第六十八話「斜路の終着点」
翌朝。
俺達は野営道具を片付けて、携帯食で簡単な朝食を済ませてから、再びエルシトロン迷宮の探索を再開。
二十階層と下部階層を繋ぐ連絡路。 それは洞窟であった。
洞窟の中はやや暗かったが、魔法のランタンで照らせば特に問題はなかった。
そして緩やかな斜路が下へ下へと続いていた。
時折、洞窟内の風穴から風が吹き上げるので、足場を崩さないようにバランスを保ちながら、斜路を下って行く。
魔法のランタンを持ったドラガンが先頭に立ち、二列目に兄貴とアイラ。
中列にエリスとメイリン。 俺は魔法のランタンを持って殿を務める。
薄暗い洞窟内には、吸血蝙蝠が結構居たので、メイリンの火炎魔法で何回か追い払うが、それ以外には特にモンスターらしいモンスターは出なかった。
俺達は、滑らかな洞窟内を慎重に慎重を重ねて進んで行く。
下へ下へ、そして洞窟の奥へと突き進む。
見えてきた斜路の終着点。
出口からは差し込む淡い光にやや眼を眩ませながら、洞窟の外に出る。
「これは……水晶か?」
俺は先頭のドラガンの声に釣られて、周囲をぐるりと見渡した。
すると迷宮内の壁が淡く輝いた水晶で覆われていた。
「なる程、淡い光の正体は水晶だったのか」と、兄貴。
「凄い綺麗。 夢のような光景ですわ」
と、うっとりするエリス。
「ねえねえ、これを採掘して持ち帰れば大儲けできそうじゃない?」
と、現実的な意見を言うメイリン。
「確かにな。 だが今回の任務は竜魔の探索だ。 この水晶を持ち帰りたければ、その前にきちんと任務を果たすんだな」
「……はーい」
ドラガンにそう言われて、やや仏頂面になるメイリン。
まあ気持ちはわからなくもないがな。 でも持ち帰るにしても、結講大変そうだよなあ。 でもちょっとぐらいならいいか? などと能天気な事を考えていると、前方から雄叫びが聞こえてきた。
「ギョエエエエエエエエエッ!!」
「どうやら敵さんのお出ましのようだな。 全員、構えろ!」
俺は兄貴に言われるなり、即座に戦闘体勢に入るが、突如前方に現れたモンスターの姿を目の当たりにして驚いた。
なんとブルテッシュ・リザードが飛竜らしき黒灰色のドラゴンの背に跨りながら、空を滑空して、こちらに目掛けて突貫してきたのだ。
俺は突然の事態に思わず硬直してしまった。
だが兄貴即座に反応して、敵目掛けて突進を開始。
「――させるかっ!! ――『ジャイロ・スティンガー』ッ!!」
兄貴が右腕を錐揉みさせると、白銀の長剣の切っ先から、鋭くうねった薄黒い衝撃波が生まれ、神速の速さで飛竜に騎乗するブルテッシュ・リザードの腹部に命中。
薄黒い衝撃波はブルテッシュ・リザードの腹部を貫通して外壁に衝突して、水晶の一部を乱暴に削り取りながら、大きな穴を穿った。
瞬く間に繰り出された兄貴の英雄級の剣術スキル。
だが騎乗者を失っても尚、飛竜は突進を止めない。
「――やらせはせんよ! 『ダンシング・ドライバー』ッッ!!」
そう技名を叫びながら、ドラガンは踊り子のように舞った。
そしてその華麗な舞から、高速で鋭い突きを三連打。
一撃、二撃、三撃と飛竜の両眼、眉間、喉元に命中する。
「ギョ、ギョアアアアアアアアアッ!?」
細剣使いのドラガンの十八番が決まり、
黒灰色の飛竜は近くの壁に激しく衝突して、おもむろに地面に落下。
だが息をつく間もなく、第二陣、第三陣と飛竜に騎乗した
ブルテッシュ・リザードがこちらに目掛けて襲い掛かって来る。
「ラサミス! エリスとメイリンは私が守るから、
君も敵の掃討を手伝うんだ!」
「わかったぜ、アイラ! これでも喰らいやがれっ!」
俺は風の闘気を全身に纏いながら、地を駆ける。
それから腰帯に携帯した鋼のブーメランを手に取り、擲った。
鋼のブーメランは兄貴達が交戦するモンスター達の死角を突いて、弧を描きながら、飛竜に騎乗するブルテッシュ・リザードに迫る。
「――今だっ! ――『軌道変化』ッ!」
俺がそう叫ぶなり、鋼のブーメランは、弧を描いていた軌道から、物理法則を無視して直角の軌道へ変化して、ブルテッシュ・リザードの首筋を激しく切り裂いた。
「ギョ、ギョアアアッ!?」
「いい判断だ、ラサミス! ――『ソニック・ソーン』ッ!!」
ドラガンが背中でもがくブルテッシュ・リザードのせいで、バランスを崩した赤い飛竜に目掛けて上級の細剣スキルを素早く放った。
「ギャワアッ!?」
鋭い突きに加えて、風属性を含んだ渾身の一撃が赤い飛竜の胴体部に大きな風穴を開けると、飛竜はブルテッシュ・リザード共々、壁に向かって激しく衝突。
これで残すは一組のみ。
残る一組の飛竜とブルテッシュ・リザードは、兄貴と交戦中。
兄貴の激しい剣戟に痺れを切らしたのか、ブルテッシュ・リザードは突如飛竜から飛び降りて、手にした蛮刀で兄貴に袈裟斬りを放つ。 当然それを難なく白銀の長剣で払う兄貴。
だがその間隙を突いて、騎乗者を無くした分、身軽になった水色の飛竜がエリスに狙いを定めて突撃を開始。
しかし俺は慌てず、腰帯からハンドボーガンを手に取り、水色の飛竜目掛けて、金属製の矢を二連射する。
一発目は外れたが、二発目が飛竜の右眼に命中。
そして俺は地を蹴り、大きくジャンプして、手にしたプラチナ製のポールアックスで低い呻き声を上げる飛竜に狙いを定める。
「――『レイジング・スパイク』ッ!!」
そう技名を叫びながら、俺が持つ数少ない上級スキルを躊躇い無く飛竜に喰らわせた。
プラチナ製の戦斧が暴力的に飛竜の頭部を破壊する。
頭部を破壊された飛竜は、勢いを無くしてそのまま地上に落下。
「凄いわ! ラサミスッ!!」
「今のはちょっとカッコ良かったわよ!」
後衛のエリスとメイリンがやや興奮気味にそう言った。
我ながら、珍しく綺麗に技が決まったな。
「こっちも片付いたぞ」
兄貴はそう言いながら、手にした白銀の長剣をヒュンと鳴らした。
相変わらず兄貴は強いな。 さて敵も片付いたし、軽く休憩に入るか。
「皆、今のうちに回復薬を飲んでおこう!」
俺の提案に各自、小さく頷き、それぞれ回復薬を手に取り、瓶の中の液体を喉に流し込む。 喉に染み渡る心地よい感覚。 だが次の瞬間には、そんな甘美な時間をゆっくりと楽しむ余裕も消し飛んだ。
「前方ニ敵ガ居ルゾッ! オイラト同ジドラゴンダ! ソノ数十体以上ッ!!」
と、エリスの頭上で背中の二枚の両翼をぱたぱたさせるブルー。
おいおい、小休憩を取る暇もねえのかよ! ったくやってらんねえよ!
「……地竜だ! 前方に十体以上の地竜が現れたぞ!」
俺はドラガンの言葉に釣られて、思わず視線を前方に向けた。
すると三十メーレル(約三十メートル)ぐらい先に黄色がかった肌の竜らしき集団が十体以上、横に一列に並んで陣取っていた。
「メイリン。 地竜は土属性のブレスを吐くから、状況に応じて、風属性の対魔結界を張ってくれ!」
「了解ッス、ライルさん!」
「基本陣形は今まで通りだが、確実に一体づつ倒して行くぞ! 厳しい戦いになると思うが、気合を入れて踏ん張ってくれ!」
やれやれ、こいつは厳しい戦いになりそうだぜ。
だが弱音を吐いても仕方ない。 ここは気合で乗り越えるしかない!
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「ギィエエエエエエエエエッ!」
「――ソニック・ソーンッ!!」
「ウギャアアアアアアアアアァッ!!」
地竜の弱点属性である風属性を含んだ上級細剣スキルが華麗に決まった。
ドラガンの細剣は眼前の地竜の眉間を貫いて、脳幹まで達する。
強靭な生命力を誇るドラゴン種も頭部を破壊されれば、例外なく死亡する。
「ハアハァハアッ……これで十二体全部倒せたな」
そう言いながら、肩で息をするドラガン。
いやドラガンだけでない。 俺は当然として、兄貴やアイラですら呼吸を乱していた。 それぐらいの激戦だった。
地竜は想像以上に俊敏で、隙を見ては土属性のブレスを吐いてきた。
乱戦状態だったので、常にメイリンが対魔結界を張れるわけもなく、
戦闘の終盤には、多少ブレスを受けながら、強引に力でねじ伏せた。
そして戦闘が終了した現在各自それぞれ回復薬と 魔力回復薬で体力と魔力を回復する。
更にエリスの回復魔法に加え、レンジャーの俺も回復する。
それらの一連の作業が終わると、俺とメイリンが地竜のドロップアイテムの回収作業に入る。 入手できたのは、『地竜の牙』五個と『地竜の鱗』六個。 それに加えて比較的純度の高い魔石が五個。
基本的にドラゴン種のドロップアイテムは希少性が高く高値で取引される。
また武器や防具の素材にもなるので、新たな武具を作るのもありだ。
「流石に厳しかったな」と、ドラガン。
「ああ、俺も疲れたよ。 少し休憩するか?」と、兄貴。
「そうした方が良さそうだな」
と、アイラも同意する。
やれやれ、ようやくこれで少し休めるか。
と思った矢先にまたブルーが急に声を張り上げた。
「前方ニ強力ナ魔力反応ガスルゾッ! ト、トンデモナイ魔力ダッ!! 危険! 危険! 今スグ戦闘態勢ニ入レ! アルイハ逃ゲロ!」
ブルーがそう言うとほぼ同時に、俺の背筋にも悪寒が走る。
前方からとてつもない威圧感と重圧感を感じた。
前方には黒い人影が見え、その背中には二対四枚の漆黒の翼が生えていた。
その人影が翼を羽ばたかせながら、こちらにゆっくりと接近。
そして俺達の十五メーレル(約十五メートル)くらい前で急に停止する。
徐々にその姿が顕になり、俺達は思わず息を呑んだ。
その体長はゆうに二メーレル(約二メートル)を超えている。
全身が盛り上がった筋肉で包まれており、上半身は裸体だが、下半身は濃紺な黒い長い毛で覆われていた。
肌は褐色。 分厚い胸板の上に乗った頭は、一見、竜人族のように見える。
だが頭部には、二本の漆黒の細長い角が生えており、その双眸は異常に鋭く、瞳は燃え盛る炎のような緋色。 髪は薄い緑色で逆立っており、見るだけで威圧されるような迫力がある。 そして次の瞬間、俺の頭に妙に響く声が聞こえてきた。
『今すぐこの場を立ち去れ! さもなくば死ぬ事になるぞ!』
突然の事態に俺は周囲を見渡した。
すると俺だけでなく、兄貴やドラガン達も同じような反応をしていた。
どうやら俺だけじゃないみたいだ。 という事は念話の類か?
こんな真似は普通の竜人には出来ない。
間違いない。
こいつが竜魔だっ!?
次回の更新は2019年1月12日(土)の予定です。




