第二百九十九話 海岸の戦い(後編)
---三人称視点--
ウェルガリア歴1602年4月10日、昼の12時15分。
既に艦砲射撃は始まっていた。
上陸海岸全域は激しい砲火を浴びて、激しく揺れていた。
連合軍艦隊は間断なく砲火を加え、轟音の渦を引き起こす。
青い空が砲火で赤く染まり、黒煙が雲のように海岸に沿って漂っていた。
連合艦隊のガレオン船やガレアス船が砲弾の雨を魔法障壁や岩壁に降らせた。
その間に連合軍の第一軍と第二軍の兵士達が次々とハドレス半島に上陸して行く。 連合艦隊は味方部隊が上陸したので、砲撃を中止した。 そして連合艦隊の指揮官であるジェフリー・アンクロッソン提督は、耳錠の魔道具を使って、空戦部隊の指揮官レフ・ラヴィンに新たな指示を出した。
『聞こえますかな? 騎士団長殿。 こちらは第一軍と第二軍が無事上陸を果たした。 この合いを観て、第三軍と第四軍も上陸させる予定だ。 だがまだ完全に敵を制圧したわけではない。だから卿等、空戦部隊で再び魔王軍の地上部隊を狙い撃ってくれ!』
……。
道具の調子が悪いのか、それとも距離が遠いからか。
レフからのレスポンスは数秒ほどかかった。
『了解です、では引き続き地上部隊を攻撃します』
『うむ、ここが正念場だ。 キミ達の働きに期待してるよ』
『分かってます、では今から攻撃を開始します』
『うむ』
そう交信が交わされて、しばらくするとまた竜騎士団がハドレス半島の上空に姿を現せた。 猫族の魔導師や魔法使いを相乗りさせた竜騎士団は、内陸部を中心に魔法攻撃で爆撃し、再び高度を上げて、空中で旋回し、また爆撃を繰り返した。
だが魔王軍の地上部隊はそれでも連合軍の爆撃を耐え抜いた。
正確に云えば、攻撃は一切せず対魔結界やレジストで爆撃を防ぐ事に専念した。
既に爆撃を始めて半日以上が過ぎようとしていた。
高い魔力を誇る猫族もこう立て続けに魔力を浪費すると、
肉体面だけでなく、精神面でも疲弊し始めていた。
するとその負の連鎖が周囲の者達に伝染する。
何せ元は猫。
故に猫族は堪え性がない。
だからこの狩りにも飽き始めていた。
『……レフ殿、そろそろ我等、王国魔導猫騎士団の肉体も限界に近い。 いや私はまだ戦えるが、周囲の者達はそろそろ飽き始めている……』
『……飽き始めている?』
レフは王国魔導猫騎士団の騎士団長ニャラードの言葉に一瞬耳を疑った。
この大事な任務を前にして、『飽きた』という理由での任務の放棄。
それは生真面目な性格のレフには、只の怠慢行為にしか思えなかった。
『……私はふざけている訳じゃない。
だが我々、猫族は卿ら竜人族に比べると堪え性がないんだ。
無論、まだ戦う意思がある者は支援攻撃させるが、
それ以外の者は一旦撤退させて、頂きたい』
レフはニャラードの申し出にしばらく悩んだ。
だが度重なる連戦で竜騎士団の竜騎士達も疲弊していたのも事実。
だからレフは自身が率いる主力部隊を後退させて、
代わりに副団長ロムスとカチュア率いる女性部隊を前線に押し出した。
敵の空戦部隊は後退させたが、完全に無力化させた訳ではない。
なのでレフはこの場はロムス達に任せて、主力部隊を一度撤退させた。
そして陸地に上陸した陸上部隊は気勢を上げながら、前進を続けた。
「敵は怯んでいるぞっ!
オレ達はこのまま六人一組のまま前進するぞ!」
ラサミスがそう叫ぶなり、他の団員は無言で頷き彼の後に続く。
「ヒューマンばかりに良い格好はさせるな!
我等、山猫騎士団も続くぞ!」
「さあ、お前等! ここが稼ぎ時だ。
ほら、観てみろ? 前方には敵だらけだ。
だから視界に入った敵は全て切り捨てて行け。
この戦いが終わった時には、俺達は英雄扱いさ!」
ラサミス達だけでなく、山猫騎士団、アイザック率いる傭兵部隊も
自身を奮い立たせるように、それぞれの言葉を発する。
進軍ラッパが鳴り響き、兵士達の怒声が沸き上がる。
対する魔王軍の地上部隊にも変化の兆しが訪れていた。
遂先程まで後退していた魔導師部隊が急遽、前進して来た。
そして岩壁や魔法障壁に隠れながら、攻撃魔法で応戦してきた。
連合軍の陸上部隊も魔法攻撃で応戦。
あるいは対魔結界やレジストで相手の魔法を防ぎ、無効化する。
そのような激しい攻防が何度も何度も繰り広げられた。
海岸全域から陸地にかけて、両軍の兵士達が次々と倒れた。
ある者は即死、またある者は致命傷を負いながら、
周囲の回復役や衛生兵に助けを求める。
そのような光景が戦場の至る所で見受けられたが、
ラサミス達『暁の大地』の団員達は怯まず前進を続けた。
だが途中で敵の集中砲火を浴びて、近くの大きな岸壁に身を潜めた。
そしてメイリンが光属性の対魔結界を張り、敵の攻防を食い止める。
「ちょっ……ちょいマジでキツいわ!
至る所から狙い撃ちさせれてるわ。
これじゃ対魔結界を張るだけで精一杯よ!」
メイリンが額から冷や汗を流しながら、そう漏らした。
するとラサミスがマリベーレを呼び寄せて、次のように指示を出す。
「マリベーレ、ここから敵の魔導師を狙撃してくれ!」
「いいけど、メイリンお姉ちゃんの対魔結界がそろそろ崩れそうよ。
あたしも対魔結界のない状態では、正確に狙撃出来る自信はないわ」
「それは大丈夫だ、オレが職業能力の『黄金の壁』を発動する。この『黄金の壁』ならば、五分くらいなら敵の攻撃を防げるだろう」
「了解。 じゃあやってみる。 『ホークアイ』ッ!!」
マリベーレは職業能力『ホークアイ』を発動させて、
銀色の魔法銃のスコープに右眼を当てながら、敵を探す。
「ちょ、ちょっっと……もう持たないわ! ああっ……ああっ!」
ラサミスは喘ぐメイリンの前に立った。
そして両手で印を結んで職業能力の『黄金の壁』を発動する。
「……メイリンはもう下がるんだっ! ――行くぜ!! 『黄金の壁』」
ラサミスは勇ましい声でそう叫んだ。
するとラサミスの周囲に黄金に輝く闘気が渦巻いた。
ラサミスはその黄金に輝く闘気を前方に押し出して障壁を生み出す。
守備範囲はこの岩壁付近に限定する。
守備範囲を広範囲に広げると、障壁の耐久力や防御力が下がる為である。
そして岩壁付近を覆うよな形で黄金に輝く障壁が張られた。
それでも敵は執拗に攻撃魔法や弓矢で狙い撃ってきたが、
黄金の障壁がそれらの攻撃を綺麗に弾き飛ばした。
「うおっ! す、凄いじゃない!!
というかこんな能力あるなら最初から出しなさいよ!」
メイリンがぷりぷりしながらそう云う。
「いやこの能力は一度発動させると、
再度使うのに五分の蓄積時間があるんだよ!
だからそう何度も連発は出来ない。 というかマリベーレ、行けるかぁっ!?」
「……これなら大丈夫だわ。 狙撃開始っ!!」
マリベーレはそう云って、膝撃ち態勢を取った。
そして魔法銃のスコープで前方の敵を照準に入れて引き金を引く。
敵との距離は約600メーレル(約600メートル)あったが、綺麗なヘッドショットが決まった。
そこからマリベーレは次々と長距離射撃で敵を狙い撃った。
敵との距離は500メーレルから700メーレルくらいあったが、
マリベーレの腕ならば、で800メーレル(約800メートル)圏内ならほぼ必中だ。 一人、二人、三人と魔弾丸が命中して、敵の魔導師が力なく地面に崩れ落ちる。
「……す、すげえ」
と思わず生唾を飲むラサミス。
「本当にな。 相変わらず凄い腕前だ」
ライルも感心しながらそう呟く。
「そうね。 ここからしばらく敵を狙撃するのがいいかも?
敵の魔導師を少しでも減らした方が良いと思うわ」
ミネルバの提案にラサミスも「そうだな」と相槌を打った。
その後もラサミス達は黄金の障壁で護られた岩壁に身を隠しながら、
マリベーレの長距離狙撃で敵の魔導師を確実に一人ずつ仕留めて行く。
だがそれで全て上手くいく程、甘くはなかった。
敵の驚異的な長距離射撃に感づいた魔王軍の地上部隊の指揮官デュークハルトは、ザンバルド時代からの付き合いである部下達に耐魔力が高い大盾を装備させて突撃させた。
「敵に凄い腕前の狙撃手が居るみたいだ。
だからここは力でねじ伏せに行くぞ!
さあ、お前等! ここからは反撃の時間だぜ!
大丈夫だ、責任はこのオレが持つ! だからお前等は好き放題暴れて来い!」
「了解!!」
「よーし、やってやるぜぇっ!」
旧ザンバルド軍の残党で構成されたデュークハルトの部下達が気勢を上げながら突撃を開始。
「あっ!? ラサミスお兄ちゃん、敵の地上部隊がこちらに向かって来たわ。
かなりの数ね。 数百人は居そうよ? これじゃ狙撃できないわ」
「成程、敵も力業に切り替えてきたか。
よし、ならばこちらも力で押し返すぞ!
兄貴、ミネルバ、オレ達三人で敵を迎え討つぞ!」
「分かった」と、ライル。
「敵は数百人は居るわよ? 大丈夫?」
ミネルバが少し不安げに呟いた。
「問題ない、不安ならばミネルバが下がってろ!
オレと兄貴で何とかする!」
「ムッ、分かったわよ! アタシもやるわ!」
「おうよ、それでこそミネルバだ!
じゃあエリスは補助魔法を! メイリンはいつでも対魔結界を張れるように!
マリベーレは後衛に下がるんだ。 さあ、白兵戦の時間だぜっ!!」
「「「了解」」」
ラサミスはそう云うなり、剣帯から征伐剣・顎門を抜刀する。
そして悠然とした動きで右手に持った顎門を前方に突き刺した。
「んじゃかかって来いよ、魔族共っ!
この幹部殺しのラサミス・カーマインが相手してやるぜっ!!」
そう叫ぶラサミスの姿は妙に凜々しかった。
エリスとメイリンはその姿に見惚れながらも、
団長の指示通り後方に下がって状況を見据えた。
そして魔王軍の地上部隊との距離も縮まり、白兵戦が始まろうとしていた。
次回の更新は2021年10月17日(日)の予定です。
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