第七百一話 一死報国(後編)
---三人称視点---
「敵もなかなかやるではないか」
艦内モニターの画面に映るアーリア達の雄姿を見て、
天使長ミカエルが思わずそう口にした。
「ええ、敵も戦い慣れてるわね。
戦闘バイオロイド相手の戦い方を心得ているわ」
熾天使ガブリエルも感心気味にそう呟く。
「天使長、同士ガブリエル、心配は無用だ。
連中もそろそろ限界が来るだろう。
いくら強靱な肉体と精神を持っていても、
所詮は生身の人間、何時間も戦える筈もなかろう」
熾天使ウリエルは、自信ありげな表情でそう言う。
「まあここに映っている連中は、足止め要員だろう。
問題はここへ向かっている敵の主力部隊。
これまでにも多くの同士が連中に討ち取られた。
同士ウリエル、貴殿もくれぐれも油断するなよ」
「天使長、私も熾天使の一人。
地上人相手に後れを取る程、愚鈍ではないさ。
それにいざとなればコレが――「ディバイン・ストーン」がある。
ウリエルはそう言って、右手を懐に入れた。
そして懐から手を出すと、
彼の右手に宝石のように輝いた深紅の石が握られていた。
「「ディバイン・ストーン」か。
確かにそれを使えば、貴殿の力も倍加するであろう。
だがそれでも油断しない事だな。
特に奴――特異点には要注意だ」
「天使長、そのような言いようをされては、
私としても不快だ、だが貴方の言うことも一理ある。
だからこの手で特異点とその同胞を仕留めてみせよう」
「同士ウリエル、そうなる事を祈っているよ」
「……期待に添えるように、尽力を尽くします」
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メルカバーに突入して、約五十分が過ぎた。
凄まじい激闘の末、アーリア率いる「ヴァンキッシュ」の面々。
彼等に追従した冒険者及び傭兵部隊も気がつけば、
その数は半数以下になっていた。
相手は疲れを知らない機械の身体。
そんな連中が束になって何度も何度も突撃して来た。
アーリア達も最初のうちは、
その突撃を真っ向から受け止めて、
機械兵や天使兵を次々と撃破していたが、
突入後、三十分を過ぎたところで劣勢に追いやられた。
アーリアの白刃の太刀も今では、
随分と刃こぼれしていたが、まだ標的を斬る事は可能であった。
しかし彼女の肉体は、そろそろ限界に近づいていた。
「スコット! ライデル! ミッチェル!
生きているなら、返事なさい!」
「……駄目だ、その三人はもう殺られたよ」
肩で息をして、猫族の曲芸師ジョルディーがそう言う。
「残念だが「ヴァンキッシュ」の生き残りは少ないぜ。
ガッデムゥッッ! こちらは生身の肉体。
対する敵は機械の身体、持久戦ではオレ様達が不利だぜ」
猫族の銃士ラモンが客観的な事実を述べる。
部隊全体を見ても、兵数は既に五十人を切っていた。
この後、仮に援軍が来たとしても、
良くて数百人、悪くて数十人程度であろう。
一方の敵はまだ余力を残しているように見えた。
何せこの広い船を運用しているのだ。
防衛部隊だけでも一千体以上は居る、と思った方が良い。
「ふう、少しばかりカッコをつけすぎたわね。
無理は良くないわね、ここは一度後退しましょう。
ヨハン団長やラサミスくん達の動向が気になるけど、
その前に私達が死んだら元も子もないわ。
私は自分の連合に忠誠を誓ってるけど、
殉教者ではないわ。 まず優先すべきは自分の命。
そしてこの場を仕切る者として、
他者にもその考えを押しつけるわ、皆、自分の命を大事に!」
「副団長にそう言ってもらえると、
オイラも無駄にカッコつける必要がなくなり、
自分の生命の安全を優先する事が出来るよ」
「オレ様も副団長の考えに賛成だぜっ!
ここで無理して死んでも大して意味はねえっ!
これから先はヨハン団長達に任せようぜ」
ジョルディとラモンもそう本音を吐いた。
するとアーリアは両肩を竦めて――
「物わかりの良い同僚を持って、私は幸福よ。
だから皆、ここからは無理しなくていいわよ。
まずは自分の安全を最優先。
そして余った力で人助け、これで行きましょう!」
こうしてアーリアの機転によって、
彼女の配下の部隊は、玉砕特攻などはする事無く、
自分の安全を優先しながら、
追撃してくる敵兵を適当にあしらって、
彼等は全滅という最悪の事態から間逃れる事となった。
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ラサミス達、剣聖ヨハンとその同僚達は、
メルカバーの黒い床に赤い鮮血の足跡を残しながら、
ひたすら前進を続けた。
既にこれまで二度も敵の防衛部隊と遭遇して、
その度に他の兵士が数人かがりで敵を食い止めて、
その隙を見計らって、ラサミス達はひたすら前へ進んだ。
最初の頃は三十五人近く居たが、
敵との二度の遭遇で仲間の数人が食い止め、
あるいは戦死を遂げて、今では知った顔だけが残されていた。
「暁の大地」は団長ラサミス、副団長ミネルバ、メイリン、ジュリー。
そしてバルデロンとジウバルト、マリベーレの七人。
「ヴァンキッシュ」はもっと少なかった。
団長のヨハンと女性錬金術師のクロエ。
それと「聖なる弓使い」のカリンの三人しか残ってなかった。
全員合せてもたった十人という少人数。
但しラサミスや剣聖ヨハン、またミネルバやクロエなどは、
トップクラスの冒険者であり、たかが十人でも下手な小隊より
この十人の方が戦力になる、という見方は間違ってないだろう。
「……少々心許ない人数だが、
この十人が同時に戦えば、天使の親玉にも勝てる。
とボクは信じているよ」
「嗚呼、オレもヨハン団長と同じ意見だよ。
でも皆、くれぐれも無理するなよ?
死んでしまえば全てが終わりだからな」
「うむ、ボクもラサミスくんに賛成だよ。
……と思ったら何やら重要そうな扉の前に辿り着いたぞ。
……皆、二分の間に回復や魔力の補給をするんだ」
ヨハンの咄嗟の指示に従うラサミス達。
おかげで彼等も何とか一息をつくことが出来た。
そして剣聖ヨハンが一歩進んで、重要そうな扉の前に立つと、
彼の目の前で扉が開いた。
「――全員戦闘態勢に入れっ!
最初にボクが飛び込むから、皆はその後に続くんだ!
そう言って剣聖ヨハンは、目の前の部屋へ飛び込んだ。
次回の更新は2025年11月13日(木)の予定です。
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