第六百十三話 一心同体
---ラサミス視点---
そしてオレは三日ほど、自宅で過ごした。
エリスと一緒に日用雑貨品を買いに行ったり、
ラミレスをあやしたり、オムツも変えたりした。
そしてエリスとドリス義母さんに
食事を作ってもらい、一緒にそれを食べた。
……。
やはり一家団欒というものは良いな。
この幸せを手放したくない。
でもその為には、大天使達と戦う必要がある。
そうするとまた家族と離ればなれになる。
なんというジレンマだ。
世の妻子ある冒険者や軍人は、
絶えずこのジレンマに耐えているのであろうか?
そんな事を思いながら、
オレはテーブルの上に置かれた食事に手をつける。
今夜のメニューは、
ビーフステーキ、野菜サラダ、そして大盛りライス。
それに赤ワインのボトルと、赤ワインがつがれたグラス。
オレはナイフとフォークを使って、
皿の上の肉を丁寧に切って、口の中に運んだ。
「美味いっ!!」
「そう、ラサミスはお肉大好きだもんね。
その中でも特に牛肉が大好物よね~」
「ドンドン、食べて頂戴。
必要ならもう一切れ焼くわよ」
「……とりあえず今ある分を食べて決めます」
オレはドリス義母さんにそう伝えた。
すると義母さんが少し真面目な表情をして――
「ラサミスくん、他人の為に戦うのは、とても尊いわ。
でもそれで家族を蔑ろにしちゃ駄目よ?」
「……はい」
「勿論、アナタが背負ってる任務や仕事は、
理解しているわ、アナタやアナタの仲間達が
戦ってくれるおかげで、
私はこうして平和に暮らせている」
「はい」
「大人の男性にとっては、
仕事は何よりも大事、それも分かるわ。
でもそれと同時に自分の家族も大事にしなきゃ駄目よ?」
「……分かっています」
「ち、ちょっとお母さん!
今は食事中よ、そんな話は――」
「エリス、アナタもちゃんと話を聞きなさい」
「……はい」
ここは素直に話を聞いた方がいいな。
エリスもそれを察したようで、
ドリスさんの言葉をジッと待った。
「私も口五月蠅い事は言いたくないわ。
だから一度しか言わないから、
ちゃんと聞いて頂戴」
「「はい」」
「ラサミスくん、任務は必ず成功させなさい。
その上で五体満足で帰って来なさい。
そして戦いが終われば、
エリスと共にラミレスちゃんをきちんと育てなさい」
「はい、分かりました」
普段は温厚なドリスさんだけに、
この言葉には非常に重みを感じた。
そうだよな。
仮に世界を救ったとしても、
自分の妻子を不幸にさせちゃ本末転倒だ。
うん。
だからオレは必ず五体満足で生還するぜ。
「エリス、アナタは夫の帰りを待って、
育児に専念しなさい、それが母親の役割よ」
うん、うん、そうだよ――
「お母さん、それは私もよく分かっているわ。
でもね、私はラサミスが最終決戦に行く際には、
彼について行くつもりよ!」
「えっ? エリス、アナタ……正気なの?」
ドリスさんの言葉にエリスがこくりと頷く。
そして両腕でラミレスを抱きながら、
強い意志を宿らせた瞳でオレとドリスさんを見据えた。
「私はただ夫に護られるだけの妻にはなりたくない。
夫が死地に向かうなら、
私も着いて行って、共に困難を乗り越えるわ。
何より夫……ラサミスの勇姿をこの目に焼き付けたいのよ」
「ちょっと待ちなさい。
じゃあ、ラミレスちゃんはどうするの?」
「ライル兄様夫妻に預けるわ。
あの二人に預けたら、何も心配は要らないわ」
「……でも仮にアナタ達が戦死したらどうするのよ?」
ドリスさんの反論は真っ当だった。
だがエリスも動じる事無く、堂々と答えた。
「その時は、ラミレスをライル兄様夫妻の養子にしてください。
勿論、それは最悪のケース。
私もラサミスと共に必ず生還してみせるわ」
「……どうやら決意は固いようね」
「ええ、お母さん、分かってください。
今回の戦いは、只の戦いではないのよ。
このウェルガリアの命運をかけた戦いなのよ。
だから私も只の母親じゃなくて、
ラサミスの妻として、そしてウェルガリアの民として、
自分がやれることを全部やってみせるわ」
「……」
エリスの言葉にドリスさんも暫し言葉を失った。
……これに関しては、どちらが正しい。
なんて簡単に結論が出る話じゃねえよな。
ドリスさんもエリスさんも正しい事を言っている。
だからこそお互いに思い悩むのであろう。
だがエリスの夫として、
オレは彼女の言葉に強く感激している。
そしてその思いは、ドリスさんにも通じたようだ。
「エリス、アナタは本当に母親になったのね。
そして妻としても、とても立派になったわ。
アナタがこのように成長してくれて、
私は母親として、とても誇らしいわ。
良いでしょう、アナタ達ももう立派な大人。
自分の家庭の事は、自分で決めなさい」
「はい、そうさせて頂きますわ。
ラサミスもそれでいいでしょう?」
「あ、ああっ……」
「でもラサミス、今はまだ安全。
というか予定調和の範囲なのよね?」
「そうだな、そう言っても過言はないが、
相手は大天使、正直今後の戦いがどうなるかは、
オレにもよく分からんよ。
だが最終決戦になれば、
オレも君にちゃんと伝えるよ」
「ウン、それじゃその時まで、
この家に残り、ラミレスをちゃんと育てるわ」
「嗚呼……」
……。
オレは本当に良い妻を持ったな。
それと同時に心から強い力を感じた。
世界を救った上に、家族も幸せにする。
少々、欲張りだが、男ならこれくらい実現させないとな!
そしてオレ達は、再び食事に戻り、
その後も言葉を交わして、愛情を育んだ。
翌日の8月7日。
他の仲間もきちんと注文の品を受け取ったようだ。
準備は万端だな、では少し声を掛けておこう。
「良し、皆も準備は良いな?
じゃあもう一度、エルフ領へ向かうぞ。
戦場に戻る前に、旧エルドリア城。
あるいはエルフィッシュ・パレスに寄って、
巫女ミリアムか、ナース隊長の意見も聞いておこう。
旧文明派のエルフ族の処遇を決めておかないとな。
まあその前に大天使を倒す事になるだろうがな」
周囲の仲間もオレの言葉に無言で頷いた。
全員が全員、真剣な表情だ。
士気の方もバッチリだな。
世界も救う、家庭も護る。
そして仲間も誰一人として死なせない。
オレはそう決意を固めて、
仲間と共にエルフ領へ舞い戻った。
次回の更新は2025年4月24日(木)の予定です。
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