52話
プリパル伯爵の家屋にある、応接室――伯爵家という家格に似つかわしくないほどに、人が四人入れば満杯になる程度の小さな部屋。
その部屋の中に、ブリルーノはピソンパン侯爵に会うために入った。もちろん、この部屋まで案内してくれた執事が扉をノックし、そして扉を開けてくれた後でだ。
中には既にピソンパン侯爵とプリパル伯爵家当主のパザンプが、テーブルを挟んで向かい合う形で、ソファーに座っていた。
ピソンパン侯爵は、パザンプよりも年上に見える外見で、恐らく五十代の男性。中肉中背。背は高くも低くもない。焦げ茶の髪と髭を持ち、目元の皺は目立っている。服装は仕立てが良く、金回りに不安はなさそう。
ブリルーノはピソンパン侯爵の名前を聞いたことがないので、魔法使いや軍務系統の貴族ではないことは確かだ。
(あの年齢では、新しく子供を作るのは難しかったんだろう。だからパザンプから、赤ん坊を養子として受け取ろうとしているんだな)
ブリルーノがそんな判断を下していると、ピソンパン侯爵がブリルーノに訝しんだ目を向けてからパザンプへと顔を向けなおした。
「この御仁は?」
「ノブローナ第一王妃様から遣わされた、宮廷魔法師殿です。妻の容体を見てくださっている方です」
「第一王妃様が? 貴殿の家に宮廷魔法師を? どのような縁でだ?」
「それが分らぬのです。紹介も本人も本物であることは間違いないのですが」
パザンプから話を聞いて、ピソンパン侯爵は思い出した顔になる。
「そういえば第一王妃様が、魔法使いを出産を補助する得手にしようとしているという噂があった。その者がそれだろう」
「そうなのですか。流石はピソンパン侯爵。博識でございますな」
「はっはっは。この程度は、王城に伝手がある者であれば、すぐに耳にできるものだとも」
ピソンパン侯爵は、気分よく笑い声をあげた後で、ブリルーノに顔を向けてきた。
「第一王妃様の思い付きに付き合わされて、貴殿も苦労しているだろう。宮廷魔法師なのに、どうしてこのような役目をとな」
話を向けられたので、ブリルーノは率直な気持ちを口にすることにした。
「命令だから従っているが、宮廷魔法師の仕事かと疑問を持つことはあるな」
「はっはっは、流石は宮廷魔法師。王家批判ともとれる言葉を口にするとはな」
「宮廷魔法師は王家に直接仕えている者たちだ。王家が間違った判断をしていると思えば、諫める言葉を口にする許しが与えられている」
「では、宮廷魔法師が助産師の真似をすることは間違っていると?」
「いいや。古来から、妊婦に魔法をかけてはならないという仕来りがある。その仕来りが真か偽りかを見極めるため。そして妊婦の出産に魔法が役立つ余地があるのならば、それを研究する。これらは国に勤める魔法使いの役目から逸脱してはいないと判断している。ただし、俺様の役目かには疑問があるがな」
「宮廷魔法師といえば、王家が持ついくつもある剣のうちの一振り。本来の役目は、外的を屠るための力でありましょうからな」
ピソンパン侯爵は理解ある様子を見せてから、話題を転換してきた。
「それで、貴殿はこの家の奥方の診断をなさっていたとのこと。腹の中の子は順調に育っておりますかな? 子を我が家に貰い受ける話となっておるのですが?」
「心配しなくても、胎児は無事に成長している。見た感じ、一月後には出産が終わるのではないかな」
「それは重畳。この家に送った援助が無駄にならなくて安心した」
「援助? 養子を向かい入れた後の配慮ではないのか?」
ブリルーノが疑問をぶつけると、パザンプが余計なことを言うなという顔になったが、一方でピソンパン侯爵は理解を示す頷きを返してきた。
「貴族間の仕来りを考えれば、生まれていない子のために、他家に援助はしないものではある。だが、貴殿はこの家の惨状を目にして思わなかったか。この家の経済状況では、食料不足で妊婦ないしは胎児を殺しかねないなと」
「つまり、その養子となる子を育てるための食料援助をしていると?」
「幸いにして、我が家は領地持ちの侯爵家。領地から食料を運搬すれば、大した支出にはならんからな」
「領地持ちの侯爵家。となれば、我が子をノブローナ王妃の子の知己に、と望まなくても安泰では?」
「はっはっは。無論、我が家は安泰だとも。その安泰から生まれる余裕を使って、さらにもう一手を講じようと考えているのだよ」
「失敗が既定路線で、成功は望外であると?」
「養子となる子うんぬんより前に、第一王妃様の子がどう成長するかは未知数ではあるからな。近づかせることが上手くいったとしても、それが結果的に失敗になるということもあり得る」
ノブローナの子――ジャンルマが将来に大変な馬鹿王子に成長した場合、ジャンルマに近い関係の子供たちも世間の爪弾き者になってしまうことはありえる。
(血縁の実子であれば悪影響は免れないが、他家からの養子ならば縁組を解消してしまえば家への被害は最低限になる。そのあたりのことも、考慮に入れてそうだな)
家を維持し、かつ繁栄させる。
その貴族としての役割を考えるのならば、ピソンパン侯爵は貴族らしい貴族の人物だと言えるだろう。
(領地持ちの侯爵家で裕福。貴族として冷静な判断を下せるものの、貧窮する味方に援助を惜しまないほどには手駒を大事にする性格と見ていい)
養子先として考えると、貴族家の中で考えるのなら最上位に良い条件の相手――フラシオンにも良い養子先であると紹介できることは間違いなかった。
ブリルーノが一人納得していると、ピソンパン侯爵は先ほどまでの会話の流れという感じで、とある情報を伝えてきた。
「養子の件に関しては、我が家だけでなく他の二家も心配いらぬぞ。どちらの家も、貴族として十分に身を立てているうえに、分別のある人物ばかりの家だ」
「……プリパル伯爵家の奥方の腹の中に複数の胎児がいることも、他の胎児の養子先についても知っていると?」
ブリルーノが言葉を選びながら疑問を口にしつつ、目ではパザンプの様子を確認する。
パザンプの顔は驚愕に歪んでいて、どうやらピソンパン侯爵が他の養子先の情報を掴んでいるとは知らなかった様子だ。
そしてピソンパン侯爵は、もちろん知っていると力強い頷きを見せてきた。
「過去の事件のことだが、その家には胎児は一人しかいないかったのに、子を養子に出すと多数の家に持ちかけ、それぞれの家から援助金をせしめた詐欺師がいたのだ。その事件があってから、養子元の家を援助するのは養子を受け取った後にするべきという慣習が生まれたのだよ」
「その詐欺じゃないかと疑って、プリパル伯爵家に調査の手を入れたと?」
「勘違いしないで欲しい。プリパル伯爵家だから、ではないぞ。過去の事件を教訓とし、養子を受け取る約束をした家を詳しく調査することは、貴族家当主として当然の行いなのだよ」
本当に貴族らしい貴族なんだなと、ブリルーノはピソンパン侯爵を再評価した。
その後も二、三の言葉を交わしてから、ブリルーノは知るべきことは知れたからと部屋を後にした。そしてピソンパン侯爵のことについて教えるためにフラシオンの部屋に行きつつ、あることを考える。
(先ほどピソンパン侯爵は『他の二家』と言っていた。ピソンパン侯爵を含めると、三つの貴族家に養子を出す約束をしていることになる)
フラシオンの胎児は四人いるので、三つの家に一人ずつ養子を出しても、一人余ることになる。
フラシオンが一人は自分で育てたいと望んでいたので、問題はないように思える。
しかし胎児が四人いると分かったのは、先ほどブリルーノが魔力視で見極めたから――つい先ほどまでは三人しかいないと考えられていた。
そして養子先の決定は、ピソンパン侯爵が調査を終えていることからわかるように、かなり前に行われているもののはず。
(パザンプは自家を盛り返すことばかりに目を向けていて、フラシオンの望みを叶える気はなかったってことだろうな)
嫌な予感がむくむくと上がってきたが、ブリルーノは自分の役目じゃないからと黙殺することにした。




