第百十六話「戦いこそが生甲斐!」
「オラオラオラァッ! テメエらッ、気合入れて行けよ! 弓矢や銃弾、大砲なんかにビビッてるんじゃねえよ! そんなんじゃ魔王軍の名が廃るぜっ!!」
黒いワイバーンは上空に飛び交う弓矢や砲弾を回避しながら、降下する。
その黒いワイバーンの背中の上で、死神ザンバルドはそう叫んだ。
しかし流石に王都となれば、これまでと同じようにはいかなかった。
エルフ達も必死だ。
弓兵が、銃士が、砲手が、魔法部隊が必死の形相で、上空の魔王軍を狙い撃つ。
ザンバルドが高笑いする横で、魔獣に騎乗した魔族が撃ち落される。
対する魔王軍も大型のワイバーンに五人一組でサキュバス部隊を乗りながら、敵の前線目掛けて突撃する。
それを弓矢や銃弾、砲弾、魔法で狙い撃つエルフ軍。
サキュバス部隊は限界まで大型のワイバーンに乗りながら、敵との距離が迫るなり、ワイバーンから離れて自らの翼を羽ばたかせて、エルフ軍の前線部隊に接近。
「撃て、撃てっ! 一匹残らず撃ち落せ!!」
騎士団長ヴェルゴットの雄叫びが周囲に響き渡る。
一体、二体、五体、サキュバス部隊は次々と撃墜される。
だが無事に敵に接近したサキュバスが敵の魅了に成功。
更にサキュバス部隊が突撃。
またしても敵を魅了する。 その次の部隊も突撃。
何体かが撃墜されても、残り何体かがきっちり魅了する。
ある種の捨て身の攻撃だが、ある意味これが一番効果的な戦術だ。
エルフ族は排他的な種族だ。 それに加えて男尊女卑の社会構造。
故に王国騎士団などの国軍内の男女比率は圧倒的に男が勝る。
これに関しては、猫族、ヒューマン、竜人族も同じであったが、結果的にこれが災いとなった。
サキュバスに魅了された男兵士が同士討ちを始めた。
突然の出来事に周囲の兵士達は驚き戸惑った。
その間にまた別のサキュバスが別の兵士を魅了する。
サキュバスを使った同士討ち作戦。
単純な戦術だが、これが一番効果的な戦術でもある。
何せ魅了された者は、魅了したサキュバスが死なない限り、魅了は解けない。 死ぬまでサキュバスの命令に従う。
同士討ちは更に拡大。
それと同時に上空の魔王軍が地上に降下。
そして総指揮官であるザンバルドも地上に降り立った。
ザンバルドは手にした漆黒の大鎌を頭上に掲げた。
「さあ、これからが本番だぜ。 テメエ等、好き放題暴れろ! 殺戮も略奪も許す。 六百年ぶりの宴だ。 精々派手に楽しむぞ!」
それが開戦の合図となり、両軍の地上部隊が真っ向から衝突。
制空権の掌握はグリファム率いる獣魔団に任せて、ザンバルドは自ら先陣に立ち、果敢に攻め込んだ。
上級階級である死神の名に、相応しい漆黒の大鎌が振り回しながら、周囲のエルフ兵を容赦なく切り捨てて行くザンバルド。
「奴が司令官だっ! 奴を潰せ! 奴を殺すんだ!」
後方からそう檄を飛ばす騎士団長ヴェルゴット。
その命令に従い、ザンバルド目掛けて突撃するエルフ兵。
しかし相手は魔族の魔将軍。
それも第一次ウェルガリア大戦に参加した事もある古強者。
その鍛え上げられた戦闘技術、魔法、経験はどれも超一級品。
そして何よりザンバルドは飢えていた。
戦いに、血に飢えていた。
敵兵が血飛沫を上げて、絶命すると彼は嗤った。
敵兵が悲鳴を上げると、彼は嘲笑った。
非常に歪んだ嗜虐的な笑み。
だが彼は心の底から満足していた。
――これだよ、コレ! 俺が望んでいたのはコレよ!
――俺達は魔族なんだよ。 戦いこそ生甲斐なんだよ!
――戦いが、破壊が、殺戮こそが俺らの生甲斐だ!
ザンバルトは胸の内に湧き上がる破壊衝動のままに暴れ狂った。
彼は七百年生きた魔族。 魔族は五百年周期で転生する。
厳密に云えば転生というより転体だ。
自身の魂を別の肉体に憑依させて、新たな肉体を得るという転生。
魔族は得てして、長寿だがそれでも千年は生きられない。
どんなに長寿でも八百五十年が限界と言われている。
そして肉体的には若さを保てても、精神面の老いは隠せない。
また高齢な魔族ほど疑心暗鬼に陥りやすい。
だから五百年に一度転生する事によって、肉体的にも精神的にも若返る事が可能だ。
とはいえ他者の肉体を乗っ取るのは容易ではない。
いくら実力主義の魔族と云えど、高位の魔族相手でも自身の肉体を他者に与える酔狂な者は殆ど居ない。
仮に強引に乗っ取ろうとしても、相手が拒めば精神と精神が干渉する。
これは一歩間違えれば、非常に危険な状態になりかねない。
時として肉体の乗っ取りを目論んだ魔族の精神を肉体側が、その魂ごと吸収するという事例もある。
こうなれば転生どころか魂を消失し、その存在は消え失せる。
これを魔族における『精神面での死』と呼ぶ。
このような危険性がある為に、基本的に魔族は無秩序な転生はしない。
だが相手が弱い精神の持ち主だと肉体の乗っ取りは成功率が高まる。
つまり赤子、それも自身の血を引いた赤子が転生先として、一番理想と云われている。 その為に個体としては、非常に強い魔族が繁殖に及ぶ理由の一端になっている。
自身の血を引いた肉体で新たな生を歩む。
ある意味転生先の器としては、理想的なのかもしれない。
だから魔族は自らの眷属を作り、理想的な転生先の器を探す。
非常におぞましい話だが、これが魔族の歴史である。
だがザンバルドはこの六百年の間、あえて転生しなかった。
彼は自身の姿格好に誇りを持っており、また他者の肉体を乗っ取ってまで、生きる事を嫌悪していた。
どうせ俺達は破壊しかもたらさない存在。
そして魔族の世界は圧倒的な実力社会。
老体になるという事は衰えの証。
ならば衰えと共に表舞台から去るべきだ。
少なくとも他者の肉体に憑依してまで、生きようとは思わない。
それこそ醜い生への執着だ。 そんな真似をするくらいなら、朽ち果てるまで、戦場で戦って死ぬ方がまだマシである。 実力なき破壊者は、衰えと共に淘汰されるべきなのだ。
あまり主義など持たない彼の唯一の主義がこれであった。
そしてその考えや思想は、他の魔族の共感を生み、嗜虐的で残虐な性格だが、魔族の誇りを持った存在として、魔族の世界において、彼は一目を置かれていた。
「へい、へい、へいっ! どうした、どうしたぁっ? 貴様ら、エルフの力はこの程度か? 弱い、弱すぎるぜっ! 一人で向かうのが怖いなら、複数人でかかって来いよ? あっ? もしかしてそれも無理か? はっ、とんだ腰抜けだぜ」
好き放題煽るザンバルド。
ここまで煽られたら、エルフ族としても引くわけにはいかない。
ザンバルドを包囲するように、十人程の兵士が武器を片手に近づいた。
だがザンバルドは表情一つ変えず、口の端を持ち上げた。
「舐めるなよっ! 皆、一斉に飛びかかるぞ!」
「おう! 誇り高きエルフ族の矜持を見せてくれよう!」
「調子こいてんじゃねえぞ!」
ザンバルドに一斉に飛びかかるエルフの兵士達。
するとザンバルドは全身に闇の闘気を纏いながら、手にした漆黒の大鎌を豪快に水平に振り回した。
「喰らいな、糞共っ! 『虐殺の円舞曲』ッ!!」
漆黒の大鎌が360度回転して、周囲の者を薙ぎ払った。
それによってザンバルドに飛びかかったエルフの兵士達は吹っ飛ばされた。
そして気が付いた時には、身体の感覚がなくなっていた。
「お、おう? な、なんだ……こ、これっ!?」
絶叫するエルフの兵士。
彼等の肉体は、振るわれた大鎌によって、上半身と下半身を分断するように、輪切りにされていた。
断末魔を上げる間もなく、絶命するエルフの兵士達。
その凄惨な光景を見ていた周囲のエルフ兵達も思わず後ずさりする。
「今だ、お前等! 連中は怯んでいるぜっ!
この間隙を突いて、総攻撃をかけるぞ!」
そう叫ぶザンバルド。
そして彼の声に続くように、魔族達は総攻撃をかけた。
血が迸り、悲鳴と絶叫が木霊する。
魔王軍の怒涛の攻撃に、エルフ軍は無残な敗北を喫した。
次回の更新は2019年11月16日(土)の予定です。




