第百七十一話 終わらない悪夢
またか。
魔王レクサーが目を開けた瞬間、眼前には真っ黒い空間が広がっていた。
やれやれ、また悪夢の始まりだ。
最近ではこの現象にも慣れていたが、やはりいざこうなると良い気分はしなかった。
『――返セ!』
「五月蠅いぞ、黙れ」
『カ、返セ! オ、俺ノ身体ヲ返セ!』
「ふん、またか。 相変わらず貴様はしつこいな」
レクサーは心底うんざりした表情でそう漏らした。
『キ、貴様ハ……魔王ノ器デハナイ、ダカラオレニ身体ヲ返セェッ!!!』
「くだらん、いつまで茶番に付き合わせるつもりだ? 貴様がこうして夢の中に現れるのは、何かオレに言いたいことがあるのだろ? ならばくだらぬ小芝居などやめろ!」
『……』
「……どうした? 先代魔王よ、もう小芝居は終わりか?」
『へへっ。 相変わらずお前は冷静だな。 そういう風にクールに返されると、オレ様としても立場ねえよ』
レクサーの脳裏に野太い男の声が響く。
この男の声――先代魔王ムルガペーラとレクサーの意識は、夢の中では繋がっていた。 厳密に言えばムルガペーラの意識とレクサーの意識が共鳴しているような状態であった。
「それでオレに何か用か? それもいつもの通り只の嫌がらせか?」
『そう、邪険にするなよ? オレ様とお前は親子じゃねえかぁ~?』
「……チッ」
レクサーは心底嫌そうな顔をしながら、舌打ちをした。 こんな奴と血縁上では、親子関係になることを心の底から嫌悪した。 そしてその事実がレクサー本人が何よりも嫌がると分かっていて、親子という言葉を持ち出すこの男の底意地の悪さが実に腹立たしい。 しかしこれは云わば、レクサーの生まれながらの呪われた宿命。 だからレクサーはその嫌な現実から目を背けず、この現状を受け入れた。
『あれ~? もしかして怒ったのかぁ?』
「……別に」
『まあいいや、オレ様も別にただ嫌がらせに来たわけじゃねえ。 お前等、四種族の連中と戦争を始めたんだろ~? どうだ? 勝っているのか? それとも負けてるのか?』
なる程、これに関しては興味半分といったところだろう。
この現象に関して、全ては理解してないが、レクサーの意識と先代魔王の意識は、あくまでこの悪夢の中でしか繋がってないと思う。
だからここで何を云っても、現実世界の部下にこの会話の内容が漏れる心配はない。 ならばここは素直にこいつの意見を聞いてみるか。 こいつは底なしの性悪だが、魔王として優れていたのは事実だからな。 こいつの事は吐き気がするほど嫌いだが、時々は的を得た事も云うからな。
「正直あまり良い状況ではない。 勝ったり、負けたりが続いている」
『ふうん、まあ四大種族の奴等って、魔族が思っているよりかは強いからなぁ。 でもそれ以上にお前等が纏まりない部分があんじゃね?』
「……それは否定せん」
『ふうん、そこは認めるんだぁ~。 まっ、いいや。 んで聞くけどさ、今の魔王軍の幹部でオレが知っている奴は居るか? 良かったら教えてくれよ? オレなりにそいつを評してみるからさ』
これに関しても興味半分ってところだろう。
しかしこういう時に無視すると、この男はまた露骨に嫌がらせするからな。
それにこいつは魔王としては有能だったと思う。
なのでレクサーは程よい感じで質問に答えた。
「……前大戦は六百年前だったな? 流石にその頃からの古参の幹部は、殆ど転生しているからな。 そしてオレが王位についたのが、約三百年前。 となると貴様が知っている連中は随分と限られてくるぞ?」
『まあそうだな、でも幹部の中には五百年以上生きている奴も居るだろう? そういう連中の名前を上げていってくれよ? そうすればオレも何か思い出すかも』
「そうだな、現状の幹部で五百年以上生きているのは、龍族のアルバンネイル、こやつには現在、魔元帥の地位を与えている。 それと死神と呼ばれるザンバルド、こいつは魔将軍だ。 あとは大体若手だな。 あ、そういえばまだ二人程居たな。
女吸血鬼のプラムナイザー。 それとこやつは貴様も知っておろう。 一千年以上生きる大賢者シーネンレムスだ」
『ああ……今はそんな感じなわけね。 まあ悪くはねえ人選だな。 アルバンネイルは俺の代では、中堅の有望株ってところだったが、龍族なだけあって実際強かった。 ザンバルドの野郎も強いな。 とにかく野郎は魔族らしい性格だ。 オレ様もあいつの事は少し好きだったよ』
「ふむ、貴様が他人を褒めるとは意外だな」
『でもあいつは――ザンバルドは凄く好戦的な性格だからなあ~。 だから司令官タイプには向いてねえ。 あいつは最前線に放り込んで、好き勝手暴れさせておくのが、奴の一番良い使い方だと思うぜ?』
これに関しては一理あるな、と思うレクサー。
だがこの男に自分達の置かれた現状を知られるのは、癪に障るので、ここは話題を変えるべく他の者の名を上げた。
「吸血鬼のプラムナイザーはどうだ?」
『ん~、ん~? ああ、あいつか。 思い出したよ。 あの斜に構えた高飛車女だろう。 オレはあいつのこと、あんま好きじゃなかったなぁ~』
「……例えばどういうところがだ?」
『ん? なんというか信用できねえタイプって感じ? あいつって表面上は魔王に礼儀を尽くすが、腹の中では色々余計なことを考えるタイプだな。 ああいうタイプに過度な地位を与えるのは、少し危険だな』
それに関してはレクサーも同意だった。
この男は野卑な上に陰険な性格をしているが、意外に頭は良い。 なんというか知識は低いが、知能は高いのだ。
「うむ、オレもそう思う」
『だろ? ああ、でもシーネンレムスの野郎は使えるな。 あいつは魔族では、珍しい頭脳派タイプだからな』
「ああ、オレも奴のことは何となく信用している。 だがどうにも腹の底が読めん男だ」
『ああ、オレが魔王していたら時もあいつはなんというか必要な時は意見を云うが、無駄な争いを起こしたり、それに加わるタイプではなかったな。 まあそれがあいつなりの処世術なんだろうなぁ~』
「処世術?」と、聞き返すレクサー。
『ああ、用心深いお前のことだ。 何考えているか分からないシーネンレムスのことを警戒したり、危険視しているんだろうがあいつに関しては、それ程気を回す必要はねえよ』
「……どういう意味だ?」
『いやよ、オレもある時、あいつって実は凄い奴じゃね? みたいに思って、色々と奴に対して探りを入れたことがあるんよ。 だが野郎は仕事はこなすが、俺のさぐりに対しては、のらりくらりとかわしてな。 まあそれがムカついて何度か酷い目にあわせたこともあるが、奴はその後も別に何もしなかった』
ふむ、これに関しては興味深い内容だ。
この男は粗暴で下品だが、物事の本質を見る目はある気がする。
ある部分においては、レクサーも先代魔王と同じような感想を持った。
『要するに奴は分をわきまえているから、謀反の類は起こさねえよ。 まあお前が魔王として、本当に駄目になったら知らんがな』
「うむ、力なき魔王など害しかないからな」
『おうよ、でもまあ今後魔王軍を立て直すとしたら、奴の知恵を借りるのがいいだろうな。あくまでオレ様の意見だが、あいつはけっこう信用できるタイプだ。 但し何でもかんでも、あいつに仕事をおしつけたりしたら、駄目だな。 その辺のバランス調整はお前の判断に任せるよ』
「うむ、それがいいかもしれんな。 今回に限っては、貴様の意見は色々と参考になった」
『へえ、じゃあやっぱり礼を云うべきだよなぁ? 世話になった奴には礼を返す。 こりゃ基本的なことだぜ?』
「図に乗るな! 誰が貴様などに礼を云うか!!」
『へえ、やっぱりお前ってバカじゃないね。 オレの性格を知り尽くしているわ。 いやぁ、やっぱり親子だなぁ~』
「ふん、くだらん挑発には乗らぬぞ? まあ良い、貴様は精々高みの見物でもしておけ!」
『おうよ、そうさせてもらうぜ。 レクサー、お前の魔王としての手腕を見せてもらうぜ。 じゃあな、また気が向いたら、こうして遊びに来てやるよ』
「……好きにしろ」
そう言葉を交わすと、次第に意識が朦朧してきた。
そこでレクサーは目を覚ました。
目に映るのは魔王の寝室の天井。
起き上がり、周囲に視線を移すと、朝日が部屋の窓に差し込んでいた。
「ふむ、どうやら今回も無事に悪夢から目を覚ませたようだな。 こんな悪夢が三百年近く続いているのだ。 我ながらよく耐えていると思う。 だがこれはオレに定められた宿命。 そしてオレは魔王。 だから今は魔王としての役割を果たす」
そしてレクサーはベッドから起き上がり、部屋の外に聞こえるように、従者の名を叫んだ。
――とりあえずシーネンレムスに任せた仕事について探りを入れよう。
――だがあの男の言ったように、あまり奴に負担を与えてはいけない。
――まあその辺はおいおい調整していこう。
「シャルパン、シャルパン! シャルパンは居るか?」
すると数秒ほど間が合って、黒い執事服姿の老紳士風の男の魔族が現れた。
「陛下、何か御用でしょうか?」
「直ちに大賢者シーネンレムスに謁見の間に来るように伝えよ。 これは魔王の命令である」
「御意」
そしてレクサーはいつものように寝間着から、
豪奢な漆黒のコートに着替えて、
従者と護衛を引き連れて、謁見の間へと向かうのであった。
次回の更新は2020年10月7日(水)の予定です。




