エピローグ
◆エピローグ
── フェルマータが泣きそうな顔をして、またアルト様に嫌われてしまったと嘆くので、バリストンとクインティナの正式な婚姻報告のために集まったカルテット侯爵家の家族や家人たち、デュエット子爵家の家族たちはフェルマータにとにかくアルトを一緒に探すからと元気づけた。
バリストンだけは、トリオ伯爵家に戻っているかもしれないとオクテットに足の速い馬を出してもらって伯爵邸に確認しに向かった。
しかし、行き違いがあったのか、トリオ伯爵邸にはアルトは未だ戻ってきてないと言われた。
伯爵家の家族たちは息せき切ったバリストンに、一体、何があったのか。どうしたのですか。と事情を聴かされると、テノールが、両親やファルセットは兄上がいつ戻ってきてもいいように、家で待っていてくださいと告げると、バリストンと共にアルトを探す手伝いをするために出かけた。
みんなで手分けしてアルトが立ち寄りそうなところ、騎士の宿舎とか、訓練場とか、行きつけの居酒屋とか、王太子のところにまで迷惑かもしれないがと訪ねに行った。
王太子は気分を害することなく応対してくれたが、さてアルトが行きそうなところとなると、他にあったかな?
まさか戦場跡地じゃないだろうな……と呟かれて関係者は顔色を変えたが、さすがに国境まで越えたら国境警備から報告が入るはずだ。もし何か報告が合ったら、自分の方でも気にかけておこうと心配された。
家族や知人たちは最悪の場所を考えて、本当にアルトは何処に行ったのかと探し回って心配したが、フェルマータが、突然まだ探してない場所があったと言い出した。
「……待って! ……国境とかそんな遠くにいくはずないわ。だって私……なんとなくアルト様が何処にいるかわかるかもしれない。……
あ、……でも確信はないから、できれば一人で行かせてもらえないかしら……ううん。心配しないで、心当たりのある場所は本当にとてもすぐ近くだと思うの……」
他の家族や知人たちが心配する中、アルトを探し回ってフェルマータが来たのは伯爵邸の近くにある小高い丘だった。
晩春の太陽が西へ向かってゆっくりと降りようとする中、妹のレガートリータが幼児の頃に怪我をした思い出の木は、十何年もの時を得て、かなり大きく育っていた。
「……そうか……俺がここにいるとわかってくれたんだな。
覚えてるか、フェリ? あの時の木が、たった5年離れていただけなのに、近くで見るとこんなにも大きくなってたんだな。切り倒さずに残してくれたおかげかな」とアルトは木の根元に座り込み、幹に寄りかかって丘の上から見渡せる景色を眺めていた。
「もちろんよ。……大分記憶は薄れちゃったけど、……でもちゃんと覚えてたわよ。……
それとこの木が切られずに済んだのは確か……怪我をした張本人のレガートが、たった2歳の舌足らずな口で毎年、春は美しい花を咲かせて楽しませてくれるし、夏は小鳥たちが巣を作りに来る憩いと癒しの場だし、秋は美味しい実を与えてくれるし、冬は雪からリスやヤマネたちの寝床を守ってくれるから切ってはだめだ、とそのようなことを拙い言葉で一所懸命に訴えたからだったわよね。
それにしても本当にすごいわね。5年ぶりにこんな近くで改めて見ると随分大きな木に育ってしまっていたのね」フェルマータもアルトの横に寄り添うかのように、レガートリータが怪我をした岩どころか小さな石さえも見当たらなくなっていた地面に腰を下ろした。
「せっかくの綺麗なドレスが台無しだぞ? 侯爵令嬢らしくないな……」
「あら、知らなかったの? 私って実は結構お転婆だったのよ?」
二人は、お互いの顔を見てくすりと笑い合うと再び丘の上からの景色を見つめた。やがてアルトはフェルマータの顔を見ずに口を開いた……
「……俺は……」
……否……これから話す内容が、ちょっと幼稚だと思われるかもしれない……と、正面から話すのが恥ずかしかったからだ。
「……俺は、……あの時から騎士になりたいと願い、強い騎士になるんだと目標を持った。……なぜだかわかるかフェリ?」
「? ……ごめんなさい。私にはわからないわ。……どうして?」
「フェリ達を……大切な幼馴染たちを……義妹たちを守りたい……二度とあんな怪我をさせないように、きちんと守れるような強い男になりたい……
あの時助けてくれた伯爵家の騎士みたいになりたかったからだよ……」と、照れながら顔を赤くしていうアルトは、少年の頃のように瞳を輝かせて言った。
アルトの横顔を見つめながらフェルマータは、口元に手をやると、やっとアルトの考えていたことが、……アルトの気持ちが少しだけ……理解できた気がした……
猛烈にフェルマータも、
「……私……私も! ……そんなアルト様を応援したい。アルト様が何処を……何を目指そうとも、一生応援し続けることを誓うわ!」 と急に意を決したかのよう立ち上がると、両手を胸元で握りしめ、大きな木を見上げて言った。
するとアルトも、フェルマータと同じように立ち上がると、片手を幹に添え優しく撫でると、木を見上げて
「フェリが誰と結ばれようとも、どんな人生を歩もうとも、俺はフェルマータ・カルテット嬢を一生守れるような立派な騎士になってやる!」 と誓った。
「……やだ、アルト様。……それならもうなってるじゃないの?」 とフェルマータが笑ってアルトを見て言った。戸惑っている様子のアルトにさらにフェルマータは続けて言った。
「だって……アルト様が戦争中戦ってくれたおかげで、……こんなにも仲間思いで、……故国と家族思いで、……傷まで顔につけてまで守ってくれたんだもの。
名誉の負傷だもの。私たちを、……私の人生を……未来を守ってくれた素敵な傷だわ。だから全然怖いとも思わないし、これこそ立派な騎士の証でしょう?」 フェルマータはおずおずとアルトの傷を愛おしそうに優しく右手で触れた。
「フェリ……そうか……そう思ってくれるのか……それなら安心して俺は騎士を続けられるな。フェリの結婚生活を守り続ける騎士になれるな……」アルトは一瞬驚いたが、フェルマータを真正面から見つめて優しく笑うと、自分の傷跡に触れているフェルマータの右手に自分の左手も添えた。
「あのねえ……それなんだけどねえ、アルト様? ……たぶん勘違いしてると思うのだけれど? ……さっきの結婚報告は、ティナとバリス従兄様との婚姻の事よ?」 フェルマータはさらに怒って拗ねた様子で両手でアルトの頬を挟んで睨みつけた。
「え!?」 フェルマータの顔を真正面から見てしまったアルトは何が起こったのか間抜けた顔をした。
「だから……その……私は未だ誰からもプロポーズされていないのよ?」 フェルマータは苦笑してアルトの眼をじっと見つめて、期待しているようだ。
「じ……じゃあ……俺……俺はフェリを……フェリのことを好きでも迷惑じゃない?」 アルトがフェルマータの左手首にキスを落とすと、彼女はびっくりしたがすぐに恥ずかしそうに顔を俯かせた。
そのままアルトは彼女の両手を自分の両手で包みこむと、お互いの胸の位置まで移動させた。
それからよく顔を見せてくれと言わんばかりに、今まで恥ずかしくてなかなか真正面から見つめることが出来なかったことが嘘のように真剣にお互いの成長した顔を見た。
「そういうこと! バカ! 鈍感! ヘタレ! バリス従兄様に言ったのと同じこと何回言わせるつもりよ? 一体いつまで私を待たせるつもりなの?
私はとっくにアルト様の事、……ずうーっと前から好きだったんだからね!!」 フェルマータは照れながらも勇気を出して、しかし目を潤ませると、アルトに取られた手をするりと抜いてアルトの胸を軽く叩きながら、祖父がなくなった時以来泣きじゃくって告げた。
「……やだ……私、どうして……アルト様の前だとおかしくなってしまうみたいだわ……もう……」
「フェリ……淑女の仮面がはがれたのは俺の前でだけだから? ……」アルトは途端にフェルマータのいじらしい姿が可愛くて、肩と背を抱き寄せて宥めた。
「アルト様……」
「あ~ ……様もいらないかな?」 アルトは恥ずかしくなり、照れて頬を指で掻いた。
「……じゃ……じゃあ、アルト?」 フェルマータも照れて俯いた……と、アルトはフェルマータの頬に手を当てて上向かせると、顔を近づけて……
……
「……ちょっ! ……アルトちょっと!! そんなことだけじゃ誤魔化されないんだからね? 今日はなぜ侯爵邸を訪問してきたの?」 フェルマータは何をされるか想像して慌ててアルトを制した。
「うん? ……ああ。……そのことか。これをフェリに……似合うかと思って。5年前までは全部無駄にされてたから……
と言ってもそれも全部、誤解だとわかったし、やり直しするにはいいかなと思って……」
「これ……!」
アルトが照れ臭そうに手に持っていた贈り物の小箱を受け取って開けてみると、小鳥と木の実を模した髪留めだった。
「つけてくれる?」
「ああ、いいよ」アルトはフェルマータの涙を指で拭ってやりながら、彼女の髪にアルトが手ずから髪留めを付けると、フェルマータに誂えたようによく似合った。
アルトは眩しそうにフェルマータの顔を見降ろしながら微笑むと腰をかがめて、彼女の唇に軽くちゅっと口付けた。
ぴゃっ?!
驚いたフェルマータは何をされたのか理解すると……途端に顔をリンゴの様に真っ赤に染めて、恥ずかしくてアルトの胸に顔を埋めた。
逆にアルトは、とても満足して得意そうに、フェルマータの肩と背を抱きしめたまま彼女の頭頂に頬を付けた。
お互いの気持ちをぶつけ合った、アルトとフェルマータは、再び誤解していたことがわかり、もう2度と間違えない。この相手と永遠の縁を結びたいと、長年の想いをやっと通じ合わせることができたのだ。
「フェルマータ・カルテット嬢……最初からやり直ししてみませんか?」
「アルト・トリオ様……まずはお友達からでしょうか?」
『『『『『『『『否、そこは恋人からでしょう!!』』』』』』』』
「たーい!」
「「っ?!」」
やだ見られてたのおっ?! と二人とも急いで離れると、フェルマータは顔を真っ赤にして頬を両手で抑え、アルトも幹に手を当てて顔を羞恥に染めて項垂れた。
「全く散々他人を心配させておいてこれなんだからなー。罰として婚約期間すっ飛ばしていいから、婚姻の日取りが決まったら特別休暇をやる。だからさっさとくっついてしまえ」 と王太子殿下が揶揄いながら木の後ろから顔を覗かせると、合図したかのように、アルトを心配して探し回っていたみんなが現れた。
いつの間にか二人と大きな木を取り囲むように集まっていたカルテット侯爵夫妻も、ノネットを抱いたレガートリータとデクテットとデュエット子爵夫妻も、バリストンとクインティナも、トリオ伯爵夫妻とテノールとファルセットも、王太子も、セバスチャンやオクテットや侍女頭など家人たちも、にんまりしたり、渋い顔をしたり、期待に顔を輝かせたり、悪戯とサプライズが成功したかのように、それぞれの表情を見せた。
家族や親友たちから祝福され、夕焼けまでもが世界を薔薇色に染めて、2人が夫婦として幸せな家庭を築くことを、その場に居合わせた誰もが願わずにいられなかったようだ。……
本当にこの時ほど関係者一同、想いは声に出さないと伝わらない、と思ったとか? ──
END
m(_ _)m 拙い架空話を最期までお読みいただき本当にありがとうございました。




