第百三十一話「小生意気な猫王子」
「うほっ!? このコーンスープ、マジうめえっ!! おい、団長。 アンタも食ってみろよ?」
「ああっ……っ!? た、確かにこれは美味いな!」
「お代わりならたくさんあるよ。 好きなだけでどうぞ」
ドラガンが作ったコーンスープを飲んで、『竜の雷』の副団長ボバンがその美味さに驚き、団長アイザックも小さく唸った。
まあドラガンの調理スキルは名人級だからな。
リアーナでの拠点には、調理師のジャンが居るから、ドラガンは普段は食事の手伝いくらいしかしないが、こういう遠征先ではドラガンの調理スキルはかなり重宝する。 ふふふ、これが俺達の団長さ。
「やるじゃねえか。 猫族の団長さんよ~」
「いえいえ、それ程でもないよ」
ボバンの言葉を軽く受け流すドラガン。 俺達は砦内で肩を並べながら、食事を摂っていた。
俺達が所属する右翼部隊の主要メンバーは、比較的大きな戦果を挙げたので、こうして砦内で寝泊まりする事が許された。
戦場では異様なまでの闘争心を剥き出しにしていたボバンとアイザックだが、こうして話してみると意外と普通な面もある。
「まあ真面目な話、魔族って言ってもそんなに大した事ねえよな? あのザンバルドにはやられたが、それ以外は別にどうってことねえよ。 なあ、団長?」
「油断するな、ボバン。 その油断があの敗北に繋がったんだぞ?」
「うっ!? そ、それを言われると返す言葉もねえよ」
ややばつが悪そうに頭を掻くボバン。
アイザックも意外に厳しいなあ。
しかしボバンもこのアイザックには信頼を寄せているようだな。
アイザックはスプーンでスープを掬いながら、こう続けた。
「もしザンバルドクラスの敵が魔族にうようよ居るとしたら、この戦いは俺達にとって分が悪い。 俺としてはそうでない事を願いたいな」
「おいおい、アンタらしくねえじゃん?」
「俺は本音を言ったまでだ。 仮に俺とお前が一騎打ちで戦ったとしても、素手で、更に片手で倒すなんて真似は無理だからな」
「……なる程。 言われてみればそうだな。 ちょっと魔族を舐めていたかもしれん。 明日からは気を入れ直すよ」
「ああ、期待してるぞ」
と、言葉を交わすボバンとアイザック。
ザンバルドクラスが魔族にうようよ居たら?
流石にそれはないと思いたいが、確かに俺達も少し魔族を舐めていたかもしれない。
ちょっと戦っただけで、敵を分かった気になるのは危険だ。
俺達はまだまだ魔族の事を知らない。 知らなすぎる。
敵に勝つには、まず相手を知る事が大事だ。
などと考えていたら、向こうから誰かが近づいてきた。
随分と小さいな。 多分猫族だろう。
そしてその体長五十セレチ(約五十センチ)くらいの猫族の姿が露わになった。 品種は茶トラのマンチカンか?
マンチカンにしては、手足は長い方だが、随分と高そうな白い絹のシャツに薄い緑色のファー付きのコートを羽織り、下は黒いズボンという格好。 よく見ると両脇に大柄な猫族を引き連れている。 あれは多分メインクーンだろう。
「やあ、竜人族の諸君。 君達の働きには、我々も満足しているよ。 明日以降もこの調子で頑張ってくれたまえ!」
と、やたらと偉そうに言った。
ボバンなんか露骨に「コイツ、誰?」みたいな顔をしている。
「いえ……それが俺達の仕事なので」と、アイザック。
「うむうむ、君達には期待して……」
そう言い掛けて、そのマンチカンの猫族の表情が曇った。
その視線の先を追うと、左膝を地につけたドラガンの姿があった。
「ニャンだ、貴様かっ……」
「お久しぶりです、マリウス殿下」
「「「殿下?」」」
ボバン、エリス、メイリンが異口同音にそう言った。
ミネルバやマリベーレも不思議そうに首を傾げている。
殿下って事はこのマンチカンは王子様なのか?
どうりで随分と偉そうな訳だ。 でも見た目がマンチカンなので、威厳やムカつく感じはあまりなく何処か少し微笑ましい雰囲気だ。 なる程、だから舐められないように両脇にメインクーンを連れてるわけね。 なんか子猫が無理して虚勢を張ってる、って感じだな。
「そう言えば貴様の連合もこの戦いに参加しておったわな。 すっかり忘れていただニャン」
「ええ、まあ……」
「ふんっ! 最近父上に取り入っているようだが、まさか身の程知らずな事を考えてニャいだろうな?」
「……滅相もございません」
「ならいいだニャン。 いいか忘れるなよ? ボクは王子なんだ。 お前とは立場が違うだニャン。 その事を絶対に忘れるニャ?」
「はい、勿論です」
横暴な王子の言葉に素直に従うドラガン。 しかしこの王子、やたらとドラガンに絡むな、何か恨みでも――ああ、思い出した。 そう言えばドラガンは王家の血を引いていたな。 それでそのドラガンが最近王様と懇意しているから、嫉妬及び警戒している、と考えたらこの王子の態度も納得できる。
「まあボクは寛大だからこれくらいで許してやるだニャン。 お前達、行くぞ?」
「「はっ!」」
と、踵を返してこの場から去ろうとする三匹の猫族。
「殿下、少しお待ちください」
と、予想に反してドラガンが王子を引き留めた。
「……ニャンだ? ボクはお前と違って忙しい身なんだニャン!」
「実は殿下のお耳に入れておきたい話があります」
「ニャに? 貴様、このボクに意見するつもりか?」
「意見でありません。 強いて言えばご忠告です」
「ニャにぃっ!? このボクに忠告だとっ!? 貴様、何様のつもりだぁっ!! やっぱり調子に乗ってるニャンッ!!」
そう言って、左手でドラガンを指すマンチカンの王子。
でも手が短い上にピンクの肉球が見えており、何処か迫力に欠ける。
しかしこの王子、やたらドラガンに絡むなあ~。
「現在、我々連合軍は各種族ごとに指揮官が置かれている状態で、全体的な意思の疎通が上手くいっておりません」
「……このボクを無視するとはいい度胸だニャン。 だがその度胸に免じて、話だけは聞いてやるニャン」
と、胸を張り両腕を組む王子。
「ありがとうございます。 現時点においては、我が連合軍が少し優勢ですが、このように指揮系統が乱れている状態は好ましい状況ではありません」
「……うむ。 一理あるニャン。 それで?」
「そして殿下が本隊の指揮官であるレビン団長へ色々進言する事によって、指揮系統が乱れる一因となってますので、どうか今後はそれをお控えくださいっ!!」
「ニャ、ニャにぃぃぃっ!? き、き、き、貴様ぁぁぁっ!! 言うにこと欠いて、ボクのせいだと言うのかぁっ! 許すまじき発言だニャン!」
あ、あちゃあぁっ~。
王子様ブチ切れ状態。 ドラガンも言い過ぎだよ?
でも実際兵士の間でも噂にはなっているからな。
この王子が必要以上にレビン団長に口出しして、現場が混乱しているのは事実のようだ。
しかし王子にも面子がある。
こうも面と向かって言われたら、怒るのも無理はない。
だがドラガンは冷静に淡々とこう告げた。
「いえ殿下のせいとは言っておりませぬ。 実際我が軍は即席部隊。 故に指揮系統が乱れるのは、当然といえば当然。 ですのでまずは要となる本隊の指揮系統を一本化する必要があります。 ですのでどうか殿下は――」
「五月蠅い、五月蠅い、五月蠅いニャンッ!! ボクはお前と違ってちゃんと帝王学を受けているんだニャン! そのボクに対して、偉そうに意見を言うとはいい度胸だニャン!」
「無論存じております。 ですからあえてご忠告しているのです」
「……それはどういう意味だニャン?」
少しだけ落ち着く猫族の王子。
頼む、ドラガン。 これ以上刺激しないでくれよな。
「殿下は今でこそニャンドランド王国猫騎士団の騎士団長というお立場ですが、いずれは猫族の全軍を率いる事となるでしょう」
「そ、そうだニャン! だから今のうちに戦場で経験を積んでいるんだニャン。 第二王子であるボクが戦場に居るのも、そういう政治的背景があるだニャン。 お前のような者には分からん気苦労がたくさんあるニャン!」
「ええ、ですからここは部下であるレビン団長にすべてお任せください。 殿下は小事には目を瞑り、もっと大きな視点で大局を見てください。 それが王族というものであります」
「た、大局?」
「端的に言えば戦術や戦略などは、部下である専門家に任せればいいのです。 王族はもっと大きな視点で大局を見るべきなのです。 そう例えば我等、猫族の未来を!」
「ニャ、猫族の未来……か。」
「おい、貴様。 いい加減にしろ! マリウス王子に対して無礼であるぞ。 不敬罪で逮捕するぞっ!?」
と、王子の右隣に立つ白銀の鎧姿のメインクーンが切れた。
「ま、待てっ! ガルバン!」
そう言って王子は、右手でガルバンと呼ばれたメインクーンを制した。
「し、しかし王子っ……」
「いいから少し黙ってろだニャン!」
「……はい」
そう言って後ろに下がるガルバン。
そしてマリウス王子が数歩、前へ歩み出た。
王子の方が小さいので、ドラガンを見上げれる格好だが、精一杯背伸びして、至近距離からドラガンを見据える王子。
「貴様、本当に良い度胸をしているニャン。 このボクに意見できるのは父上か、兄上くらいなもんだニャン。 それを分かっているのか?」
「無論です。 ですが優秀な王族は部下の意見を取り入れるものです。 そして殿下にはその度量があると信じております」
「……本当に生意気な奴だニャン! だが――」
マリウス王子はそう言ってドラガンから背を向けて、何歩か前へ進んだ。
「確かに少しボクは余計な口出しをしていたかもしれん。 だからここはあえて貴様の進言を聞き届けてやるニャン。 ボクに少し良いところを見せようと焦った部分もあったのも事実だ」
「ありがとうございます、殿下」
「フンッ。 貴様は生意気だが無能ではないようだな。 まあいいだニャン。 ガルバン、ジョニー。 行くぞっ!!」
「「はいっ!!」」
そう言い残して、マリウス王子はお供のメインクーンを引き連れて、この場から去った。 やれやれ、一時はどうなるかと思ったが、何とかドラガンの意見は聞き入れられたな。
「随分と威張りん坊な王子様ですわね」
威張りん坊って、エリスさんよ。 相手は仮にも王族だよ?
と思いつつも、エリスの表現は当たっているので思わず失笑した。
「なんか偉そうなんだけど、憎めない感じよね」
と、マリベーレ。
「だわさ。 外見で得してるわね、猫族って!」
妖精のカトレアの言葉にエリス、メイリン、ミネルバ、マリベーレも「うんうん」と頷いていた。
「しかしこれで助かったのも事実だぜ。 正直指揮系統が乱れているからな。 せめて本陣くらいは正常化しないと今後に支障をきたすからな。 そういう意味じゃグッジョブだぜ、猫族の団長さんよう~」
と、さりげなくドラガンを褒めるボバン。
「いえいえ、誰かが言わなくちゃいけない事ですから」
そう言って片手を軽く振るドラガン。
「でも相手は仮にも王族だろ? アンタ、勇気あるねえ」
と、ボバン。
「いえ殿下とは個人的に面識がありましたので。 ああ見えて筋道の通った意見なら、彼もそれを受け入れる度量があるんですよ」
「ふうん。 俺には糞生意気な猫にしか見えなかったけどな」
「ボバン、その辺の事情には触れるな。 ドラガン殿にも色々事情があるのだろう」
「まっ、それもそうだな。 じゃあな、コーンスープ美味かったぜ!」
「では我々は失礼する。 おやすみっ」
そう言ってボバンとアイザックは他の場所へ移動した・。
ボバンは口こそ悪いが、話してみるとそんなに悪い奴じゃないな。
「食事も終えたし、後は各自入浴してから、ゆっくり眠れ。 戦場では食える時に食う、寝れる時に寝る。 それが戦場の鉄則だ」
兄貴の言葉に皆、小さく頷いてそれぞれ自由行動に入った。
この砦内にも備え付けのシャワーボックスがいくつかあるので、とりあえず軽くシャワーで汗を流した。 ちなみに女性用のシャワーボックスの周辺には、各種族の女性及び雌が厳戒態勢で見張っていた。
種族は違えど、こういう時には同性同士の仲間意識が働くらしい。
俺は風呂覗きする元気なんかないけどな。
まあでも中にはする奴も居るだろうから、あれぐらい警戒すべきなんだろうな。
とりあえず俺と兄貴とドラガンは大部屋に移動して、予め用意していた携帯用の寝袋に入った。 周囲は男や雄だらけでむさ苦しいが文句は言えない。
「それじゃ眠るぞ、ラサミス、ドラガン。 おやすみ」
「ああ、おやすみ」と、ドラガン。
「おやすみ、兄貴、ドラガン」
こうして魔族との戦いの初日が終わった。
正直想像していたよりかは、善戦できたと思う。
だがこれは四大種族と魔族による長い長い戦いの序章に過ぎなかった。
俺はそんな事も露知らず、寝袋の中で熟睡するのであった。
次回の更新は2020年2月29日(土)の予定です。




