第九十話「巫女ミリアム」
「遠路遥々、ようこそお越し下さいました。 私が穏健派――ネイティブ・ガーディアンを束ねる巫女ミリアムです!」
そう自己紹介したのは、見目麗しき女性のエルフであった。
その女性の顔は非常に整っており、肌も白くてとても綺麗だ。
薄い水色の羽衣を身にまとい、胸元には金の十字架をかけていた。
そしてその秀麗な眉目には強い意志が宿っている。
こいつは驚いたぜ。
とんでもない美人だ。
この女性がネイティブ・ガーディアンのトップとは、俄かには信じられない。
それは俺だけではなかったようだ。
兄貴やドラガン、アイラ達も目を丸くしていた。
山猫騎士団の猫騎士達も驚いている様子だ。
ちなみに今の現在地点は、ネイティブ・ガーディアンの本拠地。
木造建築の三階建ての館だ。 多分この辺りで一番大きな館だ。
この大聖林は強い魔力を含んでおり、その領土も非常に強い結界で護られている。
そして大聖林に居るだけで、非常に強い自然治癒能力が働き、軽い怪我なら、魔法を使わなくても自然治癒されるらしい。
建築物の大半が木造建築。
だが彼等は古代文明といわれる失われた文明と技術を有している。
今の所はそれらしき物は殆ど見当たらない。
強いてあげるなら、巫女ミリアムの近くに立っているエルフの少女が
手にしている銀製の銃器がそれっぽいな。
まあそもそも銃器自体がかなり希少だけどな。
リアーナでも銃器を扱っている武器屋はかなり少ない。
仮にあったとしても、銃器の扱いは難しい上に銃器の所持には、役所や冒険者ギルドから携帯許可証を発行してもらう必要がある。
故にリアーナでも銃士や魔法銃士といった銃を使う冒険者は、かなり珍しいくらいだ。
だがこの大聖林に住むエルフ達は、所々で銃を持った見張りを置いていた。
なる程、彼等は穏健派と呼ばれるが、けっして無抵抗主義者ではない。
むしろ自身や領土が危険に晒されたら、躊躇なく戦う。
――という噂はまんざら間違いじゃなさそうだ。
しかし銃器は弓より射程距離が長いからな。
敵にしたら厄介だが、味方に銃士が居ると心強いぜ。
「既に御承知かと思われますが、数日前に文明派が我等の領土に侵攻してきました。 当然、我々は反撃しましたが、敵の大軍に加えて、敵陣の中に妙なものの姿を見つけたのであります」
「……妙なもの? それはどのようなものでしょうか?」
皆の気持ちを代弁するように、そう問うレビン団長。
すると巫女ミリアムは少し柳眉をひそめながら――
「……笑われるかもしれませんが、二足歩行の犬です」
「!?」
巫女ミリアムの言葉を聞いたこの場の連中は、誰も笑ってなかった。
むしろ表情を引きつらせていた。 それは俺も同じだ。
文明派の連中めっ、越えてはいけない一線を越えやがった!!
「……もしかして心当たりがおありなのですか?」
「……ええ、まあ」と、曖昧に頷くレビン団長。
するとレビン団長は、ドラガンに目配せをする。
それに気付いたドラガンは「コホン」と咳払いして――
「それについては、『暁の大地』の団長である拙者が説明致します」
「……では詳しくお話を聞かせてください」
「実は――」
ドラガンは五分程かけて、これまでの経緯を語った。
まあこの辺に関しては、お互いに情報を共有しておく必要があるだろう。
猫族と穏健派は、友好関係にあるらしいから、この件を伝えないのは、公平じゃない。
「……まさかそのような大事件が起こっていたとは。
では今回の二足歩行の犬は……」
驚きながらも、確信を持った表情でそう問うミリアム。
「ええ、間違いなく知性の実を与えられた犬でしょう」
「……やはりそうですか。 文明派はなんという恐ろしい真似をしたのでしょう。
人が神の領分を越えようとすると、必ず神罰の鉄槌が下されます!」
「仰るとおりです、巫女ミリアム。 そして元を正せば、我等『暁の大地』が知性の実を見つけたのが、全ての発端。 それ故に我等もこの手で決着をつけない限り、心の整理がつきません。 だから我等が力を貸す事をお許しください」
ドラガンは全員の気持ちを代弁するように、そう熱く語った。
すると巫女ミリアムは、優しく微笑みながら――
「いえ我々は貴方達を責めるつもりはありません。 むしろ内情に詳しい貴方達の助力に感謝こそすれど、恨む理由はありません」
「そう言ってもらえると、こちらとしても助かります」
と、軽く頭を下げるドラガン。
「しかし文明派のエルフが有する知性の実は残り二つとなると、文明派は今回その二つの果実を雄犬と雌犬に与えて交配させた、という可能性もありますよね?」
流石は一派閥のリーダーだ。
物事の飲み込みが早い。 それでいて的確な判断が出来る。
俺達が恐れるのは、まさにその事だ。
「こういう場合だと、生まれてくる子犬も高い知能を有しているのでしょうか?」
「実例がないので、分かりませんがその可能性はあります」と、ドラガン。
「なる程、これは思った以上に大事になりそうですね。 下手をすれば、犬族という新種族が誕生した、と言えなくもないのですよね?」
巫女ミリアムは淡々とそう問う。
考えたくもない話だが、現実はその通りなのかもしれない。
クソッ、文明派のエルフ共めっ! とんでもねえ真似をしやがる!
「……そうとも言えますが、早期にその犬族なる種族を排除すれば、これ以上問題が大きくなる事はないでしょう」
レビン団長が冷静にそう告げた。
排除……か。 嫌な響きの言葉だ。
「そうですね、ならば我々がする事は只一つ、今戦場に居る犬族の捕縛、あるいは殺害ですね。 もし可能ならば、捕縛してください。 不可能なら殺害しても、構いません」
丁寧な口調だが、冷酷な命令を下す巫女ミリアム。
だが彼女を責める気にはなれない。
俺が穏健派のリーダーなら、似たような命令をするだろうからな。
「ではこれから具体的な作戦を立てます。 敵は防御役を前衛に置いて、中衛や後衛から遠距離攻撃や魔法攻撃で攻めるという基本的な戦術を取ってます。 それに対して、我が軍も同様の陣形を敷いてますが、例の犬族が想像以上に手強くて、苦戦しているのが現状です」
「うむ、やはりネックとなるのは、その犬族でしょう。 どうします? 対犬族専用の少数部隊を組んで、狙いを絞りますか?」
ミリアムの言葉に頷きながら、レビン団長がそう提案する。
まあ悪くない作戦だ。 言うならば、この戦場において犬族は遊軍。
犬族にばかり意識が集中して、全体の陣形を崩したら、それこそ敵の思う壷。
ならば猟犬を狩るべく、こちらも猟犬を用意すればいいのさ。
そしてこの流れからして、その猟犬に選ばれるのは――
「ドラガン殿。 その犬族専用の少数部隊をお任せしていいでしょうか? 我等、山猫騎士団は、前衛に配置した方が戦力になりますし、ドラガン殿達は知性の実を有した敵との戦闘経験が豊富だ。 だからここは貴方達にお任せしたいのですが……」
「それは構いませんが、その少数部隊の編成は、こちらに一任させていただけませんでしょうか?」
「ええ、構いませんが、その理由をお聞かせ願えませんか?」と、レビン団長。
やはり俺達に御鉢が回ってきたか。
それ自体は不服はないが、確かに部隊の編成はこちらに任せて欲しいよな。
するとドラガンは、他の団員の気持ちを汲んだようにこう述べた。
「確かに我々は、知性の実を有した敵との戦闘経験がありますが、今回のケースは少し特殊なケースです。 標的が犬で更に知性の実を与えられた事により、知性も大幅に向上して、魔法や闘気を使うとなれば、長期戦を視野に入れた戦術を立てたいと思っている次第です」
「そうですな。 確かに標的の力量がまだ未知数ですし、ここは焦らず慎重に相手の様子と出方を探るのが無難と思われます」
ドラガンの言葉を後押しするように、ケビン副団長がそう言葉を続けた。
するとレビン団長も「ふむ、そうかもしれないな」と頷いた。
「ですので、我等七人の中から犬族討伐隊として、四人の人員を割きます。 そこにネイティブ・ガーディアンの魔法銃士を加えた五人一組の少数精鋭部隊を編成したいと思います」
「五人一組? まあそれぐらいの数が無難ですかね」と、ケビン副団長。
「ええ、魔法銃士が居れば、魔法戦士の拙者は不用です。 また最初のうちは銃による狙撃か、魔法による遠隔攻撃で、敵の標的の力量を計りたいと思います。我々の中から魔法使いのメイリン、回復役のエリス、それに攻撃役に竜騎士のミネルバと魔法銃士を配置。サブ攻撃役兼回復役をレンジャーのラサミスに任せて、五人一組で徹底的に標的を狙い撃つ、という算段です」
「ふむ、でもそうなるとドラガン殿を含めて三人余りますな?」
と、レビン団長。
「ええ、ですから拙者を含めて、ブレード・マスターのライルと聖騎士のアイラは、ネイティブ・ガーディアンの主力部隊に加勢したいと思ってます」
「そうですね。 数の上ではこちらが不利なので、少しでも戦力は欲しいです。それと引き換えと云うわけではありませんが、ドラガン殿が求める魔法銃士もこちらで用意します。 ……マリベーレ!」
巫女ミリアムがそう言いながら、右手の指をぱちりと鳴らした。
するとミリアムの傍に立っていた銀色の銃器を持ったエルフの少女が前へ出た。
「彼女の名はマリベーレ・シーザーアレス。 年齢こそ十一歳ですが、彼女の射撃の腕前は、このネイティブ・ガーディアン内でも一、二を争います。 彼女なら必ずや貴方方の期待に応えてくれるでしょう」
「……マリベーレです。 若輩者ですが、よろしくお願いします」
そう淡々と挨拶するエルフの少女。
クリーム色の髪を左右でツインテールに結んでおり、上は白いコートに下は白いホットパンツという服装で、額には眼装という格好だ。
こう言っちゃなんだが、かなりの美少女だ。
身長こそ年齢相応に低めだが、全体的な身体のバランスは良い。
だがその右手に持った銀色の銃器は、彼女が只の少女でない証だ。
でも何というか庇護欲を掻き立てるタイプの女の子だな。
……。
いや変な意味はないぞ? 俺は少女愛好家じゃない。
本当だぞ? 正直十一歳は、俺の守備範囲外だからな。
でも五年後となると分からんな。 それぐらい将来が楽しみの逸材だ。
「マリベーレ、最初はもっと愛想よくしなさいな!
それが可愛がられる秘訣よ!」
「うわっ!?」
ビックリしたぜっ!?
突如、彼女の背中から超小柄な何かが声を発して、現れた。
体長三十セレチ(約三十センチ)にも満たないな。
そしてその背中には、二対四枚の透明な羽根が生えていた。
「こらっ……カトレア。 急に現れないでよ。 皆さん、ビックリしてるでしょ?」
「どうも~、妖精のカトレアでえす! 皆さん、宜しくね! こう見えて簡単な治癒もできますし、偵察や隠密行動も得意です。 マリベーレは少し無愛想だけど、根は真面目なので、皆さん、可愛がってね!」
……なる程、これが妖精なのか。
猫族を初めて見た時も驚いたが、インパクトはそれ以上だ。
こんな小さな生き物が人間の言語を理解しているとはな……。
「す、凄いですわ。 こ、これが妖精さんですかっ!?」
エリスが目を丸くしている。
「う、うん。 私はメイリン。 よ、よろしくね。 カトレア!」
と、メイリン。
「はあい、メイリンさん、よろしくです~!」
しかし随分と乗りが良い妖精だな。
でもこういう奴が居ると場の空気が和らぐのも事実だ。
「俺はラサミスだ。 よろしくな、マリベーレ、カトレア」
そう言って俺は右手を彼女の前に差し出した。
「はい、よろしくお願いします」
そして右手を出して、お互いに握手した。
するとエリスやメイリン、ミネルバも彼女に近づき、握手を交わす。
「どうやら打ち解けたようですね。
マリベーレ、皆さんの期待に応えられるように頑張りなさい」
「はい、ミリアム様」
「とりあえず作戦会議は、これぐらいにしておきましょう。
ささやかですが、食事の用意をしております。
皆様のお口に合うか、分かりませんが、是非召し上がってください」
こうして初日の会議は終わった。
俺達は食堂で用意されたご馳走を存分に味合った。
料理は魚がメインで、それと木の実や新鮮な野菜サラダなどが主食だ。
まあ健康的で身体には良さそうだが、正直味気に欠ける。
だが食後に出されたデザートはとても美味しかった。
見た事もない果物に加えて、色んな種類のケーキ。
俺は程々に食ったが、エリスやメイリン、ミネルバは結構おかわりしてた。
女って本当にスイーツが好きだよな。
食後。
俺達は用意された浴槽に浸かり、身を清めた。
俺達は七人だが、山猫騎士団は二十名だから、全員が入浴を終えるには、少々時間がかかりそうだな。 結局、全員が入浴を終えた時には、夜の二十二時を過ぎていた。
そして俺達は男女別々に用意された寝床へ移動。
今のところ、敵の襲撃はないが一度戦闘が始まれば、不眠不休で戦う可能性もあるから、今のうちにたっぷり寝ておくか。 そしてしばらくすると俺は睡魔に襲われ、眠りについた。
次回の更新は2019年5月18日(土)の予定です。




