54話
ブリルーノは、フラシオンが部屋の中で全裸で歩き回っているため、廊下に出て本格的な出産が始まるまで待機する気でいた。しかし階段を上ってくる足音を聞いて、先にそちらに対処するべく体の向きを変えた。
足音を立ててやってきたのは、この家の主人であるパザンプと執事だった。
その二人が部屋の前に来る前に、ブリルーノは制止を呼びかけた。
「悪いが、そこよりこっちには来ないでもらいたい。折角魔法で綺麗にした部屋や出産に必要な道具たちが汚れるからな」
そう呼びかけても二人には止まる気配がないため、ブリルーノは魔法を行使することにした。
「魔障壁」
手を向けて宣言すると、光る壁が廊下に現われた。
その魔法の壁によって、パザンプと執事は近寄れなくなった。
「おい、何の真似だ!」
パザンプの怒声を受けて、ブリルーノは冷たい視線を向ける。
「道具が汚れるから近づくなと言ったんだが、聞こえなかったか?」
「こっちは、この家の主人だぞ! 出産に立ち会う権利がある!」
「この出産の場においては、俺様が全権を担っている。その俺様が宣言してやろう。お前に出産を立ち会う権利はない」
「なんだと!」
パザンプの魔障壁を叩いて講義する姿に、ブリルーノは分かり易い言葉を選んで告げる。
「俺様がやっている助産活動は、王家の、そしてノブローナ王妃からの要望からのものだ。それを邪魔するということは、王家やノブローナ王妃から睨まれることに繋がるが、それでも構わないのか?」
噛んで含めるような言い方で教えると、ようやくパザンプの頭に上っていた血が引いたようだ。
「どうあっても、出産には立ち会えんということだな」
「そも、この部屋の大きさでは、フラシオンと俺様が入るだけで一杯だ。お前たちが立ち入る隙間はない」
「部屋の中に入れずとも、廊下から様子を見ることぐらいはできるだろう」
「部屋が狭くて物が置けないからこそ、廊下に出産に必要な物品を置いているんだ。お前たちの汚れた服から落ちたゴミで、その物品を汚されては、不慮の問題が生まれた子供に起こらないとも限らん。だから近づくなと言っているんだが?」
一から十まで説明して、ようやくパザンプは近寄ることを諦めたようだった。
しかしタダで去る気はないようでもあった。
「出産が始まったからには、養子先の家々に連絡を回しておく。子供が生まれ落ちたら、すぐに持ってくるんだぞ」
パザンプは言うだけ言うと、魔障壁に蹴りを一発いれてから、階段を下りていった。執事もその後に続いて、この場から去っていった。
面倒を増やしそうな連中が消えたことに対して、ブリルーノは安堵の息を吐く。
すると、ここまでの会話が聞こえていたのだろう、フラシオンから困った身内を弁護するような声がやってきた。
「うちの旦那がすまないね。ああ見えて、他の貴族との約束を守ろうと躍起になっているだけなんだよ」
「言っちゃ悪いが、自己保身しか考えていない愚か者にしか見えない」
「ははっ。宮廷魔法師様から見りゃ、誰もが愚かに見えるってもんだろうね」
宮廷魔法師は、生い立ち関係なく、本人の実力のみが判断されてなる役職――それこそ、国に何万といる魔法使いたちのうち、トップ領域にある数十人の実力者だけがなることが許される役職だ。
いわば、自分の魔法の腕前一本で立身出世を果たした、稀代の成功者とも言える存在だ。
だから、フラシオンの『普通の人の気持ちが分かっていない』という意見は、ある種当たっている。
仮にブリルーノがパザンプの立場なら、さっさと貧乏伯爵位に見切りをつけて爵位を返上して平民になるか、自分の子供を利用するのではなく自分の才覚のみで家の立て直しに挑むかをする。
そういう判断が出来てしまうあたり、ブリルーノはパザンプの気持ちを理解することは永遠に来ない証拠になっていた。
「あの者の気持ちを理解するよりも、いまは出産の方が大事だ。相変わらず歩き回っているようだが、調子はどうだ?」
「腹にクソ詰まりが出来たような感じがあるけど、それが歩く度に少しずつ緩んできている気がするよ」
「体が冷えないよう魔法で部屋を暖めてはいるが、汗をかいたならタオルで拭っておけ。それと少しずつ水を飲むといい。一度に大量に水を飲むと、力んだときに口から戻すことになるかもしれんからな」
「水は飲むけどさ、汗ねえ」
ブリルーノは、気配でパザンプと執事が執務室の中に入ったことを察知してから、視線を部屋の中にいるフライパンに向ける。
フラシオンは部屋の中を行ったり来たり歩きながら、真新しいタオルで体を吹いているところだった。
そのブリルーノの視線に気付いたのか、フラシオンは汗を拭く手を止めるとそのタオルを振って見せてくる。
「ねえ。ちょっと体が拭きにくい場所を拭ってはくれないかい?」
「……俺様がか?」
「他に誰がいるっていうのさ」
ブリルーノは、全裸姿の女性に近づくことに尻込みしかけたが、これも助産活動の一環だと考え直した。
「よし貸せ。どこを拭けばいい?」
「背中から足の膝裏にかけてをお願いするよ。できれば、全身拭いてくれると助かるんだけどねえ」
フラシオンが背中側を見せてきて、ブリルーノは拭く箇所を目で確認した。
確かにフラシオンの背中、後ろ腰、そして臀部と太腿には、大粒の汗が滴るように流れていた。
ブリルーノは、邪な考えが浮かばないよう心を律して、フラシオンの背中を吹いた。そして乗りかかった船だからと、フラシオンの全身にある汗が浮かんでいる場所まで拭き上げた。




