想いを言葉で書いたのに…届かなかった手紙~結婚!?
◆想いを言葉で書いたのに…届かなかった手紙
── その夜、アルトは当時自分に届かなかった手紙を年月順に読み返した。
幼なじみだと思っていたアルトが急に婚約者面して見合いした時面食らったがトリオ伯爵似で、とても格好良くて青年らしく成長して見惚れたこと。本当は気恥しいが自分の好きな花と花言葉の花束を貰って嬉しかったこと。
父親の反応から政略だと思っていたのに、アルトへの恋心が募っていったこと。
お茶会で途中から彼女から話しかけなくなったのは、弟や家族の相手などで煩わしいから、自分が煩いお喋り女だと思われてるかもしれないなら黙った方がいいのでしょうか? と気にしていたこと。
淑女としては声に出しては言いづらかったのだが、友人たちと会った茶会の話では、恋人同士ならもっと手を繋いだり抱きしめ合ったり、膝枕したり、お互いに食べさせあったり、接吻しているのだが、アルト様はそういう関係をどう思いますか? はしたないと思うでしょうか? とアルトにしてほしいと心では願っていたらしいこと。
急に派手な格好し出したのは、目を見てくれないアルトに振り向いてほしかった。どんなくだらない話でもいいからそっけない返事以外に声を聞きたかったこと。
デビュタントでは、本当はアルト様にエスコートしてほしかった。でも自分のわがままでアルト様の仕事や困っている領民を放り出させるような邪魔をするわけにはいかないともわかっている。でもそれなら自分のデビューの時期なんてずらせばよかった。祖母の願いだからと父母や伯父たちに強引に押し進められたけれど、それでもアルト様にエスコートされたかったと考えていたこと。
アルトに贈り物をしたのに返事がないのは、気に入らない色や物があったからでしょうか? どんな色が好きなのでしょうか? どんなことに興味をもっているのでしょうか? アルト様の気持ちがもっと知りたいです……
彼女からの贈り物? ……それについてもレガートリータたちの話から、メイドが庭で壊したり破った布らしき物の中に、おそらくフェルマータからのアルトへの贈り物の残骸もあったのだろう。
それから、妹のほうを好きになったのなら、きちんと話し合いたいです。姉妹としても幼馴染としても、二人を応援したい。とフェルマータがアルトとレガートリータのことを完全に誤解していたこと。
観劇の前で目に入った虫を取っていただいたのは、従兄のバリストン・ソロン辺境伯令息です。以前の手紙でもお伝えしたと思いますが、親友とお従兄様は、二人だけにすると輪をかけて無口でお互いの気持ちが伝えられないようなのです。と二人の仲を取り持とうとしていたこと。
以前の手紙? ……母親の侯爵夫人に破かれた中にあったのかな?
この前商店街で転んだ私を支えていたのは、私の親友のクインティナ・デュエット子爵令嬢です。男装していたせいで勘違いさせてしまったのかもしれませんが、れっきとした女性です。誤解されたのなら申し訳ありません。と浮気していないと教えようとしていたこと。
近頃手紙の返事が全然届かないのは、本当に私のことが嫌いになったからでしょうか? 私のやっていることが何か気に入らないのでしょうか? アルト様の心がわかりません……
ところどころ話が飛んでいたり、自分が受け取った手紙を合わせても辻褄の合わない部分は侯爵夫人の手に渡った手紙だと言うことも、アルトの母親の伯爵夫人を通して侯爵夫人自らの謝罪で知った。
しかしどの手紙からも……彼女の赤裸々な気持ちが、想いが、溢れ出していた。
それから一番新しい……とはいっても、日付は5年前の、……アルトが出征する数週間前の日付だった。
……とうとうあの日は最後まで冷静になれずに婚約解消を申し出てしまいましたが、自分もしばらく誰とも婚約したいとも付き合いたいとも思えません。
(中略)
……と、長々とアルト様との思い出話を語ってまいりましたが、もしもアルト様にもまだ心残りがあるのなら、図々しい願いかもしれませんが、もう一度会いたいです。自分が会いに行くのでも、アルト様から会いに来てくれるのでもどちらでもいい。そしてできれば自分の本当の気持ちを、嘘偽りない心からの想いを聞いてほしいのです。都合のいい日を教えてください……
……
……そのようなことが書かれてあった。
では侯爵邸の門前でレガートリータ嬢に応対してもらったあの時、……窓から見ていたあの時、……フェルマータも本当はアルトに会いたかったのか?
彼女も本心では会おうとしていたのに、アルトは気付かずに勝手に勘違いし、誤解し合ったまま戦地へ行ってしまったのか……
それから後の出来事は、レガートリータがやんわりと言葉を濁しつつ教えてくれた。祝宴でもそう言われてみれば、暖かくなってきた季節にしては左手首を隠すように袖の長いドレスを着ていたのは……
他の男性の誰との恋愛も考えられないくらい、アルトのことだけをこれほどまでに一途に思ってくれていたのかと思うと、アルトの恋心が手紙を1枚読み進める度に益々再燃していった……
しかしバリストンとクインティナとレガートリータたち3人の後押し……だけでなくカルテット侯爵夫妻も、もちろんアルトの両親であるトリオ伯爵夫妻やテノールやファルセットたちも、祝宴時の二人の様子を見て、まだお互いに想いが残っているのではないかと気付いた。
だからこそフェルマータとアルトとの仲をなんとかしてあげたいと悩んだ。どうにかできないかとやきもきしながら、伯爵邸と侯爵邸とで何かと用事を作っては二人が会う機会をわざと作ってみたり、密かに2人だけの時間が作れるように根回しすることにしたのだ。
ある日、おかげでフェルマータとアルトとで、侯爵邸の春の小高い丘で2人っきりに取り残される形になった。
先ほどまでトリオ伯爵家の家族たちとカルテット侯爵家の家族たちが、レガートリータの提案でピクニックで賑やかに語り合っていたのに、夫妻とテノールとテノールの婚約者の6人は侯爵邸の南にある湖でボート遊びをすることになり二人を残して湖に向かった。
ファルセットと、レガートリータたち子爵令息家族は、オクテットが世話をしている仔馬を見に席を離れたために、気が付くとフェルマータとアルトだけ残されてしまった。
「あいつら……俺たちだけなんだか、嵌められたみたいだな」
アルトは頬を左人差し指でかきながら苦笑した。
「本当に。トリオ卿にまで気を使わせてしまったみたいで申し訳ないですわ」
フェルマータも気恥しそうに目線をアルトの胸元に下げて、軽く頭を下げた。
「あ……その……フェリ……フェルマータ嬢の話を3人から聞かされた。お前……いや。フェルマータ嬢も苦しんだんだなと……
怒っていないなら昔通り、アルトと言ってほしいのだが……」
アルトは5年前と変わってないと証明するかのように慌ててフェルマータに謝罪する必要はないと、顔を上げるように伝えた。
「……でもアルト様……いえ。でしたら私のこともフェリのままで。
それにしても思ったよりもお元気そうで……というのもおかしな話ですが、戦争中の後遺症も少なそうで安心しましたわ」
フェルマータは5年前と変わらず……否。5年という月日を隔てて尚一層募った想いを気付かれないように、殊更静かに丁寧に微笑を向けた。
しかし5年という年月は二人を大人にするのに決して無駄ではなかった様だ。
それから自然と、ぽつぽつと、あの時は実はこうだったとアルトから話し出した。
フェルマータの不格好な刺繍のハンカチを不機嫌そうに受け取ったが、真実は初めて刺繍してくれたと聞いて嬉しすぎて汚すのがもったいなくて、使わずに無造作にポケットにしまい込んだが、本心は恥ずかしくてだから自分の腕とタオルで汗と涙をぬぐっていたこと。
あの時は例も言わずに本当に済まなかったな、フェリ。とアルトは耳を赤くして、実は戦争中もお守り代わりにして持っていたと、色褪せて拙い刺繍の為にアチコチ解れていたが確かに自分が刺した覚えがある小鳥と木の実らしき刺繍入りのハンカチを見せてくれた。
黄ばんで生地がボロボロに擦り切れていたが、十何年も大事に持ってくれていたのかと思うと、可笑しくて吹き出してしまった。
「ああ、やっとフェリの笑顔が戻った」
「やだ……揶揄うアルト様は嫌いですわ」
拗ねるフェルマータを、それでも優しく幼少時の頃の様に、頭をぽんぽんと撫でてくれた。
フェルマータは、ああ……恋人同士としてではないけれど、義兄義妹だった頃の、幼馴染だった頃の私たちに戻れたのではないかしら……と寂しいけれど嬉しくなった。
それから、熱を出して寝込んでいても見舞いに来ない……と思い込んでいた時。お見舞いにとせっかく訪問したのに、病気が感染るからと執事のセバスチャンに追い返されたが、実は後からフェルマータとアルトの仲を両親以上に心配し小父さんみたいに接していた庭師のオクテットが、花束を渡してあげようとフェリの下に届けてくれたんだよ? とか。
そう言えば、寝室の花瓶に見知らぬ花が活けてあったことがあったのがそれだったのね? とか。
本当はもしかして? ……他にも今までも気付かずに、贈り物を壊されたり失くされたのはメイドのせいだと判明したし。手紙などはメイドか、母親のトレモロリア侯爵夫人か、内容によっては執事のせいもあったのね? と判明した。
実はセバスチャン執事は、父親であり主人であるカルテット侯爵から、自重させるようにとスキンシップや接吻など見張られ監視されていたなどのことも合わせて判明した。
それに気恥しいけれど、メイドの部屋から発見されたアルトの愛の言葉を綴った手紙や、レガートリータの部屋から発見されたフェルマータの手紙などを、レガートリータたちを通して読むことができ、5年前お互いを勘違いしていた想いを、改めて見つめ直すことができたのだ。
おかげでお互いがすれ違っていたのだな。他にも行き違っていたことがあったのかもしれないわね? と5年の月日を埋め合い、また5年前の誤解を紐解くように話し合い語り合った。
アルトはメイドが謀った話には激怒するも、フェルマータへの想いがますます募るだけで、しかし結局、今でもフェルマータのことが好きなのだと胸を焦がすだけで『好きだ』とそのたった一言を言い出す勇気だけが出せなかった。
二人っきりにしてピクニックを開いていた侯爵家の小高い丘で語り合う二人の仲睦まじい様子に、トリオ伯爵家の家族も、カルテット侯爵夫婦も、レガートリータたちも一安心して微笑み合った。
それから何か吹っ切れたらしいフェルマータにカルテット侯爵は、求婚者たちの話を伝えた。もちろん政略ではなく父親の立場として、とも一言添えた。
フェルマータは、父が選んだ人たちなら信用できるはずでしょうから、とりあえずお見合いしてみますと返事した。
しかし父親の侯爵が厳選した求婚者と見合わせたが、未だにアルト以外気に入る男性も、心がときめくような想いを相手に抱けることもなく、結局失礼のない範囲でていねいに縁談のお断りをするしかなかった。
実はそれだけではなかった。
20歳越えている嫁き遅れだから誰でも構わないだろうと生半可な気持ちでいるふざけた男とか、遊び相手にはちょうどいいかもななどと考えているような者、誰が彼女を落とすか惚れさせるか賭けをして揶揄う気持ちで求婚を申し込んだという相手や、祝宴以来社交場に出てこないフェルマータの婚約者に立候補して近寄ろうと話をしていた男性たちを、アルトが直接的に社交場に出た時に牽制したり、父やテナーや経営上の仕事先に相手がいた時に、経済的に牽制していたのである。
ファルマータがアルト以外を選ぶなら、大切な幼馴染を娶るつもりなら、アルトが相応しいと思える相手ではないとと、義兄のような気持ちで本気で守っているつもりだったのだ。
アルトがそうして、フェルマータの気を引くために近寄る男たちを牽制するも、戦争でできた顔の傷……左の額から頬と顎にかけての斬り傷がコンプレックスでアルトから告白することはできなかった。
しかしフェルマータは、顔の傷など全然気にしていなかったのだ。
むしろアルトの痛々しそうな傷が、自殺をした自分の左手首の傷と重なり、アルト自身も、上司や先輩や戦友たちを失くしたり、彼らに守られたり、逆に上官や戦友や後輩たちを守るために精神的にも身体的にも傷つき、苦しんで、辛い体験をしてきたと知り、余計に惚れ直していたのに。──
◆えっ結婚してしまうのですか!?
──フェルマータとアルトたちとの間に5年もの歳月が経ったように、フェルマータの親友のクインティナ・デュエット子爵令嬢は21歳に。従兄のバリストン・ソロン辺境伯令息は23歳になっていた。
彼ら二人も戦争中により、クインティナが後方支援や物資の搬入や護衛を、兵士から騎士に昇格したりしたことなどでますます勤務上の責任が重く多忙になったために、戦争が落ち着くまで、二人の親友であり従妹でもあるフェルマータが結婚できるまでは、と婚姻を先延ばしにしてくれていた。
「親友であるフェリを置いて、先に幸せになるなど考えられん。だからフェリは気にしなくていいんだよ」
「そうだよな。可愛い従妹のフェリがいたからこそ、オレたちは今こうして婚約者としてあることができたのだから。フェリこそ、自分の幸せを一番に考えてくれ」
「でも、ティナ、バリスお従兄様……私一人の我が儘のせいで、ソロン叔母様に、孫を抱かせると言う夢を壊すことはできませんわ?」
しかし戦争が5年も経ってやっと終わり、フェルマータとアルトとの仲は、幼馴染には戻ったかなと周囲にも言い合っていたが、お互いどう見ても幼馴染以上の想いを抱いているのではないかと、未だぎこちなくて微妙な関係であった。
フェルマータは、父であるダカーポ侯爵や執事のセバスチャンたちと行う領地経営の手伝いなどが楽しく、母のトレモロリア侯爵夫人や妹であるレガートリータととの仲も良好になって余裕もでき、日々を謳歌していた。
心の傷もかなり癒されたようで、フェルマータは、私に関わらず二人にも結婚してほしいな。理想の夫婦になってほしいな。と懇願され、とうとうどうにか婚姻を決意することにした。
それに、もしかしたら自分たちの関係が進展することで、フェルマータとアルトとの煮え切らない関係にも喝を入れられるかもしれないと言う予感があったからだ。
そんな風に、レガートリータとデクテット夫妻や、テノールたちとの交流を介して、フェルマータとアルトとの最近のぎくしゃくして昔通りとは言えないながらも、二人が互いの心の傷を埋め合うような関係になった様子を知ったバリストンとクインティナは、とりあえず一安心していた。
そんなバリストンとクインティナはある日、戦争終結後の喧騒から逃れ、辺境伯邸の訓練場でそれぞれ手合わせしたり、後輩や新入りや見習いたちに指導したり、指導を頼まれたりしていた。
「はあ~っ……尊敬し憧憬しているソロンお義母様から孫のことを言われたら確かに辛いし、……親友であるフェリからどうしても、とそこまで言われているからには……ボクも覚悟を決めた方がいいのかもな」
「それじゃあ、ティナ……本当にいいんだね?」
「だからさ、……ちゃんとボクをソロン辺境伯夫人以上に繋ぎ止めてよ。きちんとプロポーズしてほしいんだ……」
「ティナ……オレは……オレは生涯お前の背中を守りたい。だからどうか結婚してくれ!」
バリストンはその場で片膝をつくと、クインティナを見上げて騎士の命に等しい剣を地面に置くと、懐から指輪入りのケースの蓋を開けて、クインティナに掲げた。
「騎士の誓いは国に捧げるものだからオレの剣は捧げれない。……だがオレの恋心と募る想いはクインティナ・デュエット嬢のためだけに捧げると、この場で誓う」
「……バリス……ボクも、バリストン・ソロン唯一人にしか背中を預けたくないよ……」
クインティナは指輪を受け取ってバリストンの肩に抱き着くと、バリストンはクインティナの腰を抱きかかえながらくるくると回った。そのまま二人はどちらからともなく接吻をした。……
「できれば子供は6人くらい。男3人女3人づつ。兄弟姉妹を沢山つくってほしいなあ。ああ、あとそれから……」
「ちょ、ちょっと……バリスッ! 待って、……待ってったらあ~っ!!」
二人のプロポーズの場所は、あまりロマンチックとは言えない辺境伯家の訓練場。
「ふむ……まあ、うちのバカ息子にしては上出来なプロポーズじゃないかしら。ラルゴの時ほど情熱的ではないけどね。貴方」
「ははは。あいつなりによくやったと誉めてやろうか。これで孫が抱ける日も近いかな」
その様子を上階から見ていたソロン辺境伯夫妻も、ソロン家を出入りしている騎士達も、既婚者や婚約者のいる者たちは口笛を吹いたり、独身者たちは『羨ましいぞ!』 と叫んで揶揄った。
「まあ! 二人とも本当に? ……よかったじゃない、ティナ。おめでとう!!」
クインティナとバリストンの二人が決心して婚姻の報告をしに侯爵邸を訪問すると、フェルマータは感極まってクインティナとバリストンそれぞれに抱きついた。……
「……どれだけ待たせたかわかってるの? こんなに待たせてやっと結婚を決心してくれたのね!!」という言葉をフェルマータが告げた。
ところがアルトがタイミングよく? 否、悪く? 侯爵邸に用事があって訪問した時に居合わせてしまい、抱きしめ合うフェルマータとバリストンを見てしまった上に、先程聞いた言葉で、さあっと顔色を悪くした。
「す……済まない。今日は日が悪かったようだ。……」
「え? アルト!? ……待って! アルトーッ!!」
「二人とも幸せにな!!」
アルトは完全にフェルマータに向けて祝いの言葉を放ったようだった。そのまま侯爵邸を出ると、乗ってきた馬でさっさと走り去った。
「アルト……そんな……違うのに……」急いでフェルマータは抱き着いていたバリストンから離れると、アルトを追いかけようとしたが既に彼の姿は遠くなっていた──




