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sideメイド・リリコ視点


◆sideメイド・リリコ視点

 ── 13歳のあたしが侯爵家のお嬢様たちのお世話係のメイドとして働くようになったのは、上のフェルマータお嬢さんが10歳、下のレガートリータお嬢様が8歳の時。







 貧乏な癖にやたらと金遣いが荒く愛人たちに貢いでばかりいる女と、賭け事や投資にばかり命まで賭けちゃうんじゃないかという勢いの男のいる、男爵家の5番目の末子として生まれました。


 長男以外の上の兄姉たち3人が次々と金持ち連中の家に嫁がされたり婿入りさせられたり、家出したり、嫡子でないあたしも、娼館行くか金持ちの老人に嫁がされるか選べと言われた。


 もちろんどっちも嫌だったあたしは使用人や女の愛人に上手く取り入って伝手を作り、侯爵家が二人のご令嬢の為に同じ年かもしくは少し年上でもいいから、メイドを探しているという話に即座に飛びついた。


 その後、ずっと連絡なんてしなかった。あたしが稼いだ給金を毟り取られるのが目に見えてわかったから。何年かして没落したとか夜逃げしたとかいう話を聞いたけど、あたしの知ったこっちゃない。


 1度だけ家出した兄が大成功して、多分あたしと同じ条件で碌でもないとこに婿入りさせられそうになってたから、両親たちが訪ねてきても体よく追い返したらしいとか。


 家を継ぐはずだった長男も、騎士団の試験を受けに行ったけど、あまりにも根性がなく努力もせず厭がって役に立たないと追い出されて、1度だけ路地裏でボロ雑巾のような格好をして残飯を漁っているのを見かけたけど、それっきり行方は知れない。


 そんな奴らみたいになりたくないあたしは、侯爵家で結構、真面目に働いてたんだ。


 上のお嬢さんは貴族そのままでいつもお高くツンと澄まして苦手だったけど、下のお嬢様はころころとまあ表情豊かで妖精か天使みたいだし侯爵夫人には内緒だと使用人や料理人と交じって家事をしたり気さくで、あたしの理想とするお姫様みたいだった。






 そんなお嬢様たちのお世話を真面目に頑張ってたあたしだから、神様がご褒美をくれたのかもしれない。だって15歳のある日、銀髪の王子様みたいな人に出会ってしまったのだから。


 最初は執事のセバスチャンさんからお嬢さんの婚約者だと紹介されたから、訪問した時は貴族令息に対する緊張と礼節を守って接してたけど、王子様がお嬢さんの顔を見ようとするたび、顔を横に背けるんだけど、その視線の先にいるあたしを必ず見てくれてることに気付いたんだ。


 しかもその度にあたしを見て顔を赤く染めてたこともちゃあんと知ってるんだからね。あ……これって、もしかしなくても、あたしに一目惚れしたから?


 そっかあ。禁断の恋ってやつだよねこれ? あたしのこと好きだから見てくれてるに違いないと確信したんだ。


 それに、どうやら家同士の事業のための政略ってことらしい。それならいつかあたしにもチャンスがあるよね?


 だから確実に王子様があたしのことをもっともっと好きになるようにと、以前自称母親だった女の愛人の伝手や、あたしが家から逃げ出したずっと後に、解雇され職探しで知り合った元使用人たちで、別の貴族家に雇われたメイドたちのネットワークを使って


 「フェルマータお嬢様は淫乱で奔放な女なので、どんな男相手にも簡単に股を開くわよ」という噂を流してもらった。


 それからは余程忙しい時以外は、王子様はあたしに会いに来るために侯爵邸を訪問しに来てくれた。しかも毎回大小のあたしの好きな花で作った花束を持って。


 身に着ける宝飾品なんかを贈り物にすると、あたしが身に付けてたら禁断の恋がバレちゃうからだよね。


 でも花束なら、表向きはお嬢さんに渡してくれって言われるけど、大丈夫。あたしにはちゃあんとわかっているんだ。


 だから邸中あたしの好きな王子様があたしのために持ってきてくれた花束だらけになるように飾った。


 「ここに飾ってくれてるのか。ありがとうフェリ」


 そうよ、あたしって優秀でしょ? 王子様が邸の廊下や応接室や居間で花瓶に飾られた花束を見る度に、あたしと王子様の密かな思いを共有できて幸せだった。お嬢さんに呼びかけているけど、あたしへの合図だってしっかりわかったよ。


 だけどお嬢さんのデビュタントで、エスコートを考えてると言ってきた。そんなことしたら、王子様がお嬢さんの婚約者として公式に認められてしまうじゃないか。それだけはなんとしても阻止しないと。いえ、だからあたしに伝言するように頼んだのね? だって王子様はあたしと結ばれる運命にあるんだからね。


 だから先ずは誰を味方にすればいいか考えたあたしはこっそり教えてやったんだ。


 「トリオ卿からのご伝言で、伯爵領地内での流行り病の事後対応と、大雨により領民が困っているために、その対応でトリオ伯爵閣下とともに領地の政に専念したいのですが、フェルマータお嬢様がどうしてもエスコートを頼めないのかと侯爵閣下にお願いしていただけないかと我が儘を仰って……それで一度、奥様にご相談しようかと……」


 「リリコ、それ本当? ……ふうん。それはとってもいい情報を教えてもらったわ。……

 リリコ。これからも貴方がお給金をはずんでもらって職にあぶれたくないなら、あの子についての情報をなんでもいいからわたくしに教えて頂戴ね?

 誰に一番忠誠を誓うのがいいか、わかっているわよね?」


 「もちろんでございます奥様」


 ほら、こうやってあたしがちょっと情報を投げ与えてあげれば、それを受け取った側がどう使って動くかによって、あたしのせいだとは誰も思わないじゃない?


 それにあたしは、お嬢さんは苦手だったけど、お嬢様の幸せを邪魔するつもりはなかったし、王子様の幸せを妨害するつもりもなかったから、奪おうとか考えていたわけでもない。


 だから王子様が訪問してお茶会の席に着くたびに、お嬢様が


 「お義兄様、ようこそいらっしゃいました。将来の義兄妹同士になるのですもの、わたしも参加させていただいてよろしいでしょう?」と、お嬢さんと王子様のお茶会に入るようになったので、お嬢様も王子様のことが気に入ったんだと知ったの。


 ただ最終的にはあたしの良さに気付いて、あたしの元に戻ってきてくれるはずだから、今はほんのちょっとだけお嬢様の為に王子様を貸してあげてるだけなんだ。


 だから王子様から、訪問したいと先ぶれが来るたびに奥様に報告しに行った。


 その度に奥様は


 「あらそう……じゃあフェルマータに伝えてくれるかしら? 注文しておいたものが届いているかどうか確認するように商会に行ってほしいって」とか、


 「手紙を出してきてくるように頼んで頂戴。」とか、


 「今は手を離せないからわたくしの代わりに知り合いに挨拶しに行ってくれないかしらねえ?」とか、本来は使用人の誰でもできるような何かしら適当な用事を言いつけては、お嬢さんと王子様が会うのを避けさせ、あたしと会う時間が少しでも増えるようにした。


 逆にあたしにお嬢さんから、


 「今日は観劇に親友のクインティナ・デュエット子爵令嬢に誘われたから出かけるわね。

 もしアルト様の先ぶれが来たら、訪問しないように伝えてくれる?」 とか、


 「今日は孤児院へ慰問するから私を誰か訪ねてきてもお断りしておいてね?」 とか頼まれた。それらも全て奥様に報告した。


 すると奥様が上手に、お嬢様を連れた王子様が同じ場所へ行くように誘導し、辺境伯のお従兄様とお嬢さんが逢引きしている現場に鉢合わせたり、目撃したりしたらしい。


 けれどこのままでは政略とはいえ王子様もご主人様から頼まれた身、


 「たまには観劇や、孤児院への訪問を一緒に行こうか?」 と珍しくお嬢さんを誘った。


 その日を指折り数えて楽しみしているお嬢さんの姿を見て、あたしはまた奥様に報告した。すると案の定、奥様はお嬢さんにお使いを頼んだ。奥様に逆らえないお嬢さんの性格上、断り切れなくて泣く泣く出かけて行った。


 その結果訪問してきた王子様に奥様がお嬢様を連れて対応した。


 「アルトさん。代わりに妹のレガートを連れて行ってくれないかしら」優しい王子様だもの。苦笑しながらもお嬢様を連れて出かけた。それに


 「年下で、弟妹たちの世話はテナーやファルセットで慣れているからね」と仰った。


 また別の日、王子様にあたしから、


 「トリオ卿、これからあたしが告げる話にしっかり気を持ってショックを受けないでくださいませ。

 実は……フェルマータお嬢様が、この前男性とキスしているところを見てしまって……ご婚約者様のいる身でなんて破廉恥なと思いましたが、黙っているわけにいかず……申し訳ございません。お嬢様を諫めることができないあたしの責任ですわ!」とか、


 「お嬢様が男性と抱き合ってました!」とか、


 「どうやらお嬢様はお従兄様のことを親戚の付き合いで出会ってから好きになったらしく、ご婚約者であるトリオ卿を裏切って浮気しているようなのです……あたしも協力しないと解雇すると脅迫されて……隠していて申し訳ございません!」とか告白した。


 「フェリが……俺以外の男と?……いや、君は悪くない。だが教えてくれてすまないね。仕事に戻っててくれ……」


 ほらね。王子様はお嬢さんよりあたしのことを気にかけてくれるじゃない?


 他にも、手紙などの配達人が来る時間は大体知ってたから、お嬢さんからの王子様宛の手紙のいくつかは無難な内容の物以外は抜き取り、お嬢様の衣裳部屋の当分使いそうにない葬儀時にしか使わない道具箱の中に隠した。


 お嬢様たちのお世話係の特権を大いに活用し、お二人の部屋には出入り自由だったからね。それにこうしておけば、例えお嬢さんと別れた王子様がお嬢様に篭絡されても、この手紙を隠したのがお嬢様だと疑ってくれたら、最後にはあたしのところに戻ってくるものね。


 逆に、王子様からお嬢さん宛ての手紙も抜き取って封蝋を崩さないように丁寧にはがすと、中身の文章を確認し、当たり障りのない内容の手紙は封蝋の周囲にちょっとだけ別のロウソクの火で熱を与えて手紙に封をしたものだけをお嬢さんに渡した。


 愛の言葉を綴った手紙はあたし宛ての物だったから、残らずあたしの部屋のベッドの下の、以前使用人たちにとご主人様からのおすそ分けでもらったお菓子の缶の中に隠した。秘密の恋だからね?


 デートの誘いが書いてある手紙や観劇のチケットが入っている手紙は奥様に渡し、残りの手紙はお嬢さんの手紙と同じようにお嬢様の衣裳部屋に隠した。


 お嬢さんに政略で義理で厭々つきあうとはいえ、王子様を密かに好きなお姫様みたいなお嬢様が悲しんだらあたしも悲しいからね?


 それからも贈り物が王子様から渡されたら、あたしの趣味と明らかに違うものはばらばらに壊したり引き裂いて庭に埋めた。お嬢様に似合いそうな宝飾品は奥様に渡して、残りのあたしの趣味に合う物はあたしの部屋のベッドの下の缶に入れた。いつかこれらを身に着けて王子様に堂々と抱きしめられる日を夢見てね。






 そんなある日、お嬢さんの部屋で支度を手伝うように頼まれて髪を梳いていると、珍しくお嬢さんが愚痴ってきた。


 「ねえ、リリコ。私とアルト様、このままでは婚約を解消した方がいいのかしら……」


 え?! ……やったー! とうとうお嬢さんも王子様との政略結婚を諦めたらしい。これで王子様はあたしのもの……あたしは内心の喜びを隠して提案した。


 「まあ……お嬢様! 婚約は家と家との結びつき。そのような事可能なのでしょうか?

 ですがお嬢様がそれほど苦しんでらっしゃるのなら、侯爵閣下に一度きちんとご相談なされては?」


 そうそう。手続きには順番ってものがあるからね。


 「……そうよね。家同士の政略だったわ……でもだったら私が相手でなくても、妹でもいいわけよね……」






 これでやっとお嬢さんとの婚約は解消される。でも次はお嬢様との縁談をと奥様が考えて打診しに行った。けれど王子様はそれを拒否したらしい。


 なんだあ。王子様もあたしとの身分差の恋に悩んでこれ以上、ご主人様の命令とはいえ、政略に耐えれなかったのね。






 でもね、それなのにお嬢さんはまだ未練が残ってたらしい。政略だったはずなのに。しつこいんだよ! いい加減王子様はあたししか愛さないってわかれよ!!


 だから買い物に出かけるついでにお嬢様から王子様へと渡された手紙を伯爵家に渡してもらうように頼まれたけど、いつものようにお嬢様の衣裳部屋に隠した。


 それから1か月ほど経って、王子様が先ぶれも出さずに突然侯爵邸を訪問してきた。とうとうあたしに求婚して連れ出してくれるために訪問してきてくれたんだ! と思った。


 けれど王子様は一番危険な戦地へ行ってしまい、しかもその後、この知らせをわざと聞かせたらお嬢さんが自殺した。……






     *****






  ……こんなはずじゃなかった……どこで間違えたんだろう? ……あたしの計画は完璧だったはずなのに…… ──


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