第七百十六話 虚心坦懐(中編)
---三人称視点---
メルカバーの艦内に突入して、二時間半が過ぎた。
突入したウェルガリア軍の約250人の兵士は、
数では不利であったが、勇猛果敢に戦い、
指揮官ウリエルを失って指揮系統が乱れた天使兵や機械兵を
次々と撃破していき、気がつけば艦の半分のエリアを制圧していた。
そしてメルカバーの前部分にある時空転移装置のある部屋までやって来た。
辿り着いた兵士の数は、きっかり二十人。
傭兵団と冒険者で構成された編成チーム。
そのリーダー格の赤毛の男性竜人が部屋の中へ入ろうとすると、
電子音が周囲に鳴り響き、分厚い扉が開いた。
水色のストレートヘア。
白皙に輝く金眼。
白い羽衣に水色の軽鎧を着ており、
背中からは、二枚一対の美しい純白の翼が生えていた。
言うまでも無い熾天使ガブリエルである。
その熾天使ガブリエルが天使兵三名。
機械兵三名を引き連れて、一歩前へ歩み出た。
その見目麗しい姿を見て、
この場に居る傭兵と冒険者達もガブリエルが並の天使でない事を悟った。
「貴様は大天使か?」
端的にそう問う赤毛の男性竜人――ダニーロ。
「如何にも私は熾天使の一人、ガブリエル。
でも安心してください、私に交戦の意思はありません。
ですからアナタ方も武器を収めてください。
これから先は対話によるコミュニケーションを望みます」
「……何だとっ!?」
「おい、ダニーロ。 どうするんだ?」
ダニーロの後ろに居る巨漢の男性ヒューマンがそう言うと、
ダニーロは何秒か考え込んでから、命令を下した。
「構わねえ、殺っちまえっ!
そして首を手柄に賞金を皆で山分けするぞ」
「いいね、乗った!」
「オレも!」
するとガブリエルは悲しそうな表情を浮かべた。
「やはり弱気な姿勢は見せたら駄目ね。
相手をつけあがらせるだけだわ。
仕方ない、何人かは犠牲になってもらいましょう。
ハアァア……アァァァ……」
「なっ!?」
ガブリエルの周囲の大気が震え始めた。
その物凄い魔力にダニーロ達は思わず息を漏らした。
「我は汝。 汝は我。 我は熾天使ガブリエル。
時をつかさどる時の神クロノよ! 我に力を与えたまえ!
――ピンポイント・テレポートッ!!」
ガブリエルがそう呪文を紡ぐなり、
ダニーロ達に向かって、無数の白い衝撃波が放たれた。
それを直撃すると、ダニーロ達の身体はこの場から消え失せた。
二十人居た内の十八人がピンポイント・テレポートによって、
艦外に強制的に転移されたのだ。
尚、転移先は艦外の上空であったので、
殆どの者が気圧によって脳がやられて、
瞬時に意識不明、運が悪い者は命を落とす結果となった。
この場に残されたのは、茶髪の男性エルフ族。
同じく女性エルフ族の冒険者二名。
突然の事態に残されたこの二人は激しく狼狽した。
そんな二人に対しても、ガブリエルは慈悲の心を見せた。
「悪い事は言わないわ。
この場は大人しく下がりなさい。
そして話の分かる者達を連れてきなさい。
でも予言っておくわ。
私はアナタ達に投降したい訳じゃないのよ。
対等な立場と条件で話し合いがしたいの。
それが通じないようならば、
この後も何人でも何十人でも外へ放り出してあげるわ」
残された二人組の冒険者は、
顔を見合わせてから「とりあえずここは撤退しよう」
と言葉を交わして、その言葉通りに足早にこの場から去った。
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その後も何人かの編成チームがガブリエルに攻勢を掛けようとしたが、
その都度、ピンポイント・テレポートによって、
艦外に強制的に転移されて、あえなく命を落とした。
こうなると傭兵及び冒険者達も犬死にはしたくないので、
ガブリエルの要求に素直に従い、
ラサミス達に場の主導権を受け渡した。
「全く……欲をかくからこうなるんだ。
相手は熾天使、その気になれば、
この船をこの場で爆破する事も可能かもしれんのだ。
それを妙な功名心を出すから、こんな目にあうんだよ」
ラサミスは周囲の傭兵、冒険者達に聞こえるようにそう言った。
すると彼等もばつの悪そうな表情を浮かべて、だんまりを決め込んだ。
「ラサミスくん、それぐらいにしておけ。
とりあえず後はボク達に任せてもらおう」
「ヨハン団長、了解です」
そう言葉を交わして、
ラサミス達は、前衛にラサミス、ヨハン、ミネルバ、ジウバルト。
中衛にクロエ、バルデロン、ジュリー。
後衛にカリン、メイリン、マリベーレと万全な陣形を組んだまま、
時空転移装置のある部屋の前で立ち尽くすガブリエルに近づいた。
するとガブリエルは少しだけ表情を緩めて――
「ようやく話の出来る人達が来たようね。
でも最初に言っておくわ。
おかしな真似をしたら、先程と同じように外に放り出すわ。
尚、今このメルカバーの指揮権はこの私にあるから、
その気になれば今すぐにもこの船を自爆出来るし、
地上に居るアナタ達の味方を強力な砲撃で一掃する事も可能よ」
これは脅しではない。
そしてラサミス達もその事を瞬時に察した。
「無論、そんな事は百も承知さ。
オレ達も熾天使相手に莫迦な真似はしない。
だからここはアンタの要求通り、
お互いに相手を尊重して、話し合いしようじゃないか?」
「良いでしょう、でもくれぐれもおかしな真似はしないようにね。
私もアナタやアナタの仲間の事は嫌いじゃないのよ。
だからお互いに有意義な話し合いにしましょう」
「嗚呼……」
こうしてガブリエルとの対話が始まった。
次回の更新は2025年12月18日(木)の予定です。
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