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side母親トレモロリア・カルテット侯爵夫人視点?2 育児は育自


◆side母親トレモロリア・カルテット侯爵夫人視点?2 育児は育自

 そしてとうとう、わたくしの身勝手な行いが、アルトさんとフェルマータの仲を引き裂き、婚約を解消したと知った時はレガートが喜ぶに違いない幸せになるに違いないと単純に信じたのです。


 それにわたくしもこの時までも、夫の鉄道事業の支援のための政略結婚による家同士での婚約だと思い込んでいたのですから。


 だから早速、親友のソプラノニアにはフェルマータを義娘にできなくなったけれど、娘はもう一人いますわ。レガートを婚約者にどうかとソプラノニアに提案したのです。


 けれどアルトさんは


 「フェリ……いや、フェルマータ嬢に振られて婚約解消したからと言って、すぐに妹殿に乗り換える軽薄な人間になりたくないのでね。

 それに未だにどうしてこうも簡単に婚約解消されたのか納得したくないんだよ…」


 それで政略ではなかったのかと、どういうことだと夫に詰め寄って、アルトさんの長年の娘に対する恋心を成就するための努力を初めて知ったのです。


 そこでわたくしは、フェルマータもわたくしにとっては血の繋がった娘なのに、フェルマータを蔑ろにしていたことをそれはそれは後悔しました。


 わたくしにとっては二人目の子供であり、わたくしの命に代えても惜しくなく、11か月近くお腹の中で大事に大事に育て、掛け替えのない血の繋がった待望の無事に産むことのできた一人目の娘だったはずなのに……


 レガートから、フェルマータが自殺したと聞かされた時に……死んでほしいなんてまで思っていなかったことにわたくしは自分自身の間違った所業の数々を思い知ったのです……







 夫の侯爵から再びフェルマータが家のことや領地経営などに興味がわいて教えを乞うようになるか、それとも侯爵家のことに関わらず、生きるための行動ができるように立ち直るまで、最初の1年はレガートだけがフェルマータの世話をしていました。というよりも、フェルマータからわたくしはいないものとされ敬遠されて近づかせてくれなかったから。


 当たり前ですわね。あれだけ、フェルマータを、娘を虐げ、時には憎しみさえ向けるような行為をしてきたのですから。わたくしが再び母親として娘に受け入れてもらえる日は来ないのかもしれないとさえ思いました。母親は最初から母親になれるわけじゃない、娘によって母親にさせてもらうのに。


 けれどその日は思ったより早く来ました。


 わたくしがレガートのデビュタントのためのレース付きのドレスを商人とデザイナーを呼んで相談していた時でした。


 「? フェルマータ?」


 「……あ……あの……レガートリータがお客様達にお茶をお出ししたらどうかと……侍女達にもリハビリ代わりにと頼みこんで……」


 びくびくと目を反らしわたくしの顔色を伺うかのようにやつれてやせ細ったフェルマータが茶器セットを乗せたワゴンを運んできてくれたのです。


 レガートがわざわざわたくしのいる応接室にフェルマータに行くように提案した?……はっと気づきました。もしかしたら歩み寄る機会を作ってくれたのではと。


 「ちょうどいいわ。一息入れようかと思っていたのよ。……ああ、フェルマータの分も一緒に淹れてね。

 今ね、レガートのデビュタントの衣装の相談をしていたところよ。貴方も一緒に考えてくれないかしら?」


 わたくしは努めて優しく静かに、レガートと接するのと同じようにフェルマータに語りかけてみました。


 すると、フェルマータは一瞬びっくりして目を見開いた後、おずおずとしながらも娘は客人たちとわたくしにお茶を丁寧に淹れると、商人たちとわたくしの中間のソファーに座って、じっとわたくしの近くのレースを見入っています。


 「おや、フェルマータお嬢様、デビュタントのドレスを頼んで以来でしたね。お久しぶりでございます」


 「あら。お嬢さんはレース編みにご興味が?」


 商人とデザイナーがそれぞれ娘に挨拶してお互いに会釈すると、デザイナーの言う通り、レースを手に取りたがっているようだけど、わたくしの近くに拡げているので躊躇しているようでした。


 わたくしは娘が最初に見入っていたレースを両手に取ると、娘の目の前に掲げました。


 「手に取って見ないと、よくわからないでしょう」


 娘は震える手でレースを受け取ると、やがて真剣に見始めました。


 「そのレースは奥様が自ら手掛けた傑作なんですよ」


 「……まあ、侯爵夫人が?」


 母ではなく侯爵夫人呼びなのね……いえ、わたくしの今までの娘への接し方を思えば仕方がないことだわ。


 それよりも娘は侯爵夫人であるわたくしが内職していていたという事実に驚いたようだ。けれど、これはわたくしが娘の母親になれるチャンスだと思ったのです。


 「フェルマータも興味があるならわたくしがレース編みを教えましょうか? ああ、もちろんレガートも一緒にいれば問題ないわよね?」


 娘はさらに目をしばしばとさせて夢ではないのかと驚いた様子だったが、ぱあっと微笑して頷きました。


 「……刺繍と、太い毛糸と棒2本を使った編み物はやりましたが、かぎ針を使ったレース編みは初めてです。下手かもしれませんけど、やってみていいのですか?」


 「もちろんよ。わたくしも初めての時は見れた物じゃなかったわ。編み目の大きさがあちこちちぐはぐだったり。思った通りの形にならなかったり。

 でも夢中になって編んでいくうちになんとかなっていくものよ? でも教える時はせめて侯爵夫人ではなく、母と呼んでもらいたいわ。……他人じゃないんだし……」


 さりげなく言ったつもりだったけど、どう思われたかしら?


 ふと娘の顔を見ると、目に涙をためて戸惑っているようだった。いいわ。時間はきっとあるはずだもの。これから挽回してみせるわ。とわたくしの目標が定まったの。


 それから4人でレガートのデビュタントの衣装に、間に合うかわからないけど、娘たち2人とわたくしとで編んだ小さなレース編みの薔薇のコサージュを付けることになったのです。






 結果は、……レガートのデビュタントの衣装は何とかなり、子爵令息にエスコートされたレガートは嬉しそうだった。


 フェルマータは、息子ばかり3人も生まれたスタッカート公爵にエスコートされて、妹の晴れ舞台を眩しそうに祝ってくれたのです。


 「ダカーポはズルい。可愛い娘を二人も授かって。だから父親みたいに可愛い娘を一度エスコートするのが夢だったんだよな」






 それからというもの、次の1年からはレガートと交互にフェルマータに事あるごとに接したの。


 レガートが婚約者の子爵家に16歳から嫁入り修行に入ると、レガートと入れ代わるように、レガートの身代わりとでもなんとでも思われてもいい。4年間、拒食症のフェルマータに少しでも何か食べれるようにと娘との時間を取り戻そうと奮闘しました。


 時には料理人から教わり、わたくし手ずからおかゆや麺やパンを作ったり、食べさせたり、今まで放置していたことを取り戻そうと甲斐甲斐しく世話をしたりね。


 次第にぽつぽつとお互いの誤解を解消しようと祖母との確執の話を聞かせ、フェルマータの瞳の光をなんとか取り戻させていったのです。





 フェルマータも、わたくしが心底から自分のことを嫌ったり憎んだりしていたわけではなかったと、お互いに誤解していたことを告白し合ったわ。


 わたくし自身もダルセーニャ前公爵夫人からあまりにも厳しく躾けられ、容姿が似てくるフェルマータを見た目だけで毛嫌いしていたことを謝罪したのです。


 「わたくしが生み、わたくしから生まれた子供だから、フェルマータを道具の様に自分の好きにしていいはずと思いこんでしまっていたのよ。

 フェルマータ、貴方にも何をしたいか何が好きか貴方自身の考えも生き方もあるでしょう。それなのにわたくしは貴方がわたくしの思い通りにならないからと、それに……夫の愛情が貴方に奪われたと馬鹿な勘違いをして貴方の不名誉な噂を流していたことを許せないでしょうね……

 夫は純粋に最初に出来た娘であり、わたくしの血を分けた本当の親子であるからこそ貴方を気にかけていただけなのに……それなのにとんでもない間違いをし続けていたわ……本当にごめんなさい。

 だから貴方を貶める誹謗中傷のことで責められても仕方ないわ。それに母親面をしてもいまさら受け入れるのは難しいでしょう。ただ、貴方より先を生きる大人として認めてもらえるように努力だけでもさせて。

 フェルマータのこともレガートリータのこともわたくしの娘たちを見守ることこそが大切だったはずなのに……ただ、大人であるわたくしだからこそしてあげれることもあるでしょう。その時は手伝わせてもらえたら嬉しいわ」


 「そんなことっ! ……侯爵夫人が……私の嘘の噂を流していたことは……今は未だ許せそうにありません。

 ただ、レガートリータだけでなく、ちゃんと私も娘として認めてくれて謝罪をしてくれたという事実だけで十分ですわ……」


 「フェルマータ……せめてフェリと愛称を呼んでも? ……」


 「当たり前ではないですか……私もレガートリータ……レガートの様に、本当はいつもずっと愛称で呼んでほしかったのに……」


 こうして心穏やかに話し合ってみれば、ダルセーニャ様とは性格は全然違うわ。むしろ大好きな夫である侯爵に全体の顔の雰囲気も性格も良く似ているじゃない。


 さらにレガートの所業に文句も言わず、レガートのことも思ったほど嫌っていない。むしろ可愛い妹が姉を慕っての我が儘だと知ったとも。


 わたくしに対しても、父親であり夫の侯爵が、頭もよく領地経営にも話の合うフェルマータの方ばかりやたらと褒めたり話しかけるので、だからレガートばかりわたくしが相手するようになったのかしら? 代わりに自分が父を相手にすればいいのかしら? 程度に考えていたとか。


 「でも私は甘え方がレガートのように上手に全然できなくて。……実はもっとお母様に甘えたかった……」と言う姿は、子供らしい可愛い部分がちゃんとあるではないかと。わたくしもはっと気付いたのです。


 それにやっとお母様と呼んでくれた事が恥ずかしいけれど嬉しくて。……思わずフェルマータを赤子の時以来、久しぶりに抱きしめて頭をなでてしまったわ。恥ずかしがって照れていたけれど、それがまたレガートとは違って初めて実になんて可愛い娘ではないかと思えたの。


 「ああ……幼い頃、私に子守唄を歌ってくれたお母様だ……熱で苦しんでた時に一晩中看病してくれたお母様だ……私を生んでくれてありがとうお母様。……大好き……」


 「まあ……この娘ったら。いつの間に赤ちゃんにまた戻っちゃったのかしら? わたくしも、フェリのこともレガートのことも好きですよ……」






 いまさらだけど、なんとかもっと母娘との仲を改善できないかしら? 良好にしていきたいとわたくしは努力し始めたの。


 それでさっそく、フェリをもっと着飾らせたい。一緒に買い物に行きたいとフェリをドレス選びに連れ出すようになったり。観劇を見に行ったり。時にはレガートも交えて3人で出かけたりと、母娘の仲だけでなく、家族の仲も改善していったわ。


 アルトさんと婚約が解消されたことはとても気になっていたけれど、内輪の本当に親しい知り合いだけを呼んだ小さなお茶会では、


 「フェルマータは本当に賢くて気が利いてね。刺繍もレース編みも直ぐに覚えて器用だし。わたくしの自慢の娘なのよ」


 「妹のレガートリータ思いでとても仲のいい姉妹なのよ。娘たちという宝物を二人も授かるなんて、心から産んでよかったと思ってるわ」と。喜びながら誇らしく紹介し続け、フェリの醜聞も噂もかなり改善していったの。







 それからアルトさんが戦地から無事に帰り、アルトさんがフェリのことを未だ少しでも気にかけているのなら5年前の二人の喧嘩別れのような仲違いした誤解を解いて、結婚とまではいかなくても親しい仲に戻れないかしらと考えたわ。

 

 けれど5年間と言う月日は長いようで、二人の間では未だ短かったようだったわ。一度二人の関係が拗れて割れたせいでお互いに素直になれないようだったし。だからわたくしは何とかフェリに幸せになってもらいたいと後押しすることに決めたの。──


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