第五十話「漆黒の巨人ブラック(前編)」
エリーザがブラックを引き連れて、町の広場に到着した頃には、
既に周囲は戦場と化していた。
猫族にしては、随分大柄な連中が派手に暴れている。
もしかすると、この連中が噂に名高い山猫騎士団か!?
いや良く見ると、猫族以外の姿もあった。
ヒューマンの男女がマライアや巨人相手に戦っている。
この連中は何者だ?
いやそんな事はどうでもいい。
大方、猫族が雇った冒険者か、傭兵だろう。
そんな事より今はこの不利な戦局を覆す必要がある。
よく見れば広場に待機させていた巨人が一体まで減っていた。
という事はこの短期間で二体やられたという計算になる。
残された巨人はブラックを含めて四体。
それに対する敵の数は軽く見ても三十以上。
このままでは全滅の可能性も十二分にある。
それだけは、絶対に避けねばならない。
そしてエリーザはこの戦局を打開すべく、ブラックに命じた。
「ブラック、貴方が巨人達の防御役になりながら、あの小癪な連中を倒しなさい!」
「うおおおおお……おおおおおおっ!!」
使役者に命じられるまま前方に躍り出る漆黒の巨人。
そしてその背後から二体の巨人が追走する。
「奴の動きを止めろ! 魔法部隊攻撃開始っ!」
「了解。 全員撃て!」
様々な属性の呪文が詠唱されて、ブラック目掛けて放たれた。 まともに喰らえば、ブラックの右肩に乗っているエリーザも只では済まない。
だが次の瞬間、放たれた数々の攻撃魔法は、ブラックが張った薄黒い対魔結界に次々と防がれた。
どおん、どおん、どおん、どおおおん。
ガン、ガン、ガン、ガン、ガアン、ガアアアンッ!
様々な反響音を鳴らしながらも、ブラックの対魔結界はビクともしない。 これだけの規模の対魔結界を張れば、通常なら直ぐに魔力切れを起こす。
だがこの漆黒の巨人は、まさに無尽蔵の魔力を持っている。 故にこれだけ強力な対魔結界を張りながら、攻撃に転じる事も可能だ。
「なんという対魔結界だ!? 魔法が全て防がれたぞ!!」
「馬鹿なっ……こ、これが漆黒の巨人の力かっ!?」
「うろたえるな! 敵の反撃が来る可能性がある。 魔法部隊は対魔結界を張る準備をしながら、攻撃魔法も並行しながら詠唱しておけ!」
うろたえる猫族達を叱咤する指揮官らしき大柄の猫族。
なる程、なかなか状況判断の早い指揮官だ。
だが持久戦と消耗戦になれば、こちらの勝利は堅い。
故にここはあえて焦らず消耗戦を仕掛けよう。
そしてエリーザ達の姿に気付いた仲間達もこちらに避難してきた。
「エリーザ、ようやく来てくれたのか!?」
「もう大丈夫よ。 ジーク、ブラックの後ろまで下がって!」
「お、おう! へへへ、奴等が度肝を抜く瞬間が愉しみだぜ」
「マライア、貴方も一端ここまで下がりなさい!」
エルフと思わしき女と交戦中のマライアにそう指示するエリーザ。
すると敵の攻撃を交わして、後方にぴょんぴょんと飛ぶマライア。
そしてブラックが居る場所まで下がり、肩を竦めるマライア。
「もういいところだったのに……まあ仕方ないわね。 それじゃエリーザ、派手にやっちゃってよ?」
マライアの言葉に無言で頷くエリーザ。
そして右手を肩の線まで上げて――
「――撃つのよ、ブラック!!」
「ウオ――オオオァアアアアアアッ!!」
命じられるまま、大きく口を開ける漆黒の巨人。
そして口内から猛り狂う紅蓮の火の玉を吐き出した。
だが猫族達も指揮官の指示通り対魔結界を次々と張る。
大中小の様々な対魔結界が、放たれた紅蓮の火の玉を防ぐ。
流石は魔力と魔法に長けた猫族というべきか。
ブラックの放った火炎弾をそれぞれの対魔結界で防いだ。
だがエリーザは慌てず、再びブラックに命じた。
「――続けなさい、ブラック!!」
「ウオオオ――オオオァアアアッ!!」
再びブラックの口内から、緋色の火炎弾が放射される。 そして先程のように猫族達が張った対魔結界に命中。 すると今度は猫族達も無傷では済まなかった。 放射された緋色の火炎弾は猫族達の対魔結界を打ち破り、そのままの勢いで数匹の猫族達を火達磨にする。
「ぎゃ、ぎゃああああああああっ!!」
「慌てるな! 後衛の回復役よ、回復せよ!」
「了解しました!」
だが例の指揮官らしき大柄な猫族に命じられて、後衛の回復役達が一斉に回復魔法を詠唱。
すると眩い光が負傷者達を包み込んだ。
そして後衛の魔法部隊が火達磨になった猫族に対して、水魔法を放射して、消火作業に当たる。 そして即座に回復。 すると全身を煤だらけにしながらも、再起する猫族。 そして負傷した者達は後列に下がり、無傷な者が前列に出る。
なる程、単純な戦術だが単純が故に汎用性が高い戦術だ。
だがそれはあくまで通常の相手ならばの話。
何せこちらの漆黒の巨人は無尽蔵の魔力を誇る。
更には自動再生能力もあり、長期戦でも問題なく戦える。
恐らく敵の狙いはこちらの魔力切れを見越した持久戦であろう。
だがそれこそエリーザが望む展開。
このまま魔法や火の玉の打ち合いを続けるなら、まず負けはない。
むしろ数に物をいわせた物量の肉弾戦の方が怖い。
いくらブラックが強力な存在とはいえ、あの人数で乱戦に持ち込まれたら流石のエリーザも無傷というわけにはいかないだろう。
逆説的に云うなら、それを相手に悟られるわけにはいかない。
よってここはあえて強気で魔力の消耗合戦に付き合う。
再び肩の線まで右手を上げるエリーザ。
続いて放たれる第三射。 数秒の間があって着弾。
今度は先程より多くの猫族達が負傷している。
そしてまた後衛の回復役が回復。
再び後衛に下がる負傷兵達。
「よし、魔法部隊一斉に魔法を放て!」
「はいっ!!」
戦闘の基本として、今度は反撃に出る猫族達。
詠唱と共に様々な属性の攻撃魔法が一斉に放たれる。
再び薄黒い対魔結界の前で爆音と爆風が吹き荒れた。
エリーザもブラックの右肩の上で軽く身体を揺らした。
だがすぐに両足を踏ん張り、ブラックの右肩の上で体勢を整える。
正直思っていたより、相手の魔法攻撃は強力だった。
もしこれがエリーザ自身で張った対魔結界なら、既に打ち破られているか、魔力切れを起こしているであろう。
エリーザは左手の甲に刻んだ五芒星の烙印を見据えた。
基本的に精霊使いは、使徒である魔物や魔法生物に自身の魔力を分け与えて使役するが、エリーザとブラックに限っては、少々事情が異なる。
勿論、使徒であるブラックと主従関係を結ぶべく、エリーザとブラックの魔力回路を繋げる必要はある。 その証がエリーザの左手の甲に刻まれた五芒星の烙印だ。 ブラック側はコアとなる頭部に同様の烙印が刻まれている。
だが今回の場合に限っては、使役者が魔力を供給する必要性は低い。 何せ使徒が無尽蔵の魔力を誇っているのだ。 故にエリーザ自身は魔力を供給せず、あくまで主従関係を結ぶのに必要な烙印でお互いの魔力回路を繋げる事だけに留めている。
大切なのはあくまでブラックの魔力の状態を常時把握する事。
国王の手前、魔力の暴走はないと言ったが、それはあくまで計算上の話だ。
何せ今回のようなケースは初めてである。
故に何かの事故が起こる可能性は零ではない。
だからこそエリーザは、常にブラックの状態を把握する必要がある。
幸いなところ今のところ何も問題は起きてない。
こうして強力な対魔結界を張っていても、ブラックの魔力は底を見せず、またなみなみと魔力が蓄積されていく。
流石は禁断の実と呼ばれる神の遺産だ。
こうして無尽蔵に魔力を使える事なんて通常ではまずありえない。
この時点で禁断の実を用いた生物兵器の実験成果は成功であった。
なにせたった一体で三十以上の相手と戦えているのだ。
しかもほぼ無傷でだ。 この点だけ見ても成果はあった。
だがこれだけでは恐らく国王を含めた上層部は納得しないであろう。
故にエリーザは眼前に立ちはだかる者達を打ち破らなくてはいけない。
そして大量の金塊を抱えて、無事本国へ凱旋。
それが適ってようやくエリーザの未来は開ける。
だから眼前の連中には恨みはないが、死んでもらう必要がある。
そう決意を固めて、再度右腕を振り上げるエリーザ。
「まだよ、ブラック! こいつ等を全滅させるまで戦いなさい!」
非常なまでの使役者の命令。
だが使徒であるブラックに拒否権はない。
何故ならこの漆黒の巨人はまさに戦う為に作り上げられた存在。
そして己の責務を全うすべくブラックは使役者に従う。
「ウオオオオオオ――オオオァアアアアアアッ!!」
次回の更新は2018年9月8日(土)の予定です。




