57話
フラシオンの胎児、その二人目の出産が終わった。
ブリルーノは、産声を上げる赤子のへその緒を切ってから、タライのお湯で清めてタオルで包み、フラシオンの乳房から母乳を摂取させ、籠の中に安置する。
こちらの赤子も、ブリルーノが見る限りではあるが、健康に問題はない。
(この子は、きっと健やかに育つな)
ブリルーノが新たな命に対する感慨を抱いていると、また階下から階段を上ってくる足音が聞こえてきた。
(今回の足音は、二人分だな)
ブリルーノは赤子を入れた籠を手に立ちながら、フラシオンの方へ差し出す。
フラシオンは、籠の中の赤子の頬を一撫でしてから、籠を手で押してブリルーノへ。
そんな短い別離の行為を受けて、ブリルーノは偽らざる不機嫌な表情をしながら廊下へ出た。
待ち構えるブリルーノの視界の先には、階段を上り終えた二人の人物。
ブリルーノが階段を上がってくると考えていた人物は、パザンプと執事。
しかし実際は、パザンプは当たっていたが、もう片方の人物は違っていた。
「ピソンパン侯爵。自ら受け取りにきたのか?」
ブリルーノが問いかけると、ピソンパン侯爵はパザンプを押しのける形で前に出てきた。
「なにか変かね?」
「……普通は、執事や使用人に頼むものじゃないか?」
「養子とするからには、我が子も同然。我が子を自ら迎え入れるのは、親の義務である」
「志は立派だがな。やっていることは人買いと変わらんだろうに」
「語弊があるな。養子を迎え入れるのは、平民の家ではどうかは知らぬが、貴族家では昔から他家との繋がりを持つために使われてきた手法だぞ。政略結婚と同じくな」
「俺様の貴族の子だからな。その辺の事情は把握はしている。気分的に良くはないがな」
ブリルーノが嫌悪感を込めた言葉を吐くと、ピソンパン侯爵は不思議そうに首を傾げてみせてきた。
「どの点が納得いかないと?」
「家を盛り立てるために、子供を犠牲にするやり方がだ」
「犠牲? するつもりはないが?」
心底不思議そうに聞いてくるピソンパン侯爵に、ブリルーノは問題を理解されないことは分かっていたと手振りを行った。
「王妃との繋がりを得る機会を狙うためだけに、他の家から子供を受け取り、その子を使って王妃の子との間に繋がりを持とうとしているあたりがだ。自分の才覚だけで、王妃の関心を得られるように頑張ったほうが建設的だと思うんだがな」
ブリルーノの持論に対して、ピソンパン侯爵は笑い声をあげる。
「はっはっは! なるほど、自力のみで立身出世を果たした、宮廷魔法師らしい意見だ。いやいや、笑って悪かった。貶す意図はない。純粋で微笑ましいと感じただけなのだ」
ピソンパン侯爵は、説明に迷うように、自身の顎に手を当てる。
「自分の力だけで王妃の――いやさ王家の関心を得る自信がないかというと、実はある。だが方法とリスクは分散するべきだろう?」
「養子については、本命ではなく予備のプランだということか?」
「何が功を奏するかは、未来を見通す目を持たない身としては、わかるものではない。ならば、余裕の内に講じられる手段は全て行っておくべきではないかな?」
高位貴族らしい考え方を全うする姿勢を見て、ブリルーノは議論する意味を失ったことを自覚した。
ピソンパン侯爵は、彼にとって正しい行動をしている。そして正しさを撤回させるには、ブリルーノはピソンパン侯爵について何も知らないからだ。
「……鬱屈に突き合わせて悪かったな。ほら、これがフラシオンの第二子だ」
ブリルーノが籠を差し出すと、ピソンパン侯爵は両手で受け取った。
「おおー、可愛い子なことだ。だが、第二子とは?」
「複数の胎児のうち、二番目に出てきた子って意味だが?」
「……どういうことかね。プリパル伯爵?」
ピソンパン侯爵が顔を向ける方向を変えたので、ブリルーノもパザンプへ目を向けた。
するとパザンプは、ブリルーノに『余計なことを言うな』と咎める目で睨んでいた。
「ええっと、その件についてはですね」
しどろもどろに言い訳する姿を見るに、なにやらピソンパン侯爵とパザンプとの間の契約に齟齬が発生しているようだ。
その問題がなにかは気になるところだったが、ブリルーノにとって大事なのは、その契約を知ることではない。
「悪いが、まだ出産の途中なんだ。早く立ち去ってくれないか」
「ああ、すまなかったね。では階下に行かせて貰おう。プリパル伯爵。話がある。返答によっては」
「なにも問題はありませんとも。ささ、どうぞどうぞ」
パザンプが先導して、ピソンパン侯爵は階段を下りていった。
「まったく。あわただしいな」
ブリルーノは溜息を吐いてから、フラシオンに対する助産活動へと戻っていった。




