に、胎児を複数孕んだ妊婦がいるだなんて、どうやって知ったんだかな」
「そうだね。こちらも第一王妃様と面識はないんだけどねえ」
「そんな風に細かなことまで耳にしている王妃だ。自身に近づくために迎えた養子が虐待されていると知ったら、何らかの救いの手を伸ばすだろうさ。そういう気風の人だからな」
「宮廷魔法師のダンナが言うからには、第一王妃様ってのは、本島にそういうお方なんだね」
そんな会話をしていると、フラシオンの額に汗が浮いてきた。
陣痛が強まってきたことで現れた、脂汗だ。
ブリルーノは、その汗を見てから、フラシオンに言葉をかける。
「体力は戻ったか? まだなら、横になったままの出産に切り替えるべきだと思うが?」
「ふふっ。美味しい甘い水と楽しいお喋りで、大分体力は戻ったよ。今まで通り、立って出産するともさ」
フラシオンはブリルーノに手助けられながら、ベッドから立ち上がる。そしてネグリジェを脱ぎ捨てると、再び全裸で立った状態での出産を行い始めた。




