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第七百十五話 虚心坦懐(前編)


---三人称視点---



 意識が薄らぐ中、熾天使してんしウリエルは、

 自分の最後の役目を果たすべく、

 床に転がった輝きを失った深紅の石を右手に握った。


 この状態ならば、

 自身の頭部にあるソウル・ストーンを強制転送モードで、

 天界エリシオンに帰還した天使長ミカエルの許に送る事が出来る。


 だがそうすれば、長くは自我は保てなくなる。

 そうなる前にウリエルは、ウェルガリアの民。

 特に特異点であるラサミスと最後の言葉を交わしたかったので、

 ソウル・ストーンを強制転送する事は諦めた。


 但し輝きを失った深紅の石――ディバイン・ストーンは、

 このままにして置くわけにはいかない。

 既に効力を失っているが、

 地上にこの深紅の石を残すことは色々危険だ。


 どのような化学反応が起きるかも見当がつかない。

 だからウリエルは死に身体の中、

 右手に最後の魔力を送って、ディバイン・ストーンを強制転送させた。


 ――これで私の最後の役割が終わった。

 ――そしてここからは自己判断で、

 ――特異点と最後の言葉を交わしたいと思う。


 そしてウリエルは、

 輝きを失った両目でラサミスを見据えた。


「まだ意識はあるのか?

 というかさっきあの深紅の石を何処かに転送させただろう?

 まあ良いけどさ、もう力は失っていたようだし……」


『と、特異点……さ、最後に貴様と言葉を交わしたい』


「おわっ!? 急に頭に声が……念話テレパシーの類いか!?」


『そ、そうだ……』


「成る程、もう声を出す力もないのか。

 まあ良いだろう、何でもいいから話すと良いさ」


 ラサミスの砕けた口調に、

 ウリエルも思わず微笑を浮かべた。


 この男、一見すれば普通の青年に見えるが、

 妙なところで懐の深さを感じる。


 こういうところも特異点だからなのか。

 あるいはこの男が持つ人徳の類いか?

 ウリエルはそう思いながら、念話テレパシーで会話を続ける。


『――き、貴様等は私の想像した以上に強かった。

 それは紛れもない事実。

 だがあえて問おう、貴様等は天使相手に何処まで戦うつもりだ?』


「……そうだな、アンタ等がウェルガリアの侵攻を止めるまで。

 これが最低条件だ、後は状況とそちらの条件次第だな」


『た、大した自信だな。

 だが力だけで我等、天使に勝てると思うのは傲慢だ』


「無論、分かっているさ。

 過去の空中要塞やこの空飛ぶ黒い船。

 アンタ等、天使の技術力などはオレ達の想定外さ。

 でもな、オレ達も知性を持った生き物なんだよ。

 自分達を排除するという連中が現れたら、

 自分の世界と身を守る為に戦わずにはいられない」


 ラサミスの言葉にヨハン達も固唾を呑んで見守る。

 彼等もラサミスがウリエルと最後の言葉を

 交わしている事に気付いたが、

 この場はラサミスに任せる事にした。


『……成る程、人としては面白い事を言うな。

 だ、だが所詮は肉体という呪縛に囚われた人間の考えに過ぎない。 

 我々は大天使は云わば精神思念体。 

 特定の肉体は持たないが、

 何百年、何千年という周期で宿る肉体を変えて行く。 

 云わば肉体という呪縛から解き放たれた高度な生命体。 

 肉体という概念はいずれ朽ちる運命。 

 だから我々は生命体として、

 一番大切な部分――精神を永遠と次世代に受け継がせるんだ。 

 それは輪廻という枠組みからも外れた生命体としての最高レベルの進化だ』


「……」


 ウリエルの唐突な言葉に押し黙るラサミス。

 もしこの話が事実なら確かに大天使は、

 生命体としてある種の完成された存在といえなくもない。 


 人間を構築する上で欠かせない精神と肉体。 

 本来ならばそれは二つで一つの存在だ。 

 だがその片方――精神だけ切り落として、

 その記憶や知識などを次世代に持ち込めたら、色んな意味で利点がある。


 ――肉体という呪縛。

 ウリエルが言った言葉はある意味正しいのかもしれない。

 少なくとも普通の生命体は精神と肉体という枠組みに囚われて生きている。

 だが大天使にはそれがない。 


 例え不完全な存在であろうと、

 肉体という器があるからこそ人は、

 ――生物は遺伝子を次世代に残す事が出来る。 


 肉体があるからこそ、人は他人と触れる事が、

 共感する事が、そして引いては愛し合う事が出来る。 

 例え否定されても、それは非常に尊い事だと思う。


「……確かに非常に合理的な生き方と言えるかもな。 

 だがオレはアンタ等を羨ましいとは微塵も思わない。 

 確かに肉体はある種の呪縛だ。 肉体があるからこそ、

 人は悩み、苦しみ、葛藤するが、

 それがあるからこそ精神――心も育まれる。 

 悪い事ばかりじゃないんだよ。 

 何でも利便性だけ考えて、

 それらを放棄して上から目線で他者を嘲笑うなら、

 例え不様でもオレは足掻いて、考えて、行動して生きる方を望む」


 ラサミスの声にも珍しく熱が篭っている。

 ウリエルはそんなラサミスを見据えながら――


『ふふっ……そんな事を言うとはな。

 や、やはり貴様は特異点に相応しい存在かもしれん。

 だが大天使相手に全面戦争は止めておけ。

 最低限の交渉のパイプを残しておけ……』


「分かってるさ、オレ達も身の程はわきまえている。

 その上でアンタ等、大天使と妥協点を見つけるつもりさ」


『……俺が言うのも何だが、

 貴様……なら出来るかもしれんな……。

 特異点……ラサミス・カーマイン。

 お、お前が思うように行動してみろ……。

 お前ならこの厳しい現実を……変えれるかも……しれん』


 それだけ言い残すと、ウリエルは息を引き取った。

 ウリエルのソウル・ストーンの力は失われて、

 数秒後にはウリエルの心臓部にあるエンジェル・コアも停止した。


 するとウリエルの身体が身体が徐々に消えて行き、

 最後には力を失ったソウル・ストーンとエンジェル・コアだけが残り、

 その姿は完全に消滅した。


 だが今のウリエルは死んだが、

 ウリエルを構成する精神情報と肉体情報は、

 天界の生命の間で管理されているので、

 その気になれば、またウリエルを肉体に受肉する事が可能だ。


 だがあまりそれを連発すると、

 天使や大天使の統率や管理に支障をきたすので、

 死んだ肉体と精神は、

 次に受肉するまで最低でも数十年の休眠期間を与える。


 よって今のこのウリエルは、

 これで精神情報と肉体情報が消去されて、

 数十年後、数百年後に復活する際には、

 まるっきりの別人となっているだろう。


「とりあえずウリエルは倒した。

 だがこの艦を完全に制圧した訳ではない。

 このまま残りのエリアを制圧するぞ」


 ラサミスの言葉に周囲の仲間達は、

 「うん」とか「はい」と頷いて、

 北側にある戸口付近のボタンを押して、

 隔壁を元通りにして、この運動場を後にした。



次回の更新は2025年12月16日(火)の予定です。


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