side妹レガートリータ・カルテット視点? 妹の秘密
◆side妹レガートリータ・カルテット視点? 妹の秘密
── フェルマータ・カルテットの妹として生まれたわたしは、前世の日本でたぶん車の事故で亡くなって、気付くと異世界に転生していたことに気付いた。
ただ前世の記憶とは言え、映画か小説を見ているような知識みたいな感覚だ。
自分が何者で名前なども何歳くらいで死んだのかは思い出せないが、どうやら前世のわたしにも姉がいたようだ。それに前世の母。
前世の母はとても優しく……いえ父親に従順すぎるくらい洗脳されて、所謂モラハラ、パワハラ、DVをされてた。特に酔っていると、暴力で母親に当たった。母親を庇おうと姉が止めに入ると、暴力は姉に向いた。
多分、幼かったわたしは母と姉に匿われて押し入れで小さくなって息を殺して嵐が去るのを祈って過ごした。
姉やわたしのような子供から見たら大人は巨人としか見えない。そんな巨大な大男から暴力振るわれてるようなものだからビビるなんてものじゃ済まない。恐ろしい凶器だよ。
そんな父親? ……いえ、前世の母の様子からもしかしたら血が繋がってなかったのかも? そんな碌でもない男だったから、ある日酔ったまま、母が細々と内職で稼いだお金を根こそぎ持ち出して2度と帰ってこなかった。どこかで野垂れ死んでればいいと思った。ざまあみろ……
それから前世の姉はすごく美人で頭もよく勉強も常に首位かトップグループ内。就職してからもあっという間にキャリアウーマンまっしぐらで出世して母に楽をさせてやるんだと頑張った。
だけどそのせいで返って男性たちに遠巻きにされて、男性付き合いが苦手で、何度か恋愛もお見合いも一度目の結婚もバツがつくような結果だったということだけは覚えている。
その前世の真面目過ぎて母と妹思いで、自分のことは後回しにしてきた姉に、今世の姉もとてもよく似た性格と美貌を持ってると思った。容姿は日本人と外人なので全然違うけど、雰囲気がね、似てるんだ。
それと母……姉がいなくなった後、二人で抜け殻の様になり何でもない風邪をこじらせ……そうして一人ぼっちになったわたしを寂しくないように、何者かがこの異世界で新しい家族を与えてくれたのかな? しかも今度の父は良識的でいい父親のようだし。
しかし最初は、やったー? 異世界転生ばんじゃーい……なんて浮かれたけど、え~魔法ないの? チートもなし? あ……でも電気みたいなものはある?
それに前世での常識だとか知恵が変に気になり、今世では侯爵家という高位の貴族には色々な制限やしがらみがあるらしく、貴族としての在り方や振る舞いや常識についていけず、幼少の頃はとんでもないことをしていたが、幼児のすることだということと今世の母親からの溺愛で失敗も大目に見てもらえ、小さくて些細なことだと思われてた。
それでも成長するにつれ前世の記憶に引きずられ過ぎないように、何とかこの世界の貴族としての常識を砂が水を吸収するように受け入れるようになって行ったのはよかったのか悪かったのか。
とはいえ、知識チートで改革などできるほどの知識があるわけでもなかった。中世ヨーロッパ風な世界のようだけど、料理は発展していてもしかして別の時代に前世持ちか落ち人とか渡り人みたいな人がいたのかな?
とはいえ洋風に偏っている感じがするので、その内和食を流行らせたいという余地はありそうだけど。それでも美味しい物ばかりあるし、文明もかなり進んでいるようだし、水道や水洗トイレが完備されているだけでも眉唾物だったのだから。
まあ、学ぼうと努力するのに、前世の知識のおかげで多少のズルはしたけど。母親は、姉と違ってやたらとわたしを甘やかそうとしてきたので、母や姉は本当に尊敬すべき素敵な淑女で、見習う手本として、わたしは母や姉を手本に貴族としての在り方を学んだ。
逆に母はことあるごとに姉に対してはとても厳しくて、行き過ぎなくらい怖くて、碌でもない前世の男を彷彿とさせた。
けれど前世のあいつよりまだましだったのは、わたしや父といる時は、貴族の淑女らしく普通の母だったから。姉なんだから、先に生まれたのだから我慢しなさいってやつかな? 貴族様だから年功序列を大事にしてるのかとわたしは思い込んでいた。
でも……実はそうではなく、かなり後で、わたしの目の届かないところで、母は祖母から受けた仕打ちを八つ当たりみたいな形で姉に暴力をふるっていたと知った時はショックだったけどね。
それを知るまでは暴力を奮う母が前世の碌でなしみたいにならないように、今世の母が厳しい顔をしたり、姉に手を上げそうになる度に、前世で姉に庇われたように今度はわたしが守ってあげようと行動した。
赤ん坊だった時は泣きわめいたり、ある程度動けるようになったら、今世の母にまとわりついて、姉に暴力が向かないように見張った。
その内姉もどういう態度でいれば、どう動けば母を避けられるか学習したらしい。それにわたしも成長して、母に買い物をお強請りしたり甘えたりなどして、姉に意識が向かないようにしたから、逃げられない幼児期よりは少しは楽になったはずだと思う。
ただ姉がなんでも持っていて父に溺愛され、母からは厳しくされていたが期待されているから何でも完璧にできるから、母親から嫌味の様に厳しく声をかけてもらえるのだと思い込んでいた。
そんな、とても憧れてよくできた姉が、当然この家の跡を継ぎ婿を娶るだろうことに疑問も抱かなかったし、わたしが両親の選んだ政略結婚の駒や道具にされるのか、溺愛する母親のお気に入りの貴族に嫁がされるのかということも納得していた。
そんな敬愛する姉の持ち物を身に着けると、姉みたいになれるのではないか、姉に近づけるのではないかという今思えば幼稚で浅はかな考えで姉をよく困らせていた。
だから姉が断らないのをいいことに、我が儘三昧に姉の持ち物を欲しがり、
「このドレスわたしも着たいなあ」
「この宝飾品、素敵ね」と、時には強引に奪った。
だからこそ、わたしの結婚の心配よりも、家を盛り立て守っていく覚悟の姉に、禄でもない男と縁ができることだけは何としても阻止したかった。
そんな今世の姉が10歳くらいの頃から、公爵夫人である祖母がよくお茶会を開いては姉の将来の側近候補だろう年頃の令嬢や、婿候補だろう年頃の令息を連れた貴族たちを呼び入れるのを、母や侍女たちに溺愛されているのを利用してわたしも遊びや散歩の途中で迷い込んだ振りをしては混ざって様子を観察していた。
姉は幼少の頃から自慢じゃないけど本当に美少女だったから。
招かれた貴族の令嬢や令息たちは侯爵令嬢である姉に媚を売るように親から言われて友達になりたいと群がったのだろうけど、令息たちのほとんどが一目惚れしたのはとてもよくわかった。
しかし大半は、元公爵夫人であったお祖母さまや、侯爵家を継ぐ姉の権威にあやかりたいか、財産や資産目当てだった。
それ以外の令息は、わたしも自惚れかもしれないけど姉とはまた違って見た目愛くるしくて可愛いく見えるから、母や侍女たちからは天使のような少女だと言われていることを最大限利用した。
特にギャンブル好きや金遣いが荒く浪費癖のある人、暴力的な人、浮気症な人、15歳前後の男性ともなると女性癖の悪い者もいるので、頑張ってぶりっこしてみたり、10歳越えてからはわざと科を作って近づいたり、12歳になって女性らしい身体つきになったら嫌だったけれど身体の一部を倒れた振りや物を取る振りをして押し付け、簡単に姉から乗り換えるような軽薄な下心満載な令息たちを選別した。
不適切な人材は祖母や父に報告して、姉の相手としても侯爵家を継ぐものとしても相応しくないと進言した。
それに、小さい頃から桃色の派手な髪で可愛いと言うよりも本当に綺麗で、美人の部類に入る姉は、なぜか誤解されていたようだった。もしかして侯爵令嬢という高位の令嬢の姉への腹いせに、目当ての令息を奪われた令嬢の誰かが社交場で流布した噂なのかしら? と思っていた。
噂を消しても消しても別の場所から流れてくる。噂の出処を調べていくうちに、実際は母親に心酔し、またアルト義兄さんに横恋慕していたメイドの仕業だったらしいってことが後々わかるんだけどね。メイド仲間を使って流布していたと。
その内容が本当にひどいもので、姉は男好きだとか、淫乱で奔放な女なのでどんな男相手にも簡単に股を開くとか、しょっちゅう色んな男を寝所に誘い込んでは遊び歩いてる女だとか。本当になんてひどい! 許せん!!
ただ噂の半分は、姉の見合いの席に身体で篭絡して姉のお相手の選別をしていたわたしのせいもあったみたい。
逆に噂を信じて近づく令息相手に、見た目は自分で言うのも変だけど本当に可愛らしくて清楚で清純そうなわたし自身を大いに活用した。
婚約者にするなら妹のレガートリータ嬢、遊ぶなら姉のフェルマータ嬢と、色眼鏡をかけて姉に婚約を打診したり、男性も出入り自由なオープンなお茶会などで男性が姉に近づくと、浮気性な男を姉から遠ざけ近づかせないためにわたしはわざと姉に好意を寄せる男を誘惑した。姉を守るために。
けれどアルト義兄さんだけはどう誘惑しても違った。
私が10歳の時、幼馴染のアルト・トリオ伯爵子息のお義兄さんが、姉の婚約者になった。わたしはアルト義兄さんのことを異性として好きなわけではなかった。
「お義兄様、ようこそいらっしゃいました。将来の義兄妹同士になるのですもの、わたしも参加させていただいてよろしいでしょう?」と、姉とアルト義兄さんとの間に割って入ると、彼自身、弟妹がいたからか、あくまでもわたしに対しては、将来の義妹になるという扱いしかしてこない。
それにも関わらず姉に対する態度だけが煮え切らない。
だからデビュタントのエスコートをアルト義兄さんが断ったと聞いて、なにやってるんだ! と憤慨したものだ。
「……お姉様……残念でしたわね」とやせ我慢して大丈夫という振りをしている姉に声をかけると、前世で好きな人にふられた姉みたいに無理して微笑するんだ。
だから姉に嫉妬してほしくて、わざとアルト義兄さんからの贈り物を欲しいともらったり、強引に奪ったりもしたが、姉はちっとも惜しがらなかったのが不思議だった。
「お姉様……知らなかったこととはいえ勝手に使ってしまいごめんなさい……お姉様に返しましょうか?……」 と母が購入してくれたものだと思い、実際は本当にアルト義兄さんからの贈り物だと知らないものもあったから。
けれどアルト義兄さんが贈った物をわたしが身に着けているのを見て厭な雰囲気になると、わたしの方が似合うからあげたのよ。いけなかったかしら? とわたしを庇ってくれるのだ。本当になんて優しくて素敵な姉だ。
けれど母は、わたしがアルト義兄さんに対する態度を見て誤解したようだ。
姉がいない時にアルト義兄さんの相手をわたしにさせるようになった。義兄さんも暇で来ているわけじゃないのに。
けれどそれを逆手に取りアルト義兄さんからの姉に対する愛情や気持ちに気付いてあげてほしくて、仲を取り持とうとした。
「お姉様の代わりに市井にアルト義兄さんと買い物に出かけた際に、確かにアルト義兄さんとわたしが選んで購入した物があったはずなのに……」と、アルト義兄さんは姉への恋心をこめた花言葉の花束以外にも、実は甲斐甲斐しく沢山の贈り物をしてくれてたんだよとか教えたり、一緒に街に出かけて姉と鉢合わせさせたりしたのだ。
これには辺境伯令息のバリストンお従兄ちゃんも協力してくれた。
「あら、バリストンお従兄様はわたしに対しても優しくて素敵なお従兄様ですよ?
そうだ! 問題なければこのままご一緒しましょうよ」
「その通りだよレガート。フェリもレガートもオレには可愛い従妹たちだからね。同じ場所に行くなら一緒に行かないかい?」 けれど真面目なアルト義兄さんは一刻も早くその場から去ろうと焦ったようだ。
「いえ。侯爵夫人があまり遅くなるとご心配されるから、我々は先においとまいたします」
「残念。お母さまの言いつけなら仕方ないわね。お母さまがいない時だから、たまにはお姉様と一緒に行きたかったのになあ……。お姉様、それではわたしたちはお先に失礼するわね」
「ええ、レガートリータ。また次回時間の合う時に一緒に参りましょうね」え、姉がわたしを珍しく誘ってくれた? この時は本当に嬉しかったな。だって母がいるおかげで姉との交流は幼い子供の時以来全然なくなったから。
「本当ですか、お姉様。約束ですよ?」
「トリオ卿、レガート、またね」
「お従兄様、お姉様、ではまた」でも姉と出かける約束は少し後になってから果たされることになったけどね。
それにタイミングが悪いのかアルト義兄さんと鉢合わせると、姉は誤解して避けるようになったのだ。
わたしが余計な策を弄したから悪かったのか……気が付くと姉とアルト義兄さんは婚約を破棄? ……いや解消か。婚約を解消してしまったのだ。
さらにわたしとアルト義兄さんとの仲を誤解した母が、親友との約束が果たせる。フェルマータを義娘にできなくなったけれど、娘はもう一人いますわ。レガートを婚約者にどうかしら、とわたしをアルト義兄さんに押し付けようとしたのだ。
アルト義兄さんの姉への態度と、半分は父との政略的な関係もあるかもしれない? けど、どう考えても姉一筋でしょうに。母は一体何を見てきたんだろう? いくら姉を苦手にしていたからって。
わたしもそこまで拗らせたかったわけじゃないのに、そんな姉は摂食障害になるほどの病気になり、引き籠もるようになったのだ。
裏切られたと思うような行動をしたわたしと、苦手らしい母とを絶対に近づかせず、侍女かセバスチャンが運ぶ食事を乗せたトレイを扉越しに出し入れする以外、接触を断った。
それならばと、せめて前世チートだ、飯テロだ! とこの世界に未だなかった和食を中心に食べやすい材料、消化にいい調理方法を料理人たちに教えた。うどんとか、お粥とか、おじやとか。スープはあるけど、具沢山の味噌汁やけんちん汁。ぷりんや蒸しパン。少量でも栄養が少しでも摂れるように、ジャムや果物を入れたスイーツを作ってもらい、それらを渡してもらった。
しかしそれからさらに約1か月後くらいに、先ぶれも出さずにアルト義兄さんが訪ねてきた。
庭師のオクテットさんが執事のセバスチャンさんを呼んで、門前払いされそうになっていたのをわたしが気付いたけど、この男のせいで姉は拒食症になったのに、何を今さらと腹が立ったので、何の用ですか、と怒りを露わにして不快感を隠すことなく対応した。
するとアルト義兄さんは、隣国の蛮族が仕掛けてきた戦争のため、最前線の一番危険な地域に行くことになった、と訪問の目的を告げたのだ。
さすがにわたしも驚いて、もしかして最後に姉に一目会うため? いやいや縁起でもない! ……姉を呼んでこようか? と申し出た。
アルト義兄さんは窓辺で見ていた姉に気付いたみたいだけど、会いたくないと嫌われてる男の下に無理に連れてくることはないよ。達者でな。と悲しそうに微笑したアルト義兄さんが気の毒になった。
ここで姉を会わせなかったことを一生後悔すると苦しくなった。半分はわたしの愚かな行いのせいでこうなったのだと責任も感じたし。
だから、必ず生きて帰ってこないと一生恨むからね、と吐き捨てた。
アルト義兄さんはわたしの言葉にありがとうと笑ってつぶやくと、待たせてあった馬車に飛び乗って去った。
それから、オクテットさんとセバスチャンさんには、アルト義兄さんが訪問した目的を口外しないように箝口令を布いた。
けれどうっかりメイドさんに知られて、そこから姉に伝わってしまったらしく、普段は礼儀に厳しいセバスチャンさんが血相変えて、わたしを探して邸内中を走ってきた。
姉の様子がおかしいと二人で姉の部屋に行くと、……姉が自殺していた……
前世の姉と同じ結果になって助けられなかったことに、わたしは胸の動悸が激しくなり心が痛かったけど、発見が早かったおかげかまだ息があるのに気が付いた。今世の姉は絶対に助ける。間に合わせてみせると、セバスチャンが呼んだ医者の手当が間に合い、一命をとりとめた。




