第二百四十六話 三十六計逃げるに如(し)かず
---三人称視点---
「!?」
大猫島の高台にある元猫族海軍司令部の館の二階の居間。
そこで戦局を見据えていた暗黒魔導師カーリンネイツは、強烈な違和感を感じた。
その違和感の原因は分かっている。
彼女が魔力探査で追っていた魔力反応が突如消えたのだ。
すると彼女の異変に気付いた黒灰色のローブを着た男の魔族が彼女に語りかけた。
「カーリンネイツ様、どうかなされましたか?」
「大丈夫よ、エレクサレド。 少し違和感を感じただけよ」
「……何かありましたか?」
エレクサレドと呼ばれた黒灰色のローブを着た男の魔族がそう問う。
するとカーリンネイツは少し間を置いてから、こう答えた。
「多分、プラムナイザーが死んだわ」
「……そうですか」と、エレクサレド。
「そろそろこの辺が引き際のようね。
敵がここに来る前に屋上に行って、転移魔法陣で転移するわよ」
「了解です」
と、彼女の周囲に居る暗黒魔導師の一団は声を揃えてそう答えた。
「では善は急げよ、このまま屋上へ――」
「カーリンネイツ様、少しお聞きしたい事があります」
「……何かしら?」
エレクサレドの言葉にカーリンネイツはやや低い声でそう応じた。
だがエレクサレドは特に臆した風でもなく、毅然とした口調で彼は問うた。
「……ここから先、我々は任務――特命につくんですよね?」
「ええ、そうよ」
「……特命を行うには、四大種族の領地に行く必要があるのですよね?」
「そうよ」
「……なら今回同行する我々に特命の内容を教えていただけませんか?」
「駄目、それはまだ云えないわ」
「ですが我々にも知る権利があると思います」
エレクサレドはやや語尾を強めてそう云う。
するとカーリンネイツは軽く溜め息して、こう返した。
「貴方の云わんとする事は分かるわ。
でも魔王陛下から授かった特命。 故に現時点で教える訳にはいかないわ。
それくらい重要な特命、という事を胸に留めておいて」
「そうですか、なら私もこれ以上聞きせん」
と、エレクサレド。
「ええ、それが助かるわ」
「しかし……」
「……まだ何かあるのかしら?」
「いえ……仲間を放置したまま、我々だけ転移しても良いのでしょうか?」
エレクサレドの言葉にカーリンネイツは少しばかりムッとした表情になった。
だが彼の気持ちも理解は出来たので、カーリンネイツは微笑みながら言った。
「問題ないわ。 この戦いは最早負け戦。
ならば傷口を広げる前に撤退すべきよ。
まあ後の事は魔元帥閣下に任せて、私達はここから去るわよ!」
「……分かりました」
そしてカーリンネイツ達は屋上に向かい、設置した転移魔法陣でこの場から転移を試みる。
カーリンネイツと共に特命につく暗黒魔導師部隊の魔導師達が順番に転移魔法陣の上に乗る。
次の瞬間、魔法陣に吸い込まれるように魔導師の姿が消えた。
一分程待って、次にエレクサレドが転移魔法陣の上に乗る。
すると先程と同じようにエレクサレドは、魔法陣に吸い込まれて、この場から消えた。
「……どうやら問題ないようね」
「ええ、そのようです」
カーリンネイツの言葉に周囲の暗黒魔導師が相槌を打った。
「それじゃ次は私が行くわ!」
「はい!」
カーリンネイツはそう云って転移魔法陣の上に乗った。
次の瞬間、カーリンネイツの視界が大きく揺らいだ。
そして周囲の風景が溶解したように消失していき、最後には意識が途絶えた。
唐突に眠りから醒めるような感覚と共にカーリンネイツの意識が覚醒する
即座に周囲を見渡すと、エレクサレドをはじめとした部下達の姿があった。
するとカーリンネイツはいつものように冷静な口調で周囲にこう告げた。
「ではこれより我々は特命につく。
基本的に敵領土での隠密行動となるから、各自注意を払うように!」
「はい!!」
こうして連合軍と魔王軍が戦う中、
特命を受けたカーリンネイツ率いる暗黒魔導師部隊が猫族領の離島に辿り着いた。 果たして彼女が受けた特命とは?
ラサミス達は後日、それを意外な形で知る事となるのであった。
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突進、そして後退。 それを交互に繰り返して連合軍と魔王軍が激突を繰り返す。
魔元帥アルバンネイル率いる魔王軍も連合軍の予想外の破壊力に押し返されて、なかなか前進することができない。
激しい消耗戦が続く。 だが連合軍も魔王軍も引かずに全力で敵を迎え討った。
数の上では圧倒されていたが、魔元帥アルバンネイルは最前線に立ち、連合軍の兵士を次々と黄泉の世界へと送る。
だが流石に数で圧倒されていた為にその攻勢も次第に勢いをなくす。
すると連合軍側は、敵将アルバンネイルに対して、剣聖ヨハン、傭兵隊長アイザック、雷光のライルの三人掛かりで攻め立てた。 いくらアルバンネイルと云えど、この三人を同時に相手するのはかなり骨を折った。
勝利がほぼ確定していた連合軍は死者と負傷者を増やしながらも、
勝利の美酒に酔いしれたいのか、怒涛の進撃を続けた。
そして魔元帥アルバンネイルは遂に撤退する事を決意した。
自尊心の高いアルバンネイルにとっては、撤退という選択肢を選ぶ事には
かなりの抵抗感と屈辱感を覚えたが、このような離島の戦いで戦死するつもりはなかった。
アルバンネイルは直属の龍族の幹部を数名連れて、
高台にある元猫族海軍司令部の館まで逃げ失せた。
そして予めカーリンネイツが用意していた簡易的転移魔法陣を使って、大猫島から撤退した。
その後も五時間に及ぶ激しい攻防が繰り広げられて、
連合軍は敵の拠点であった元猫族海軍司令部の館の奪回に成功した。
「大猫島の大決戦」と呼称されることとなった一連の戦いは、
魔王軍の幹部の敗退と戦死によって決着がついた。
魔王軍の死者数は連合軍の1578人に対して約二倍強の3245人という惨状であった。
ウェルガリア暦1602年1月22日。 世界を二分する勢力の間で戦火が
交われて、またしても連合軍が勝利して、魔王軍は局地戦であるがまた敗北を喫したのである。
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「連合軍万歳!」
「悪しき魔族に神罰の鉄槌を!!」
連合軍の兵士と傭兵、冒険者達が入り交じり勝利の余韻に酔い痴れていた。
そして大猫島を奪回した事によって、捕虜及び奴隷として扱われていた者達も無事解放された。
「と、父ちゃん!!」
「ジル坊!!」
「うわァァァん、父ちゃん! 会いたかったニャン!」
「ジル坊、無事で良かった……」
無事解放された体格の良いメインクーンの漁師の父猫が息子との再会を喜び、熱い抱擁を交わした。
そのような光景が至る所でみられ、ラサミス達は満足そうな表情でそれらの光景を見据えていた。
敵将のプラムナイザーを倒した事により、吸血猫化されていた一部の猫族を救う事は出来たが、全員を救えた訳ではなかった。
だがこうして無事救えた者達も居る。
そう思うと、ラサミスは何処か救われた気分になった。
皆が勝利と再会の喜びに沸く中で『暁の大地』の面々は冷静に周囲を見据えていた。
「どうやらオレ達の戦いは無駄ではなかったようだな」
ラサミスは周囲を見据えながら、そう云った。
「そうですわ。 今回の勝利で多くの人が救われたのですわ」
と、笑顔でそう云うエリス。
「ああ、おかげで拙者も多くの同胞を救う事が出来た」
と、ドラガン。
「しかしラサミス達はよく敵の幹部を倒せたな」
話題を変えるべく、ライルがそう云った。
するとミネルバがやや硬い表情でこう答えた。
「アタシは早い段階でやられたわ。
正直アイツに勝てたのは、ラサミスのおかげよ」
「ああ、私とミネルバも奮闘したが、あの女吸血鬼にはまるで刃が立たなかった」
と、アイラが少しばつが悪そうな表情を浮かべた。
「いやそんな事はないさ。
アイラとミネルバがアイツ相手に奮闘してくれたおかげで
オレも奴の戦闘パターンを把握できた。 オレ一人の勝利じゃないさ」
と、ラサミスが何処か達観した表情でそう返す。
「でもあの時のラサミスは凄かったわよ。
まさに疾風怒濤の連撃、って感じだったわ」
「凄~い、あたしも観たかったな」
メイリンの言葉にマリベーレが笑顔でそう云った。
するとラサミスは少し照れた感じに、左手の指で頬をぽりぽりと掻いた。
そうして全員で勝利の余韻に浸る友軍を見据えるラサミス達。
すると前方から見覚えのある顔がゆっくりとこちらに歩いて来た。
頭には漆黒の海賊帽、左眼には黒い眼帯、上半身に白いシャツの上に縁が銀色な黒いロングコートを羽織り、下半身は黒いズボンに、茶色の革ブーツという格好の黒灰色のハイランダーの猫族。
そう、猫族海賊のキャプテン・ガラバーンだ。
「やあ、やあ、皆お揃いのようで!」
「あ、ガラさん。 ちはッス!」と、メイリン。
「……ガラさん?」と、首を傾げるガラバーン。
「はい、ガラバーンさんだから略してガラさんです」
メイリンが良い笑顔でそう云う。
するとガラバーンは数秒程、無表情になったがすぐに笑顔に戻った。
「まあいいか。 この度はお互いに力を合わせた事によって、
勝利を掴める事になった。 我々、猫族海賊も今後の戦いに
参加する予定だから、今後とも宜しく頼むよ!」
「左様ですか、では今後も宜しくお願いします」
と、ドラガンが綺麗な姿勢でお辞儀する。
するとガラバーンは懐に手を入れて、何かを取り出した。
どうやら手紙のようだ。
「ドラガン殿達は、リアーナ在住ですよね?」
「ええ、そうですがそれが何か?」
「ならこの手紙をとある人物へ届けて欲しいのです。
手紙の宛先はこちらです」
と、ガラバーンが宛先を指差した。
指差された箇所には「ニャルレオーネ・ファミリー」宛てと書かれていた。
一瞬ドラガンの表情が険しくなった。
するとガラバーンは落ち着いた口調でこう云った。
「実は自分は「ニャルレオーネ・ファミリー」に所属する者と血縁関係があるんです。だからその者に今回の件に関して色々伝えたいのですよ。まあドラガン殿からすれば、不本意な役割かもしれませんが、今後の戦いには、彼等のような組織の力も必要となると思いますよ」
「はあ、とりあえずこの手紙はリアーナへ戻り次第、出させて頂きます」
「あ、その手紙は直接「ニャルレオーネ・ファミリー」にお渡しください。ガラバーンの使いの者と云えば、話はスムーズに運ぶと思います。お手数ですがお任せして宜しいでしょうか?」
「……はい」と、ドラガン。
「では自分はこれにて失礼します」
ガラバーンはそう云って踵を返した。
そしてガラバーンがこの場から去ると、ライルがドラガンに耳打ちした。
すると二人は小声で何度か言葉を交わす。
ラサミス達は会話の内容が気になったが、この場ではその件について問い質さなかった。
「じゃあそろそろオレ達も休憩するか。
正直今回の戦いは骨が折れた。 だから休息を取ろうぜ」
と、ラサミスが云うと仲間が声を揃えて返事した。
「「「ああ」」」
「「「「うん」」」」
こうして連合軍は魔王軍相手にまた勝利を収めた。
これによってウェルガリアの戦力分布図は大きく変わろうとしていた。
またしても勝利を収めた連合軍は更に士気が上がり、戦況は連合軍側が有利な状況だ。
だが魔王レクサー率いる魔王軍もこのまま引き下がるわけにはいかなかった。
四大種族連合軍と魔王軍、双方共に戦う理由と正義がある。
そして正義の結晶である勝利を自らの手で掴む為に、また血が流されるのであった。
連合軍と魔王軍の戦いはいよいよ佳境を迎えようとしていた。
これで大猫島の大決戦編は終わりです。
次回から新章に突入します。
次回の更新は2021年6月20日(日)の予定です。
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