53話
ブリルーノは、ピソンパン侯爵にあと一ヶ月後に、フラシオンの出産が始まると予想した。
この予想は、アミーコジ永代伯爵家に勤めるアイスペクタ医師から教えてもらった医学知識と、魔力視で確認した胎児の体の大きさから判断したもの。
本来であれば――胎児が一人だけなら、この予想が外れることはなかっただろう。
しかしフラシオンの子宮に四人の胎児がいることが、この予想が外れる理由となった。
「「えっ」」
と声をだしたのは、急な破水を自覚したフラシオンが先だったか、それとも診察中に予想よりも早く出産が始まったことに驚いたブリルーノだったか。
どちらにせよ、破水が始まったからには出産の準備を行わないといけない。
「まずは、浄化」
ブリルーノは、フラシオンの狭い部屋にあるフラシオン以外の全てを、魔法で浄化して綺麗にした。
「服を着替えられるか? できれば、緩い服で汚れてもいいものが望ましい」
ブリルーノの声に、フラシオンが始まった陣痛を堪える顔で言い返す。
「生憎と、そんな服に持ち合わせはないね。だから悪いけど、うちの家のやり方でやらせてもらうよ」
言うや否や、フラシオンはベッドから立ち上がって床に足をつけると、衣服を脱いで全裸になった。
そして全裸のまま、狭い部屋の中をウロウロし始めた。
今まで見たことのない出産状況に、ブリルーノは呆気にとられて反応が遅れた。
「おい、なんで全裸で歩き回っている! ベッドの上に横になれ!」
「これがウチの家のやり方なんだ。服を着たままじゃ、汗やらなんやらで汚れて洗うのが大変だし、ベッドの上で寝転がってちゃ腹に力が入らなくて、生まれるものも生まれない!」
「こんなやり方、聞いたこともないぞ!」
ブリルーノは予想外な状況の連続に慌てかけている自覚が芽生え、息を大きく履いて冷静さを取り戻すことにした。
「ふー。よし、そのやり方は納得することにした。それで、なにか他に欲しいものはあるか?」
「タライとお湯。生まれた子をくるむための清潔な布だね。あとへその緒を切るための刃物も要る」
「そこら辺は普通のやり方と変わらないのか。分かった、用意しよう」
ブリルーノは、一度フラシオンの部屋を出ると、プリパル伯爵家の家屋の中から目的のものを集めた。
事前にある場所を確認はしてあったが、出産に使う品々は新品なものばかり。
ピソンパン侯爵ないしは他の養子先の貴族家が、出産に必要になるからと援助で送ってきたものなのに違いない。
必要な物を一通り木のタライの中に入れて、ブリルーノはフラシオンの部屋に戻ってきた。
フラシオンは陣痛を感じている表情のまま、まだ部屋の中をウロウロと歩いていた。しかしその歩いている床は、破水した水が更に零れ落ちたようで、かなり濡れていた。
あまり衛生的じゃない様子を見て、ブリルーノは浄化の魔法で床を綺麗な状態に戻してから、フラシオンに声をかけることにした。
「求められたものを集めて持ってきた。タライの中にお湯を張って良いか?」
「まだ張らなくていいよ。他の使い道があるから」
「他? 何に使うんだ?」
「そりゃあ、力むからには、下から出るものがあるでしょ。それを受け止めて、運んで捨てるために使うのさ」
婉曲的な言い方ではあったが、ブリルーノは何に使う気なのかをすぐに理解した。
「待て、そのタライは新品だ。そして生まれてきた赤子を洗うためにも使う。便所代わりにしていいものじゃない。さっき見に行った中に、大人用のオマルがあった。それを持ってくる」
「急がなくていいよ。いま出そうになっているわけじゃないからね」
だがタライを汚物で汚染されてはたまらないと、ブリルーノは急いでオマルをフラシオンの部屋に運び入れた。
しかし、出産に必要なものを部屋に入れてしまうと、部屋が狭すぎて人間が入る場所がないような感じになってしまった。
それこそ、フラシオンが部屋の中をウロウロできないぐらいに。
「邪魔だね。なんとかならないのかい?」
「部屋の中がダメなら、部屋の外の廊下に出しておくしかないな。必要になったら、部屋の中に入れる感じでな」
いつ胎児が生まれ落ちてもいいように、タライお湯を張っておいた方が良い。だが、幸いにしてブリルーノなら魔法で一瞬で作れるため、それほど重要ではない。
しかし廊下に物を置いておく場合、問題となる点がある。
「すぐに物を部屋に入れるには、扉を開けっ放しにしておく方がいいんだが」
「その方が良いのなら、そうしてくれて構わないよ」
「いや、構うだろ。部屋の中を全裸であるいている人間がいるんだぞ」
ブリルーノが苦言を口にすると、フラシオンは虚を突かれたといった表情の後で破顔した。
「この家の中には顔見知りしかいないから気にしないよ。アンタだってエロい目で見ているわけじゃないし」
「全裸の女に反応しない不能のように言われるのは、男の沽券に関わりそうで否定したい。出産が始まった妊婦が立って歩いていることへの不安が勝っているだけだからな」
ブリルーノは苦情を口にしながら、全裸の体が冷えないようにと、魔法で部屋の中を適度に温める熱源を発生させることにした。




