第百七十六話 獣魔王(じゅうまおう)の提案
地上部隊が混乱する中、レフ・ラヴィン率いる竜騎士団は冷静に戦況を見据えていた。 彼が――レフが最大限に警戒するのは、敵の飛行部隊のリーダー格と思われるグリフォンに騎乗した獣人だ。 そう、獣魔王グリファムである。
先程、地上に目掛けて強烈な竜巻を放った張本人だ。
レフも竜騎士ながら、強烈な魔法攻撃を使えるが、流石にあそこまでの破壊力の高い魔法は使えない。 だが見た感じ只の魔導士タイプにも見えない。
がっしりとした筋肉質の肉体に漆黒の甲冑を纏っており、その背中には何かの動物の骨で作られたような戦斧を背負っている。 レフの見立てでは、近接戦闘もかなり得意なタイプに見えた。 これは骨が折れそうな相手だ、と思いながらも少し喜ぶレフ。
竜人族にしては、大人しめの性格のレフだが、彼も強敵と相対する、戦うことに悦びを覚えるタイプだった。 理想は一騎打ちで戦いたい。
だがそれはリスクが生じるし、騎士団長としては軽率な行動ともいえた。
なのでレフはまずは自らの役割を果たすべく、周囲の部下にこう命じた。
「俺は今から魔法の詠唱に入るから、副団長、カチュア。 フォローを頼んだ」
「うむ、了解した」
「分かりました!」
と、副団長ロムスとカチュアが小さく頷いた。
そしてレフは頭上に左手をかざし、掌を大きく開きながら、一文字一文字を紡ぎながら、呪文の詠唱を開始した。
「我は汝、汝は我。 我が名は竜人族レフ。 我は力を求める。 偉大なる水の精霊よ、 我が願いを叶えたまえ! 嗚呼、雲よ! 全てを押し流し、あらゆるものを包み込め!」
するとレフの頭上に雲が急に曇りだして、その直後に暴風が吹き荒れ始めた。 この現象に敵軍の飛行部隊も一瞬戸惑いを見せた。 だがレフは表情を変えずに、冷静に呪文を唱え続ける。
「天の覇者雷帝よ! 我が名は竜人族レフ! 我が身を雷帝に捧ぐ! 偉大なる雷帝よ。 我に力を与えたまえ!」
すると黒い雨雲が、急速に縮まり一点に集約されていく。
そして圧縮された雲が、激しい稲光を放つ。
それから雲が物凄い速さで縮小していった。
それと同時にレフは右手に膨大な魔力を蓄積させて――
「喰らえ! ――雷光!!」
次の瞬間、圧縮された雲から雷光が迸り、前方のグリファム率いる獣魔団の飛行部隊に命中した。
「ぎ、ぎゃあああああ……あああっ!?」
「こ、これは電撃魔法かっ!? う、うぎゃあああ……あぁっ!!」
レフの放った雷光は一瞬で、敵の飛行部隊を焼き尽くした。
黒焦げになったワイバーンや獣人の肉塊が力なく、地上に落下していく。
流石は帝王級の電撃魔法。 とてつもない威力だ。
これで一瞬流れが、こちらに傾いた。
そして騎士団長レフはその隙を見逃さなかった。
「今だ! お前等も得意な魔法攻撃で敵を攻めたてろ! 我は汝、汝は我。 我が名はレフ。 竜神ガルガチェアよ、我に力を与えたまえ! ……『サンダーボルト』!!
「了解した! 皆、団長の後に続くのじゃ! 我が名はロムス。 ウェルガリアに集う風の精霊よ、我に力を与えたまえ! 『ワール・ウインド』!!」
「分かったわ! 我は汝、汝は我。 我が名はカチュア。 ウェルガリアに集う風の精霊よ、我に力を与えたまえ! 『ワール・ウインド』!!」
「――俺達も続くぜ! 『ウインド・ブレード』!!」
騎士団長レフに続くように、次々と風属性の攻撃魔法が唱えられた。
旋風が巻き起こり、風の刃が前方の飛行部隊目掛けて放たれる。
「グ、グガアアァァッ!?」
「くっ……!? こいつ等、魔法攻撃も得意なのか!?」
迫り来る旋風や風の刃にたじろく魔王軍の飛行部隊。
だがそんな部下達を一喝するグリファム。
「うろたえるな! この程度の魔法攻撃など大したことないわ! それをオレ自らの手で教えてやる! ふんはぁっ!!」
そしてグリファムは最前線に立ち、素早く両手で印を結んだ。 すると強力な風属性の対魔結界が前方に張られて、旋風や迫り来る風の刃を綺麗に弾き返した。 竜騎士団の竜騎士の大半は、風魔法が使えたが、それ以外の属性の魔法は使える者は少ない。
そしてこの獣魔王グリファムは何よりも風属性の魔法を得意としていた。 故に歴戦の竜騎士と云えど、彼の前では風魔法は通じない。 前線に立つグリファムの雄姿に、部下達も再び闘志を奮い立たせた。
「風魔法は大丈夫だ。 だがあの指揮官と思われる奴が使った電撃魔法は危険だ。 さっきの電撃魔法による被害状況はどうなっている?」
「わ、分かりませんが、軽く三十近くの兵がやられたと思われます」
グリファムの言葉に近くで、コカトリスに騎乗した鴉頭の鳥人がそう答えた。
「うむ、そうか。 どうやら奴はかなりの使い手のようだ。 中距離、遠距離の戦いでは、こちらが少し不利かもしれん」
「で、ではどうなさるおつもりですか?」と、鴉頭の鳥人。
「そうだな、無駄かもしれんが、少し奴に呼び掛けてみる」
「な、何を呼びかけるのでしょうか?」
「俺と奴が一騎打ちするようにだ。 もし奴がそれに応じれば、しばらくお前等は静観していろ! 但し周囲の敵の動向には目を離すな。 連中が妙な真似をすれば、お前等も参戦しろ!」
「わ、分かりました!」
「うむ、では一つ小芝居を演じてこようか、ではグリフォードよ! 少しばかり前へ進むが良い!」
グリファムが騎乗するグリフォンのグリフォードが「クルウッ!」と鳴きながら、両翼をばさばさとはためかせて前へ出た。 そしてグリファムは手にした竜骨でできた戦斧を前方に突き出して――
「そこの黄金の騎士よ。 貴様がその部隊の総指揮官か?」
と、やや大仰な口調で問うた。
周囲の部下も敵もしばしの間、沈黙していたが、黄金の騎士――レフは騎乗した黄金の飛竜をやや前方に進ませて――
「だとしたら何だ?」
とだけ返した。
その言葉を聞いたグリファムは僅かに口の端を持ち上げた。
どうやらこいつはプライドの高い奴みたいだ。
あるいは戦士としての矜持を持っているタイプだ。
オレの長年の経験でなんとなく分かる。
まああれだけの魔法を放ったんだ、オレの目から見てもかなりの使い手と見た。 ならばもう少し小芝居を続けてみる価値はあるな。
「見た所、貴様はかなり強そうだ。 だがオレとて獣魔王と呼ばれる男。
どうだ? ここはひとつ大将同士で一騎打ちをしてみないか?」
「……」
グリファムの問い掛けにレフはしばらく黙考した。
それから周囲の仲間に視線を向けてから、こちらに視線を移す。
「……どういうつもりだ?」
「なあに、ちょっとした余興さ。 オレも貴様程の相手なら、一騎打ちしてみる価値はあると思ってな。 だが無理は言わん。 臆したのなら、無理せず部下と共に攻めて来るが良い」
「……ふん。 誰も臆してなどおらぬわ! 良かろう、貴様がどういうつもりか知らんが、その余興に付き合ってやろうではないか!」
「ほう、受けるというのか?」
「くどい! 二度云わせるな!」
やや苛立ちながらそう返すレフ。
「よかろう、我が名は獣魔王グリファム。 貴様の名を聞かせてもらおうか?」
「我が名はレフ・ラヴィン! 竜人族が誇る竜騎士団の騎士団長だ。 獣魔王グリファムよ、貴様の力を見せてもらおうか」
レフはそう云って、手にした黄金の斧槍を構えた。
それと同時にグリファムも竜骨の戦斧を構えながら、愛獣のグリフォンに前へ進むように命じた。
これには敵味方問わず周囲の者が息を飲んで見守った。
レフもグリファムも部下からの信望が厚い指揮官だ。
腕も立つが、常に冷静沈着で物事を的確に処理していくタイプである。
だからこのような一騎打ちに応じるのは、意外であった。
それはレフもグリファムも同じ気持ちだった。
俺は何故こんな馬鹿げた真似をしているのだ?
と思う反面、こうも思う。
この男は強い、だからこそこういう奴とは戦いたい。
竜人族と魔族の違いはあれど、彼等は誇り高き戦士であった。
だからこそこの茶番めいた一騎打ちにも応じたのである。
そして互いに距離を詰めて、武器を構えながらこう言った。
「では行くぞ! 竜騎士レフよ!」
「――来るが良い、獣魔王グリファム!」
次回の更新は2021年1月16日(土)の予定です。




