第九十一話「犬狩りの時間」
翌日の正午。
戦端が再び開かれた。
敵は相変わらず前衛を防御役で固めて、中衛、後衛から弓兵や魔法部隊による遠隔攻撃を仕掛けてきた。 こちらは山猫騎士団と兄貴達が前線に加わり、真正面から敵の主力部隊と衝突。 まあ前線は彼等に任せていいだろう。
俺達の目的は、あくまで犬族狩り。
俺とエリスとメイリンは、巫女ミリアムから渡された羽根付きの靴を履いていた。 この羽根付きの靴は、魔道具の一種で、この靴を履いていると、ジャンプ力が飛躍的に向上する。 またちょっとした浮遊効果もあり、短時間なら空中に浮遊する事が可能だ。
風の闘気による重ね掛けも可能であり、今の俺達のジャンプ力は、十メーレル(約十メートル)くらいなら、ゆうに跳躍できる。 とりあえず最初のうちは、木影や木の天辺から、標的を狙撃、遠隔攻撃する事になるだろうから、この贈り物は素直にありがたい。 だがミネルバはこの靴の着用を拒否。
何でも急にジャンプ力が上がると、色々とバランスが崩れて、戦闘に支障を来たすとの事。 まあここは彼女の判断を尊重しよう。 五人一組の俺達は、俺とマリベーレがペアを組み、残り三人は、攻撃役のメイリンをミネルバが護り、回復役のエリスが後衛に待機という陣形。
これで別々の場所から、攻撃役が攻撃できる。
俺はサブ攻撃役兼回復役として、マリベーレを護り、妖精のカトレアが周囲の偵察役を務める。 とりあえず、犬族の戦闘力と戦闘技術を計らないとな。
「奴を発見したわ! 前方五百メーレル(約五百メートル)に居るわ!」
「了解。 今から狙撃モードに入るので、
ラサミスさんとカトレアはバックアップをお願い!」
「おう、まかせな!」「了解だわさ!」
さあ、犬狩りの時間だぜ。
「うっ……また外れたわ!」
大木の天辺で伏射体勢のまま、軽く舌打ちするマリベーレ。
マリベーレの狙撃能力は一級品だ。
こちら同様に大木の天辺に陣取った敵の弓兵を既に八人も始末した。
にも関わらず、肝心の標的――犬族への狙撃はことごとく外れた。
「犬って確か異様に嗅覚が強いんだよな?
それと耳と動体視力も良かったよな?」
「……その筈だけど、それが何か関係ある……のですか?」
やや怪訝な表情でこちらを見るマリベーレ。
ことごとく狙撃が外れて、彼女も少し不機嫌気味だ。
俺はそんな彼女を宥めるべく――
「マリベーレ、君の射撃の腕は一級品だ。 それは敵の弓兵を八人も仕留めた事で実証済みだ。 となると今の現状は、君の腕のせいではない」
「じゃあ原因は何……ですか?」
「無理に敬語で喋らなくていいよ」
「は……うん、わかった」
「俺は今まで知性の実を食した敵と二度戦ったが、一度目は竜人、二度目は巨人をベースにした魔法生物だったが、今回のように普通の動物に知性の実を与えた状況は、初めてだ。 だが知性の実を食べると、魔力は、膨大に増幅する。 それに加えて、元からの能力が異常に向上した可能性が高い。 つまり嗅覚や聴覚、動体視力も更に磨かれたのかもしれん」
「それはちょっと厄介ね。 どうりで弾が当たらない筈だわ」
「更に奴は闘気と魔法も使う。 現に奴は移動の際に、風の闘気を纏っている。 メイリンの攻撃魔法に対しても、反属性魔法でレジストしている。 こうなると遠距離攻撃では厳しい」
「なら接近戦に持ち込めば、いいんじゃない?」
まあ消去法でいけば、そうなるよな。
だが通常の犬相手でも、犬が本気になれば、接近戦で勝つのはかなり厳しい。
犬はそれぐらい戦闘能力が高い。 人間が思っている以上にだ。
更に今回の標的は、闘気や魔法を使う犬族だ。
正直俺一人では勝ち目が薄い。 となるとミネルバと二人で戦うしかない。
そしてその間隙を突いて、マリベーレとメイリンが攻撃する。
という戦術が一番効果的かもしれない。
どのみちこのままでは、ジリ貧だ。 ならばこちらから攻めるしかない。
「あっ!? 向こうの木影から敵の弓兵が狙ってるわよ!?」
と、大声で叫ぶカトレア。
「ラサミスさん、木影に隠れて! 私が狙撃します!」
そう言うなり、マリベーレは伏射体勢のまま、敵に銃口を向けた。
スコープ越しに敵の弓兵を捉えて、引き金を引き絞る。
彼我の距離はおよそ二百メーレル(約二百メートル)。
銃口から放たれた火と風の合成弾が、標的の眉間を撃ち抜いた。
そして次の瞬間には、敵の弓兵がぐらりと揺れて、大木から落下。
それとほぼ同時にマリベーレの右手は、銀色の魔法銃のボルトハンドルを引いていた。
金属音と共に空の薬莢が排出されて、大木の幹に当たった。
「お見事!」
俺は思わず拍手した。
「どうも。 う~ん、やはり私の腕のせいじゃないのかな?」
「そう思うぜ。 それじゃ次は俺達が身体を張る番だ。
とりあえず一端、メイリン達と合流しよう」
「うん、わかった」
「そうね、ラサミスの言うように遠距離攻撃では、少し厳しいかもね。 何せ標的は、こちらが狙い打つ前に気付いて、移動してるからね」
俺達は合流を果たすと、大木の木影で隠れて、作戦会議を開始。
ミネルバの言うとおり、奴は攻撃と同時にこちらの位置を正確に把握している可能性が高い。 となれば遠距離攻撃では分が悪い。
「うん、あたしの魔法に対しても、的確に反属性魔法でレジストしてきたわ。 銃は射程距離が長いけど、魔法じゃ遠距離で奴を狙うのは厳しいわ」
ミネルバの言葉に同意するメイリン。
「となるとやはり俺とミネルバの二人掛かりで、接近戦に持ち込んで、隙が生じたら、メイリンとマリベーレが攻撃! という戦法が単純だが一番効果的か?」
「……そうね。 とりあえずやってみる価値はあると思うわ。 でも気をつけなさいよ? 普通の犬でも、犬が本気になれば、人間に勝つ事なんて簡単なんだから、おまけにアイツが軍用犬上がりとしたら、リスクはもっと高まるわ」
ミネルバの言う事はもっともだ。
というかそんなにストレートに言われると、少しやる気が失せるぜ。
かといって今更逃げるわけにもいかない。 ……男って辛い生き物よね。
「でも誰かがやるしかねえだろ? なら男の俺が身体を張るしかねえだろ? そしてこの中で一番強いミネルバも加われば、充分勝機はある……筈だ」
「そう願いたいところね」と、ミネルバ。
「とりあえずあたしは水属性の魔法で攻撃して、頃合を見て凍結させるわ。 理想は奴の足元を凍らせて、転倒させる事」
「ああ、それがいいだろう。 だが何度も同じ手を使えば、敵が学習する可能性が高いから、凍結はここぞという時に頼む」
「そうね、わかったわ。 このあたしに任せなさい!」
相変わらずメイリンは自信満々だ。
だがこういう状況においては、彼女のこの性格は心強い。
「マリベーレも頃合を見て、狙撃してくれ。 但し周囲の索敵を怠らないようにな。 俺とミネルバが前線に出れば、残りの三人は接近戦が苦手だからな」
「うん、わかったわ」
「索敵はこのあたしに任せなさい!」
と、やや胸を張る妖精のカトレア。
だがこの状況下においては、妖精という存在は非常に貴重だ。
簡単な治癒も出来て、索敵や偵察できるんだからな。
「それじゃエリス、俺とミネルバにクイックとプロテクトをかけてくれ!」
「わかったわ! 。 我は汝、汝は我。 我が名はエリス。
レディスの加護を我が友に与えたまえ……『――クイック』!!」
エリスが白い法衣を翻して、銀の錫杖を頭上に掲げた。
「更にっ! 我は汝、汝は我。 我が名はエリス。
レディスの加護の我が友に与えたまえ……『プロテクト』!!」
そして続け様に『プロテクト』をかけてくれた。
よし、とりあえずこれで準備万端だ。 後は覚悟を決めて行くしかない。
「それじゃ行ってくるぜ。 ――行くぞ、ミネルバ」
「――わかったわ!」
次回の更新は2019年5月25日(土)の予定です。




