25 愛する人のために②
「エド様……ありがとうございます!」
「運よく崖の途中で引っかかっていたので、引っ張り上げられた。……母上がルーチェに授けたという杖を、絶対に諦めたくなかったんだ」
杖を胸に抱くルーチェを優しい眼差しで見てから、エドアルドはすっと冷静な顔になった。
「……あの三人は、既に王都の方に送っている。解雇は当然だし、俺の妻に危害を加えたのだから軽い罰などでは済ませない。相応の処分をさせるから、ルーチェは安心してくれ」
「……はい」
「それから、マリネッタ様にもお帰りいただいた」
ついでのようにエドアルドが言うので、ルーチェはどきっとした。
「マリネッタ様はブリジッタたちの暴行に心を痛めてらっしゃるようだが……それはそれとして、妙に俺につきまとってきた。俺はルーチェの杖を探すのに忙しいというのにしつこいから、先に帰るようにお願いした。最後には喧嘩別れのようになったが、こうするしかないだろう」
「け、喧嘩別れ……」
まさか、とルーチェは驚いた。
【1度目】では、今回の遠征を機にマリネッタはエドアルドとの距離を縮めることになった。これ以降も毎回のようにマリネッタが同行し、そしてついにはルーチェにお呼びがかからなくなったのだ。
ブリジッタたちがなにを思ってあんな嫌がらせをしたのかは、わからない。マリネッタに媚びを売るためだったのかもしれないが……いずれにせよ彼女らは失敗し、マリネッタもまたエドアルドから愛想を尽かされて王都に送り返された。
「マリネッタ様が衛生兵として活躍したことは、事実だ。だからといって、適切な距離感を保たず近づいていいわけではない。……王太子殿下には当たり障りのない内容を報告するつもりだったが、さすがに一言申し上げる予定だ」
「……は、い」
「ルーチェ」
ふいに、エドアルドの声に甘さが乗った。
それに気づいたらしいテオとフェミアが音もなくテントから出ていくと、エドアルドは自分用のベッドからルーチェのベッドに移動してきた。二人分の体重を受けて、ミシリとベッドが音を立てる。
「辛い思いをさせて、すまなかった。それに、居城の使用人にあのような者たちがいたとなると、俺の責任だ」
「いいえ、そんなことありません」
……そう、エドアルドの責任ではない。
悪いのは、マリネッタだ。
ブリジッタたちも、もともとそれほどよい性格ではなかったのだろう。だが彼女らが足を踏み外すきっかけになったのは、マリネッタだ。
(多分マリネッタ様は、人を操る術に長けているのね)
自分が手を下さないどころか、直接的なことを命じなくても周りの者を扇動し、自分に有利なように動かす力。
ブリジッタたちは明らかにマリネッタにとって有利になるように動いたのに、それでも彼女らが犯行理由にマリネッタの名前を出さなかったのは、彼女が言葉巧みにブリジッタたちを誘導したからなのだろう。
……そう考えると、ぞっとした。
(マリネッタ様……恐ろしい人だわ)
手に入れたいものは、なにがなんでも手に入れる。
排除したいものは、ぼろぼろのゴミになるまで痛めつける。
根性が腐っている、くらいでは表現できない、同じ人間であるのかと疑うほど醜く歪んだ聖女。
【1度目】では彼女の企みが全て成功し、ルーチェはなにもかもを失ってしまった。
だが、間違いなく進歩もある。
かつてはマリネッタの腰巾着だったブリジッタたちは、もういなくなる。そして前回はマリネッタを狂信していたナザリオも姿を見せない。
マリネッタの手駒は、減っているはず。
その証拠に、【1度目】では本性をむき出しにするまではおっとりとした淑女の仮面を外さなかった彼女が、恋するエドアルドの前でもぼろが出そうになり彼に愛想を尽かされているのだから。
(私は確実に、前進できている。運命は変わっている……絶対に、負けない)
ぎゅっと服の胸元を掴むルーチェを、エドアルドが静かに見守っていた。
やがて彼は少し身を乗り出し、ルーチェの手に自分の手をそっと重ねた。
「ルーチェ、何度も言っているのだが……君のことは必ず、俺が守る」
「エド様……」
「マリネッタ様周りのきな臭さは気になるが、なにが俺たちの前に立ちはだかろうと負けはしない。愛する君を、守ってみせる」
青の眼差しに射貫かれて、ルーチェの胸がぼうっと燃え上がる。
(……ああ。好き)
エドアルドのことが、好き。
子どもの頃からずっと、彼の瞳が好きだった。
彼のそばにいられたらいい、神官として役に立てたらいいと思っていた。
……でも、今はそれだけではない。
「愛しています、エド様……」
「ルーチェ……」
「エド様、いつも私を助けてくださりありがとうございます。私、あなたがいてくだされば強くなれます。私も、絶対に負けません」
ルーチェの意志を込めた言葉に、エドアルドはふわりと微笑んでうなずいた。
「それでこそ、俺の妻だ。……愛している、ルーチェ」
そうささやいたエドアルドの顔が近づき、二人の唇が重なる。
ちゅ、ちゅ、と軽い音を立ててキスが続けられ、やがてエドアルドの体がルーチェをそっとベッドに押し倒した。
「あっ、エド様……」
「ルーチェ」
キスの合間に名を呼ぶと、エドアルドが切なげな声を上げた。
彼はちゅっとルーチェの鼻先にキスを落としてから、両手でルーチェの頬に触れた。
「ルーチェ、愛している。君のことがほしくてたまらない」
「……あ」
エドアルドの熱のこもった瞳と言葉に、ルーチェの胸が震える。
ずっと、彼に待ってもらっていた。
まだそのときではない、とお願いして先延ばしにしていた。
だが、もういいだろう。
もう――ルーチェはエドアルドと一緒に歩いていくと決めているのだから。
(私も、エド様のことを……)
「……はい。私も、あなたのことがほしいです」
「ルーチェ……!」
「お城に帰ったら……もう一度、おねだりしていいですか?」
どきどき鳴る胸を抱えてルーチェが問うと、エドアルドの頬がほんのり赤く染まり、そして彼はがしっとルーチェの体をかき抱いた。
「ああ! もちろんだ、ルーチェ!」
「んっ……エド様……」
「愛している……俺が愛しているのは昔も今もずっと、君だけだ、ルーチェ」
昔も今も、エドアルドに愛されている。
もう、その言葉を疑ったりはしない。
「はい。私もずっと……愛しています」
エドアルドの愛は、間違いなくルーチェだけのものだと信じられるから。




