第百十四話「魔王軍の侵攻開始」
エルフ領北東部のドグラス監視塔。
この監視塔は、エルフ領の北部にある北エルドリア海を監視する為に二百年以上前に建てられた。 北エルドリア海を更に北上すると暗黒大陸が存在する。 云わずと知れた魔族を封印した大陸だ。
最初のうちこそ監視塔の兵士達も緊張感を持って、監視塔の望遠鏡から、真面目に異常がないか監視していたが、何日、何ヶ月、何年、何十年経っても異変は起きなかった。
その年月と共に兵士だけでなく、エルフ族もその重要性を忘れていった。
気がつけばこの監視塔は、左遷された落ちこぼれ兵士で固められて、今では真面目に監視する兵士も居なくなった。
何せ魔族が封印されて六百年。
今では魔族など忘れ去られた存在と思う者が大半であった。
それはここに派遣された兵士達も同じであった。
実際ここ数年どころか、数十年異変らしい異変は起きなかった。
それ故に緊張感は薄れ、兵士達は怠惰で無為な日々を過ごしていた。
そして今も尚、兵士達の大半が監視塔の一室で、卓上テーブルを囲んでトランプをしていた。
別にトランプが好きというわけではない。 只ここは僻地。 近くに街もなく娯楽など存在しない。
だから退屈しのぎに賭けトランプするくらいしかなかったのだ。
新米兵士に監視役を押し付けて、安酒を喰らいながら、愚痴をこぼしたり、他愛のない会話に没頭する兵士達。
「あ~、どうする? コールか、それともドロップか?」
「う~ん、ドロップだな」
「あ~、俺はコールだな」
「それより今度の休みに街へでも行かねえか?
こう女日照りが続くと人生の終わりって感じがするぜ」
「……そうだな。 女でも買いに行くか?」
「ああ、それぐらいしか楽しみねえからな」
「……違いねえ!」
覇気の欠片もない声でそう会話を交わす兵士達。
その時、監視塔の二階から新米兵士が大慌てで降りて来た。
「た、大変です!?」
血相を変えてそう叫ぶ新米兵士。
だが他の兵士達は白けた感じで――
「あ~? 何だよ?」
「今取り込んでだよ。 空気読めよ?」
と、批難の声をあげた。
いつもならこれで怯む新米兵士だが、今日は違った。
「……今すぐ来てください。 北エルドリア海が大変な事に!」
「あ~、魔族でも復活したというのか?」
もちろん冗談のつもりの言葉だ。
だが新米兵士はこの言葉に大きく頷いた。
「そ、そうなんです! 監視塔の望遠鏡から北エルドリア海を見てください! 見渡す限り魔獣、魔物だらけです! は、早く本国に報告しないと!」
「はあ~、そういう冗談はつまんねえぞ? 分かったよ。 お前も見張りを止めて、サボッていいよ」
「冗談じゃないです! とにかく来てくださいっ!」
仕方なく一人のベテラン兵士が新米兵士の後について行った。
そして面倒くそうに望遠鏡を覗き込む。
それと同時に背中に戦慄が走り、酔いも醒めた。
「……ま、マジかよっ!?」
望遠鏡から見えたのは、魔獣、魔物の大軍であった。
軽くみても百以上の数。 いやもっと多いだろう。
下手すれば五百に達するかもしれない。
コカトリスやグリフォン、ワイバーンにまたがった魔族と思わしき人影が北エルドリア海の上空を飛びながら、こちらに目掛けて進軍している。
ベテランの中年エルフの兵士はごくりと喉を鳴らした。
それと同時に絶望した。
ついてない人生と思ったが、ここまでついてないとはな。
左遷された先で自堕落に過ごした後に待っていたのが、まさかの魔族襲来。 もう酷すぎて乾いた笑いが自然と漏れた。
「なんじゃこりゃあ……」
「せ、先輩! どうしましょう!」
するとベテラン兵士は投げやりにこう云った。
「どうもこうもねえよ。 このまま魔族に殺されるか、魔族に殺される前に自殺するか、好きな方を選べよ」
「そ、そんなあっ……」
「仕方ねえよ。 これが現実だ。 糞みたいだがこれが人生さ」
「……あんな大軍が一気に攻めて来るなんてっ!? な、なんでだよ! 俺はこんな所で死にたくねえよ!」
「喚くな。 仕方ねえ。 無駄かもしれねえが逃げるか? どうせ糞みたいな人生だ。 最後ぐらい悪足掻きしようぜ」
「お、俺は皆に伝えていきます!」
「……好きにしな」
この監視塔に駐在する兵士は僅か十名。
こんな数であんな大軍と戦えるわけがない。
いやそもそも本国の本隊でもあの数と戦えるか疑わしい。
だが今はもうそんな事すらどうでもいい。
十分後、事態を飲み込んだ兵士達は全員一致で逃亡を選択。
敵前逃亡は重罪だが、今はそんな事すらどうでもいい。
とにかく逃げるしかない。
そしてそんな彼等を嘲笑うように魔族の大軍が監視塔に近づいてきた。 そして魔族の大軍の中心の黒いワイバーンの上で、総指揮官ザンバルドが両腕を組みながら、にやりと嗤った。
「さあ、パーティの時間だ。 てめえら、気合入れて行けよ!」
次回の更新は2019年11月2日(土)の予定です。




