第二百八十一話 魔族の歴史(前編)
---シーネンレムス視点---
……。
とは云ったものの今のワシに何が出来るであろうか。
ワシは周囲から大賢者と呼ばれているが、
ワシが魔族の中で優れた魔導師であったのは、数百年以上も前の出来事じゃ。
まあ今でもそれなりに魔法は使えるし、魔法の知識はあると云えばある。
だが他種族との戦争となると、それこそ前大戦まで時を遡る必要がある。
それに前大戦時でもワシは戦場で大活躍した、という勲章や戦果が特にあった訳ではない。
どちらかと云えば、後衛で前衛や中衛の補助役を務める事が多かった。
まあ端的に云えばワシは魔王軍の中では地味な存在じゃった。
それが無駄に一千年も生きているから、『大賢者』と呼ばれるようになったに過ぎん。
とはいえこの状況下で何もしないのは無責任だ。
だからワシは過去の記憶を掘り出して、何かしたいと思う。
……過去の記憶か。
……そう云えば、今となってはワシくらいしか知らない記憶と知識があった。
それは魔族がこの世界――ウェルガリアに来る前の出来事じゃ。
魔族という種族は破壊や支配は得意とするが、何かを作る、生み出すという行為は基本的に苦手である。
魔族は一千年周期で一つの世界を食いくすと、カオスゲートを開き、また新しい世界を求める。
それが魔族という種族の習性である。
だが先代魔王であるムルガペーラ様はその周期を護らず、
一つの世界を食い尽くす、壊しては、また別の世界へ行くという暴挙を犯した。
今にして思えば、あの行為は一歩間違えていたら、魔族という種族は滅んでいたであろう。
確かに魔族という種族は戦闘能力が高くて、寿命も長い。
だが今回の戦いでも分るように、魔族は決して不老不死の存在ではない。
首を跳ねられたら死ぬし、心臓を含めた内臓器官を著しく損傷しても死ぬ。
だが当時――今から八百年以上前の時代。
ムルガペーラ様はまるで自分がこの世で無敵の存在である。
と証明するかのように、短期間でいくつもの世界を滅ぼした。
まあ部下の立場からすれば、ハッキリ云って迷惑じゃった。
とはいえ当時のワシは二百歳前後の若輩の魔導師。
魔王が命じたら絶対服従、という掟にしたがっていくつもの世界を魔王と共に渡り歩いた。
その時にどれくらの世界を渡り歩いたかは、あまり覚えてない。
だが少なくとも四つか、五つの世界へ行った、という曖昧な記憶が残っている。
それらの世界には、我々魔族や四大種族のような人型の知的生命体も居れば、
スライムのようにゼリー状・粘液状の知的生命体も存在した。
また中には動物や魔獣、魔物しか存在しない世界もあった……ような気がする。
他種族との戦闘。
それは魔王のような破壊を望む存在からすれば喜ばしい状況かもしれんが、
大体数である一般兵や民からすれば、ただの苦しい戦い、作業でしかなかった。
だがあの御方――ムルガペーラ様は戦闘と戦争に関しては天才であった。
初期の頃は順調に早いペースでその世界に存在する知的生命体を滅ぼした。
しかし世界は狭いようで、広い。
我々、魔族はそれを身に持って体験する事となった。
それがこのウェルガリアに来る前の世界――現在の魔界での戦いである。
そこの惑星を支配する知的生命体は、この世界で云う蜥蜴人間に似ていた。
奴等はなんいうか爬虫類が進化したような種族であった。
奴等の戦闘力はかなり高かった。
だが奴等は一個体の戦闘力ではなく、常に集団戦で戦いを挑んで来た。
そうじゃな、このウェルガリアで例えるなら、蜂や蟻に似た習性を持った種族だったと思う。
蜜蜂が天敵を倒す時に使う蜂球。
奴等はそれに近い戦術をよく使った。
兎に角、奴等は王を護る為に、己を犠牲にして魔族を苦しめた。
ワシから観たら、奴等には恐怖という感情がないように感じられた。
恐怖や恐怖心。
それはある程度の知性を持った知的生命体なら、それらの感情とは無縁ではいられない。
だが奴等は違った、我々とはまるで違う生物であった。
王、種を護る為なら死ぬことなどまるで恐れなかった。
また奴等は見かけによらず知能が高く、簡易的な言語のようなものも有していた。
それは言語というよりかは、仲間内だけで利用する念話のようなものだ。
分かり易く云えば、動物が仲間と交信する為の超音波に近い。
また奴等は毒を使うのが非常に上手かった。
そういう連中がコロニーや王を護る為なら、死を恐れず延々と攻撃してくるのじゃ。
最初のうちは魔王軍が若干優勢であったが、次第に奴等の猛攻の前に戦いの流れが変わった。
そこであの御方――ムルガペーラ様は反撃すべく、自ら最前線で立った。
最初のうちはあの御方の圧倒的な暴力で敵の兵士達を次々と切り伏せた。
魔王様の圧倒的な戦闘力の前に何十体、何百体と無数の敵が切り捨てられた。
しかし奴等はそれでもまるで怯まない。
逆に魔王様一人に的を絞って、人海戦術に近い物量作戦を挑んで来た。
だが魔王様もそれを強引に力でねじ伏せる、ねじ伏せた。
すると奴等は接近戦を止めて、
魔法に近い魔術のような能力で魔王様を攻め立てた。
それに加えて、同時に物量にものを云わせて魔王様をひたすら攻め続けた。
だが魔王様は決して引かなかった。
あの御方は暴君の中の暴君だが、魔王としては実に魔王らしかった。
疲労の極致になりながらも、来る敵、来る敵をひたすら切り捨てる。
また魔術や敵の遠隔攻撃も対魔結界を張って防いだ。
そのような不毛な消耗戦が延々と続いた。
そしてとうとう魔王様は限界を感じて、後退する事を決意した。
だが敵は追撃する事無く、また居住区や拠点に戻って行った。
今から思えば、ここで戦いを止めるべきじゃったろう。
正直云ってこの種族との戦闘はとてもキツかった。
なんというか延々と知能の高い魔物や魔獣と戦うような戦闘なのじゃ。
魔王軍内に次第に厭戦気分が広がって、士気も下がった。
だがそれでもあの御方は戦いを止めようとはしなかった。
思い返せば、あれはあの御方の失策だ。
だがあの御方にとって戦闘とは自己証明のようなもの。
故に引くことは出来ず、また不毛な戦いを続けるのじゃったが、
戦いは中々終わらず、何年、何十年と続くのであった。
苦しくて不毛な戦いが続く。
多くの部下や一般兵が死んだ。
だが敵はどんなに追い詰められても、休戦するという事はなかったのだ。
奴等にとっては、魔族は外敵。
だから攻められたら、種の存続をかけて戦う。
ただし向こうから無闇に攻めたりはせず、あくまで攻められたら攻め返す。
という感じでこの不毛な戦いはなかなか終わらなかった。
……。
今思い返しても実に不毛な戦いだったと思う。
正直、今回の大戦も苦しいが、この戦いはもっと苦しかった。
ワシ自身今まで忘れていたのも、あまりにも苦痛で不毛な戦いであったから、
記憶の片隅、あるいは記憶からこの戦いの事を消し去ろうとしてたのかもな。
……少し疲れたのう。
ネイルに頼んで紅茶でも持って来てもらうか。
ワシは机に置いた鈴を鳴らし、世話係のネイルを呼んだ。
「何か御用でしょうか?」
「……紅茶を一杯頼む」
「畏まりました」
するとしばらくすると、ネイルが紅茶を持ってきた。
「御苦労。 ではもう下がってよいぞ」
「はい」
ワシは椅子に背中を預けて、
ティーカップに入った紅茶をゆっくりと飲んだ。
うむ、紅茶はやはり美味いな。
仕事の合間、あるいは仕事の後の紅茶は格別じゃ。
しかしこの戦いが長引けば、こうして戦場から離れた場所で
紅茶を飲んで過ごす、という事も出来なくなる。
だからワシはまた記憶の深淵を探りながら、
あの忌まわしき戦いの事を記憶を無理矢理掘り起こした。
出来ればあまり思い出したくない戦いじゃ。
じゃがワシの勘がこの件を忘れるな、と云っておる。
だからワシは内心で辟易しながらも、この忌まわしく記憶と戦いについて真剣に考えることにした。
次回の更新は2021年9月8日(水)の予定です。
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