第六十六話「追跡」
狂暴な雄叫びが、すぐさま悲鳴へと変貌する。
鋭い風切り音の後にモンスターの断末魔が響き渡る。
突き出される斧槍が次々とモンスターを串刺しにする。
燐光に照らされるフードの下から覗く緋色の瞳と端正な顔。
彼女の周囲には、フレイム・フォックスやベビー・サラマンダーの死体の山が積み上げられていた。 そしてその後ろで高みの見物をする茶色のフーデッドローブ姿の竜人。
言うまでも無く、ミネルバとアーガスである。
二人は監視役の飛竜にラサミス達の後を追跡させて、彼等の行き先がエルシトロン迷宮と知ると、一端引き返して、ローダ島でバックパックや地図、回復薬、テントや寝袋などの迷宮探索に必要な物を購入。
そしてそれらを背中に背負うバックパックに詰め込み、再びエルシトロン迷宮へと向かった。
二人で迷宮探索するのは、本来ならそれなりのリスクが伴うが、幸い先陣の『暁の大地』の面々が道中のモンスターを狩った後なので、二人は殆ど戦闘する事なく、順調にラサミス達の後を追う。
本来ならば、こういった行為は冒険者の間で禁止されている。
先陣にモンスターを狩らせ、自分達は無傷で依頼や目的を果たすといった行為が過去に頻繁に起きた為、現在では冒険者ギルドもこのような行為を固く禁じている。
こういう行為が発覚した場合は、罰金刑が課され、更に短くて一週間、長くて三週間程、冒険者の証を一時剥奪という処分が下される。
だがこういう罰則があっても、似たような行為は起こる。
そしてミネルバ達はそんな罰則などまるで恐れない。
そもそも彼女らの任務は非合法。
それでいて、証拠は残らないように常に気を使っている。
そして比較的楽をしながら、二人は十三層に到着。
「少し狭いが、今夜はここで休もう。 恐らく連中もそろそろキャンプする頃だろうからな」
アーガスは十三層の近くにある正方形型の小部屋を見ながら、そう言った。
ミネルバは「そうね、そろそろ奴等に追い付きそうね」と答えて、適当に燃えそうな物を集めて、火打石を打ち、焚き火を焚いた。
そしてミネルバはテント、アーガスは寝袋を取り出す。
念の為に片方が眠っている間に、もう片方が見張り役を務めるという算段だ。
「しかし連中は何故こんな僻地の迷宮に来たんだろうな?」
「奴等が誰から依頼されて、この迷宮を探索しているのは間違いないわ」
「恐らくそうだろうな。 そうなると何を探索しているかが気になるな」
「そうね。 やはり人に知られたくない何かでしょうね」
ミネルバの言葉にアーガスが小さく頷いた。
「そもそも奴等とマルクスは何が原因で争ったんだろうな? まあマルクスはああいう人間だ。 争った原因は奴にあるとしてもだ。 マルクスは一体どんなお宝を持ち逃げしたのだ?」
「さあ? 私には皆目検討がつかないわ。 私にとって、マルクスは復讐の対象でしかないわ。 奴の考えや行動には興味はないわ」
「もちろん俺もそうだ。 だがな、俺の勘がいっているんだ。 この件は俺達が思っているより、根が深そうだ。 そしてこの迷宮探索。 その先にあるのは何だ?」
「知らないわよ。 どのみちこのまま連中の後を追っていれば、いずれ明らかになるでしょう。 とりあえず私は仮眠を取るわ」
「……了解だ。 四時間後に起こすよ」
「ええ、じゃあおやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
そう言ってテントの中に入るミネルバ。
そして焚き火に当たりながら、黙考するアーガス。
――ミネルバの奴。 復讐の対象が消えて、投げやりになっているな。
――まあそれも無理もないがな。 他人事ながら同情するよ。
――何せこの五年間、女を捨てて復讐の為だけに生きてきたんだからな。
――だがそれはミネルバの事情。 俺は違う。
――俺にはこの女と違って、未来がある。
――親父の権力基盤もまだ万全なものとは言えない。
――竜人の俺が言うのも何だが、竜人は多様性に欠けた種族だからな。
――くだらん風習や為来りに固執する馬鹿は未だに絶えん。
――そんなのだから、四大種族の中でも技術や文化面で他種族に劣るのだ。
――だがそれも変わる。 いや俺が変えてみせる!
――その為には大きな勲章が必要だ。
――そしてその為には、俺は親父もこの女も利用する。
――さしあたっては、連中が追っているものの正体を突き止める。
――だからこの女にはまだ利用価値がある。
――もっとも目的が達成されれば、もう用はないがな。
――だからそれまでの間は、今まで通り優しくしてやるさ。
――そういうわけだから、まだまだ俺の為に働いてくれよ。 なあ、ミネルバ。
などと野心を膨らませるが、とりあえず自身の役割を果たすべく、
焚き火に当たりながら、周囲に眼を配らせるアーガスであった。
次回の更新は2018年12月29日(土)の予定です。




