第七百二十五話 一大決心(前編)
---ラサミス視点---
この日の夕食のメニューは、
ビーフステーキ、ポテトサラダ、大盛りのライス。
それに赤ワインのボトル、赤ワインがつがれたグラス。
オレは色々と疲れていたので、
夕食を一気に食べきると、風呂に入った。
戦場では携帯食に精々水浴びだからな。
このように自宅で食事、入浴出来る有り難みを痛感した。
そして軽く世間話をしてから、
夜の二十二時半には、寝室でエリスといっしょに寝た。
尚、疲れていたので夜の営みはなしだ。
普通に身体を寄せ合って、寝る。
それだけでも言い知れない幸せを感じた。
翌日の10月4日。
この日は疲れていたので、
オレは昼過ぎまで惰眠を貪っていた。
如何せん、ここの所、連戦続きだったからな。
戦場の緊張感が消えた今、
急に本能にかえって睡眠欲も限界まで満たした。
そして正午過ぎに一階に降りて、
エリスが作ってくれた昼食を摂った。
昼食のメニューはサンドイッチにコーンスープという軽食。
それを軽く平らげて、オレはコーンスープの入ったカップに口をつけた。
すると一階の食堂で、オレとエリスが横に並び、
その対面に座ったドリス義母さんが急に真剣な面持ちになった。
「じゃあ、ラサミスくん。 戦場での出来事を教えてもらえるかしら?」
「はい」
そこからオレは要点をかいつまんで、
これまでの戦いの流れを分かりやすく説明した。
するとドリス義母さんの表情が徐々に曇り始めた。
「成る程、連合軍の精鋭部隊を集めて、
敵の本拠地――天界へ行く、という訳ね」
「はい、そうです」
「それでアナタも天界へ行くのね」
「……恐らくそうなるでしょう」
「エリスとラミレスちゃんを置いて?」
胸に刺さる言葉だ。
だがオレはそれでも自分の主張を続ける。
と思った矢先にエリスが会話に割り込んできた。
「いえ、お母さん。 私もラサミスと一緒に天界へ行くわ!」
「え、エリス! アナタ、正気なのっ!?」
「ええ、正気ですわ。
お母さん、前にも言いましたわ。
最終決戦には私もついて行く、と。
ただ夫の帰りを待つだけでなく、
夫のそばに居て、夫婦で助け合う。
それが私達の夫婦像ですわ」
「でも行き先は天界という未知の世界なのよ?
それこそ帰ってこられるかも分からない場所よ!」
「大丈夫、きっと帰ってこれるわ」
「……その根拠は何処にあるの?」
母子による言葉の応酬。
だがエリスも一歩も引かない。
凜とした表情でエリスはドリス義母さんを見据える。
「ラサミスと一緒ならきっと大丈夫よ。
彼は今までも、そして今回も無事に帰って来たわ。
だから例え天界であっても、
ラサミスと一緒なら生きて帰れるわ」
「……根拠のない言葉。
ように見えて確かな夫婦の絆はあるわね。
エリス、アナタは昔から手のかからない良い子だったけど、
一度言い出したことは、梃子でも動かない頑固な一面もあったわね。
そして今がその時のようね」
「流石はお母さん、私の事をよく理解してくれてるわ」
「そりゃ私はアンタの母親だからね……」
「そして私もラミレスの母親よ。
こんな可愛い子を置いて、何処かに消えたりはしないわ。
でも天界へ行く間は、お母さんやライル兄様夫妻の世話になるわ」
エリスの意思はとても固い。
そしてオレも彼女と同じ気持ちだった。
恐らく次の天界の戦いが、
オレの、ラサミス・カーマインの最後の戦いになるだろう。
次の戦いは今までとは一味も二味も違う。
正真正銘のウェルガリアの命運を掛けた戦いになるであろう。
だからこそ妻として夫の側に居たい。
というエリスの気持ちはよく分かる。
そしてオレとしても妻が側に居れば、
もっと頑張れるし、何が何でも生き残ろうとするだろう。
「ドリス義母さん、オレもエリスと同じ気持ちです。
オレも妻や子供は可愛い、でも天界の戦いは、
言わばウェルガリアの命運を掛けた戦いなんですよ。
そんな戦いに自分が参加せず、
のうのうと妻子と暮らす、という選択肢をすれば、
オレはきっと一生後悔するでしょう」
「ラサミスくん、でも生き残れたらそれで良いじゃない。
何もアナタがそこで無理する必要はないんじゃないかしら?」
尤もな指摘だ。
娘夫婦を心配する母親としては完璧な回答だ。
だがオレはそれでも天界へ行く。
そうでないと、多分自分が赦せなくなる。
「オレも今では名の知れた冒険者です。
そしてオレの力を必要としてくれる仲間や盟友が居る。
ならばオレとしても自分の出来る事をきっちりやりたい。
大事なのはオレが天界の戦いで自分の役割を果たす事。
それを無事果たして、無事に生還出来たら、
オレはもう冒険者を辞めてもいいし、
それ以上は戦う事もないかもしれない。
でも次の戦いだけは何としても戦う。
そして見事にウェルガリアを救い、
この世界に再び平和をもたらせたいと思います」
別に自分に酔っている訳ではない。
オレ自身、玉砕特攻する気はさらさらない。
でもオレはどうしても天使達と戦い、
奴等に過ちを認めさせた上で、
奴等と和解するように持っていきたい。
それが簡単じゃない事は勿論理解している。
だけど今、逃げる訳にはいかない。
今、この時なのだ。
ラサミス・カーマインという男にとって、
今、この時が人生の最高到達点なのだ。
だからオレは逃げずに戦う。
そして必ず生き残ってみせる。
そうすればオレはきっと本当の意味で大人になれる。
オレはそう思いながら、ドリス義母さんの顔をジッと見据えた。
次回の更新は2026年1月8日(木)の予定です。
ブックマーク、感想や評価はとても励みになるので、
お気に召したらポチっとお願いします。




