55話
ブリルーノは、以前にアミーコジ永代侯爵家にて助産活動をした際に、妊婦の初産は時間がかかるということを学んだ。
そのため、フラシオンの出産も半日以上時間をかけて、四つ子の最初の一人を産むものだと判断していた。
しかし陣痛が始まってから、それほど時間が経っていないのにもかかわらず、最初の一人の頭が産道の外に見えてきていた。
(早い。もしかして、後に続いて他の胎児が出ようとして、押し出されているのか?)
理由はともかくとして、もう産まれそうになっているのは事実だった。
「ぬるま湯と、タオルの準備をしておかないとだな」
ブリルーノは部屋の外の廊下に置いてあったタライをとると、その中に魔法で熱湯を入れ、それから水を入れて薄めることでぬるま湯にした。
続いて真新しい清潔なタオルをとると、フラシオンに近寄った。
「もうすぐ出てきそうだぞ。このまま立った状態で出すのか? それともベッドに移動するのか?」
質問するブリルーノ。その肩を、フラシオンが掴んできた。
「ふー、ふー。このまま産む。立った状態で、ちょっと肩を貸して」
「おい。俺様が立った状態だと、産まれた子供を受け止められないだろ」
「平気だよ。床の間近まで腰を落とすからね」
そう言い終わった瞬間から、フラシオンはブリルーノの肩を万力のような力強さで握りつつしゃがむと、唸りながら渾身の力を腹筋に入れ始めた。
フラシオンが体重が、ブリルーノの掴まれている肩を通してのしかかってくる。
「ふぎいいいいいい!」
「うおっ!? 体重が!?」
ブリルーノは踏ん張って体勢を保持しつつ、手にあるタオルに魔法をかける。
「浮遊」
タオルはブリルーノの手から浮かび上がると、しゃがんで力むフラシオンの股の下へ移動した。
そうやって産まれる赤子を受け止める準備が整うと、それを待っていたかのように、フラシオンの産道の出口から赤子の頭がずるりと出てきた。
「ふううぐううう! ぐううああうううう!」
フラシオンが唸り声を上げる度に、赤子の体がずるりずるりと出てくる。そして赤子の方が、そして胸下が外に出てきた直後、全身がずるっと外に出た。
産まれ出てきた赤子は、浮遊するタオルに優しく受け止められてすぐに、大きな産声を上げた。
「ああうううああああああああ!」
ブリルーノは、フラシオンの脇の下に両手を差し入れると、引き上げて立たせた。それと同時に、浮遊するタオルの位置を動かして、赤子と繋がるへその緒が伸びきらないような措置も行った。
普通の出産では、子宮の胎盤が自然と外れるまで、へその緒を切る必要はない。
しかし、まだ三人の胎児がフラシオンの体内にいて、次の出産を待っている状態だ。
最初に産まれた子のへその緒を残したままでは、次に産まれる子のための作業がしにくくなる。
「ちょっと立った状態でいてくれ。次の子を産みやすくするために、へその緒を切ってやる」
ブリルーノは廊下に置いてある物資まで移動すると、鋏と糸を手に戻ってきた。
まず糸でへその緒の二ヶ所をきつく縛りあげる。
その二ヶ所の間の部分に指を起き、そこにある血管に脈動が走らない――ちゃんと止血ができていることを確認できた。
ブリルーノは鋏を手にとり、その止血されたへその緒の部分に刃を入れた。
しゃりんと音が鳴り、へその緒が両断された。
出血が起こったが、それは縛り上げた場所に残っていた血でだ。出血はすぐに止まった。
「よし。産まれた赤子の体を洗う。終わるまで、水を飲んだりして、一息入れておけ」
ブリルーノは、フラシオンに水を入れた杯を握らせてから、浮かぶタオルの上で泣く赤子をタライへと移動させる。そのタライに溜めたぬるま湯で、赤子の体についた用水や血液を洗い流していった。
すっかりと綺麗になった赤子を、次は別の新しいタオルで包みあげる。
この一連の作業は、アミーコジ永代公爵家にて、医師のアイスペクタから教えてもらったものだ。
タオルに包まれた赤子は、先ほどまで五月蝿いほど産声を上げていたのに、急に眠ったように静かになった。
その赤子を、ブリルーノはフラシオンに差し出す。
「ほら、初乳を飲ませてやれ」
「乳を。ああ、そうだね」
最初の子が産まれた安堵から、フラシオンは少し呆然としていたようだったが、ブリルーノから赤子を受け取り、さらけ出している乳房に赤子の口を近づけさせた。
赤子は、本能的に必要なものだと分かっているのか、すぐに乳首に吸い付いて母乳を飲み始めた。
フラシオンは、力強く母乳を飲む子を見て、泣き笑いのような顔になっている。
「ああ、可愛いねえ。これが赤ん坊かい。うっ」
急に呻き声を上げたフラシオンに、ブリルーノが慌てて近づく。
「どうした?」
「あははっ。次の子が、早く産んで乳を飲ませてくれって、催促してきたのさ」
「すぐに産まれそうなのか?」
「こう、ずるずるっと、腹の中から出てこようとしている感じがあるんだよ」
最初の子が通ったことで産道が開いたままになって、次の子が産まれやすくなっているのかもしれない。
ブリルーノは、フラシオンから抱いている赤子を受け取ると安置するための籠の中に入れ、次の子の出産準備に入ろうとする。だがそれより先に、階下から階段を上ってくる足音が聞こえてきて、思わず眉を寄せてしまった。




