第七百四話 臨戦態勢
---三人称視点---
熾天使ウリエルに案内されたのは、
メルカバーの後部分にある程よい広さの運動場であった。
広さで言えば、中央発令所と同じく小さな劇場くらいのスペースだ。
運動するには充分のスペースだが、
この空間に十数人が一カ所に集まって、
戦闘行為を行えば、やや手狭な感は否めなかった。
とはいえ他に適切な場所もなかったので、
ウリエルの立場からすれば、この場を使うしかなかった。
「貴様等は全員で十人か。
対するこちらは天使兵二名と戦闘バイオロイド三体。
数の上では俺を含めて6対10、この人数ならば、
やや手狭なこの空間でも何とか戦えるであろう」
「……数を均等にしなくていいのか?」
運動場の広さを確認しつつ、
ラサミスがウリエルに対してそう言う。
だがウリエルは気にする素振りはみせずに――
「それくらいのハンデは構わんさ」
と、堂々とした口調で告げる。
その態度にはラサミス達もややカチンと来たが、
数的有利な状況を自ら放棄する事はなく、
この場はウリエルの言うとおりにする。
「数的不利は構わんが、
これ以上、増援が増える事は好まん。
故にこの運動場の隔壁は閉鎖させてもらう」
「ちょっと待って頂きたい」
そう言って剣聖ヨハンがウリエルの発言を拒んだ。
それに対してウリエルは、眉根に皺を寄せたが、
公平性を保つ為に、ヨハンの発言を即した。
「……何だ、申してみよ?」
「隔壁を閉鎖する事自体は構わんが、
隔壁を元通りにする方法を教えて頂きたい」
成る程、その事か。
確かに一応は相手に伝えておく必要があるな。
ウリエルは内心でそう思いながら、端的に解決策を述べた。
「それなら簡単だ、この北側にある戸口付近のボタンを押せば、
自動的に隔壁を封鎖、また隔壁を元通りにする事が出来る」
「そうか、こちらが有利な状況になったら、
我々をこの場に閉じ込める、なんて真似はしないか?」
ヨハンのこの発言に、ウリエルも静かな怒りを抱いたが、
それを表情には出さず、自身の意見を述べる。
「私は天界を統べる熾天使の一人、ウリエルである。
自分が不利だからといって、約束を反故するような卑劣漢ではない。
その辺は信じてもらいたい」
「嗚呼、信じさせてもらうよ」
と、剣聖ヨハン。
「では貴様等も適当に陣形を組むが良い。
これよりこの運動場の隔壁を封鎖する」
ウリエルはそう言って、
運動場の北側にある戸口の近くにある壁のボタンを押す。
すると隔壁がゆっくりと降りて、
この運動場の出入り口を封鎖した。
これでもう一度、解除のボタンを押さない限り、
この部屋から出る事は不可能となった。
だが条件的にはラサミス達やヨハン達が優勢だ。
「ラサミスくん、この十人で陣形を組むぞ。
前衛はボクとラサミスくん、それとミネルバくん、そこの少年」
「俺の事……ッスか?」
と、確認するジウバルト。
それに対してヨハンは「嗚呼」と頷く。
「中衛はクロエにその犬頭の獣人の彼。
そして確かジュリー……くんでしたね?」
「そうですよ、ヨハン団長」
ジュリーが元気よくそう答える。
「その三人は中衛に配置。
残るカリンとメイリンくんとマリベーレくんは後衛に配置。
以上の布陣で敵と戦うが、異論はあるかね?」
「ないッスね、お前等もないよな?」
あえて確認するラサミスだが、
他の者達は肯定するように首を縦に振った。
「良し、ならばこの布陣で行こう。
基本的には前衛四人があのウリエルの相手をして、
中衛が支援及び敵の天使兵と機械兵の牽制。
そして後衛の三人は状況に応じて、
魔法なり、弓なり、銃なりで攻撃するんだ」
シンプルな作戦ではあったが、
このような状況でこのような即席パーティで戦うには無難な策であった。
だがラサミス、ヨハン達の様子を見て、
熾天使ウリエルは、不敵に笑った。
ウリエルの見た目は、黒髪黒目の身長175前後。
長袖の黒いインナースーツの上から、
紫と銀を基調にした鎧を纏っていた。
また背中から二枚一対の純白の翼が生えていた。
先ほど見た天使長ミカエルには及ばないが、
このウリエルも他の大天使とは違う神々(こうごう)しさが溢れている。
――これは今までの相手とは違う。
と、ラサミス達全員が同じ感想を抱いた。
その姿を見つつ、ウリエルが剣帯から神剣アストロダームを抜剣した。
その剣身は相変わらず輝いており、とても美しい剣だった。
これは並の剣ではない。
恐らく天界でも有数の剣であろう。
だがラサミス達も臆病者ではなかった。
このような状況になったからには、
全力でこの目の前の熾天使ウリエルを討つ。
その思いは皆、同じであった。
「とりあえずボクとラサミスくんがまず向かうよ。
そして頃合いを見てミネルバくんも加勢してくれい」
「「はい」」
「オレは?」
「ジウバルトくんは悪いがしばらく様子見だ。
キミの力を過小評価する訳ではないが、
相手が相手だ、だからここはボクの指示に従え」
「……はい」
「よーし、では皆、臨戦態勢に入れ。
相手は並の相手ではない。
恐らく今までの大天使より強いだろう。
だが恐れる事はない、ボク達が力を合わせたら、
きっと勝てる、だからボクを信じて戦って欲しい」
そう言って剣聖ヨハンが右手に聖剣サンドライト。
ラサミスも同じく右手に聖刀・顎門を構えて、深く腰を落とした。
ラサミス達と熾天使ウリエルの命運をかけた戦いが今、始まろうとしていた。
次回の更新は2025年11月20日(木)の予定です。
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