第七十五話「ラサミス対ミネルバ」
「――ダブル・スラストッ!!」
風斬り音と共に凄まじい速度で、漆黒の穂先が眼前に迫り来る。
ミネルバの連続技が繰り出されるが、俺は戦斧で防御に徹する。
斧槍と戦斧が、金斬り音を立てて、切り結び、周囲に火花を飛び散らす。
幾度目かに切り結んだ時、俺とミネルバは、武器を押し合いながら間近で睨み合う。 ミネルバは、ふいに双眸を細めて、微笑を浮かべた。
「へえ、なかなかやるじゃない」
「そうでもないさ」
俺達はそう言葉を交わして、再び間合いを取った。
流石、竜騎士と言うべきか、この女の槍術は一級品だ。
それに加えて、俺は槍使いとの戦闘経験は皆無。
悪条件が重なるが、利点がないわけではない。
まず一つは、相手の獲物が斧槍という点だ。
斧槍はどちらかといえば、槍より斧に近い武器だ。
そして俺も斧の扱い方に関しては、少しは腕に覚えがある。
あのマルクスともやり合ったし、その後も地味な鍛錬を続けた。
その甲斐もあって初級、中級クラスの斧スキルの熟練度は高い方だ。
そしてミネルバには女性特有の弱点がある。
さっきから何度も斬撃を繰り返しているが、その速度は並の男を遥かに凌駕しているが、一撃、一撃が軽い。 筋力に関しては、やはり女。 正直俺の方が筋力や一撃の重さも上だ。
こればっかりは並大抵の努力では補えない。
だがこの女の速度と敏捷性は要注意だ。
見た感じミネルバは、俺とそう変わらない年齢だろう。
そんな少女が復讐の為だけに生きて、毎日厳しい鍛錬に耐えてきた。
その復讐心と強靭な精神力だけは、絶対に侮ってはいけない。
「――ヴォーパル・スラストッ!!」
そう技名を叫んで、漆黒の穂先を鋭く突き立てるミネルバ。
閃光のような速度で漆黒の穂先が連続して、襲いかかって来た。
俺は全身に風の闘気を纏いながら、体捌きのみで攻撃を回避。
左サイドステップ、そこから右にサイドステップ。
そしてバックステップ。
一撃、一撃が非常に鋭いが、避けられないレベルではない。
だがこうも連発されると、流石に体捌きのみでは厳しい。
そう思った矢先に、俺は一瞬身体のバランスを崩した。
「――そこよ!」
狙い済ましたように放たれる渾身の一突き。
だが向かってくる斧槍に対し――俺は不敵に笑った。
「――プル・ストライク!」
俺は身体を捻りながら、豪快に手にした戦斧を振り回した。
次の瞬間、ミネルバの斧槍が勢い良く弾かれて、ミネルバの身体も後方に二メーレル(約二メートル)程、吹っ飛んだ。
速度勝負なら、こちらに勝機はない。
だが力比べならば、俺の方にも分がある。
要するに向こうのペースに合わせず、こっちのペースに引き込むのだ。
戦いは力や技術も大切だが、駆け引きも重要だ。
もう昔の俺じゃない。 今の俺には自信があるのだ。
俺はあのマルクスや漆黒の巨人相手にも戦った。
単純な比較はできないが、ミネルバの技量はマルクス程ではない。
更に漆黒の巨人のような異常な自己再生能力も持ってない。
ならば確実にダメージを与えていけば、自ずと勝利は見えてくる。
「――喰らえっ! 『兜割り』っ!!」
俺は技名を叫びながら、敵の頭部に戦斧を振り下ろした。
命中すれば絶命の一撃。 だがミネルバも華麗に右にサイドステップして回避。
戦斧は広間の床を叩いて、「かきん」という音と共に俺の両手が痺れた。
まあ当たるとは思ってなかったが、相手を威嚇するには充分だったであろう。
俺とミネルバの視線が交差する。 ミネルバの表情が少し強張っていた。
「――隙ありっ!!」
俺は戦斧を構えなおして、一気に間合いを詰めた。
だがミネルバも体勢を整えて、斧槍を両手で握り締める。
高速でお互いの連続技が応酬される。 俺の攻撃は綺麗に斬り払われて、返す一閃で放たれた鋭い一突きを俺は紙一重のタイミングで回避。 再び俺は斧を振り上げて、豪快に振り回す。
ミネルバもそれを受けて立つと言わんばかりに、手にした漆黒の斧槍を縦横に振るう。 白金の刃と漆黒の斧頭が衝突を繰り返して、様々な彩りの光が連続的に飛び散り、衝撃音が迷宮に響き渡る。
戦斧の軌跡が空気を切り裂き、白金の斧と漆黒の斧頭が衝突する。
幾度かの斬撃を繰り返して、俺は再び戦斧を大きく振り回したが。
ミネルバもバックステップして、弧を描く戦斧の軌道を避ける。
「やるじゃねえか、流石は竜騎士だ!」
俺はすかさずステップインして距離を零にする。
「ちっ……!!」
ミネルバも漆黒の斧槍を掲げて、必死に防御する。
だが俺は強引に上下左右から攻撃を浴びせ続けた。
しかしミネルバは苦にする事無く、俺の連撃を漆黒の斧頭で防ぎ、切り払う。
大した女だ。
敵ながら賞賛に値する。
良く見るとこの女はかなりの美形だ。
話によると、この女は族長の孫娘だったらしい。
美形で族長の孫娘。 本来ならこの女は間違いなく勝ち組……だった筈。
それが一人の男の凶行により、その明るい未来は失われた。
そんな少女が来る日も来る日も復讐の為に己を苛め抜いたのだ。
そしてようやく復讐の対象の居場所を突き止めたが、
事もあろうにその相手は、既に死亡していたという受け入れ難い事実。
他人事ながら同情するぜ。
だが俺が同情したところで、この女は喜ばないだろう。
ならば同じ戦士として全身全霊の力を持って、この女と対峙する。
そう胸に刻み込みながら、俺達は幾度と無く斬撃を繰り返した。
すると次第にミネルバが肩で呼吸を始めた。
やはり思っていた以上に体力の差があるようだ。
だが俺はそれでも手加減しない。 全力でこの女と戦う!
「――オラアアアァァッ!!」
俺は気勢を上げながら、ポールアックスを振り上げて、前進する。
そこからは強引に乱打、乱打、乱打の連打。
力任せにポールアックスを縦横に振り回して、ひたすら乱打。
ミネルバも柳眉を逆立てながら、乱打を弾き、払い、躱すがその表情に余裕はない。
「貰ったあぁっ! ――レイジング・スパイクッ!」
俺は素早く技名コールを告げて、両手で握った戦斧を力強く頭上に振り上げ、一直線に振り下した。 俺の持つ上級斧スキル。 まともに命中すれば、致命傷ものの一撃だ。
だがミネルバも必死に左横にサイドステップして、地面を二度、三度転がりながら、俺の荒技を躱す。
破壊力に満ちた一撃が広間の床を砕き、その破砕した欠片が周囲に飛び散った。
だが当たらなければ意味がない。 俺は思わず軽く舌打ちをした。
その間にミネルバは地面から立ち上がり、再び間合いを取る。
「アンタ、見かけによらずなかなかの荒技を使うわね。 正直少し舐めていたわ。 もしかして結構名の売れた冒険者?」
それは買いかぶりというものだ。
俺はやや苦笑しながら、首を左右に振った。
「いや残念ながら違うぜ。 何せ半年前まで一人で雑魚モンスターを狩っていた底辺中の底辺冒険者さ。 だがそんな俺も少しは修羅場を潜ってきたぜ。 アンタが恨みを持つマルクスを倒したのは、この俺だ!」
「なる程、そういう訳ね。 つまりアンタはマルクスの仇というわけ?」
「……そうなるかな?」
俺は首を傾げながら、曖昧に答えたが、ミネルバは眉間に力を込めながら、口の端を持ち上げた。
「うふふ、面白くなってきたわ。 もうこの手であのマルクスを倒す事は出来ないけど、マルクスを倒した男を倒す事なら可能なわけね。 正直目標を失っていたけど、俄然やる気が出てきたわっ!」
あれ? もしかして無駄に相手の戦意を上げてしまったか?
だが別にそれでも構わない。
どうやら俺もいつの間にか強敵を求めるようになっていたようだ。
いいね、いいね、それでいい。 それでこそ冒険者だ! 男だ!
次回の更新は2019年3月2日(土)の予定です。




