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sideアルト・トリオ視点?3 もし会えたら……


◆sideアルト・トリオ視点?3 もし会えたら……

 そうして今日、久しぶりにフェリと二人っきりで、春先の気の早い花々が咲き始め刈り込まれた芝生が青々と輝き、まだ少し寒さの残る侯爵邸の庭園に設えてある丸テーブルをはさみ、フェリと二人だけで座った。

 

 今日のフェリはいつにもまして眩しく、彼女の美しさと良さをくっきりと際立たせ、しかし近寄りがたい装いだった。


 「アルト様、今日は私の我が儘を聴いて訪問してくださり、本当にありがとう存じます」


 「あ……ああ」

 

 今日の彼女はどうしたんだ。魅力的すぎて目のやり場に困るじゃないかと、俺は真っ直ぐ見ていられなくて顔を反らすしかなかった。逆にフェリの視線がじっと俺を睨むかのように見ているのは感じた……


 するとおもむろに冷静な彼女の声が聞こえた。


 「私のお喋りを五月蠅いとお考えでしょうが、今日はとても重要なお話をしたいので最後まで付き合っていただけると幸いですわ」


 フェリはとりあえず侍女やメイドたちを下げると、彼女の白くて長い指がていねいにお茶をそれぞれのカップに注ぎ入れてくれた。


 「それでアルト様、私との婚約は家と家を繋ぐ重要な契約だと言うことはご理解してくださっていると存じます」


 え? どういうことだ!? 今まで彼女は俺からの婚約の打診を政略だと思っていたのか? あまりもの言葉に俺は口を安保みたいにあんぐり開けたまま顔に手を当て俯いた。


 俺がどう説明したらフェリの誤解を解けるかと考え込んでいる間に、フェリは続けて言った。


 「お互い小さい頃から母たちに連れられて、それぞれの家も領地も行き来するほどの幼馴染ですし、私のことを妹みたいだとしか思えなくても仕方ありません。

 私の顔を見るのも、話をするのも面倒だし、嫌われているのも政略だからと私の一存で簡単に破棄できるはずがないのも承知で申し上げます。

 デビュタントのエスコートも父が初めてできた娘をエスコートできるならと喜んでくださったからよかったものを。アルト様には私のパートナーだと思われるのが辛かったことでしょう。もちろん領地が大変な時でしたから断られても我慢いたしました。

 ですが訪問する際はいつも花束だけ。手紙を週1送ってもお返事は数か月に1度。

 最近は私よりも妹のレガートリータと付き合う方がとても気楽で楽しそうでしたわね。

 ですから私考えましたの。

 アルト様のためにも婚約相手は何も私でなくてもかまいませんよね?」

 

 ……なんだよそれ? ……俺はそこまでフェリに誤解されていたのか?


 「フェリ……フェリ?

 ……はあ~。そこまで言うなら俺も言わせてもらうぞ。いいか、最後までよく聞けよ?

 デビュタントのエスコートは領地を父に頼んで俺は実は駆け付けたかった。しかし侯爵夫人からの連絡で既に他の者にエスコートを頼んだからと……それに俺は伯爵家……いや。だから俺は安心して領民たちの元へ行ったんだ。

 それに花束だけ? 贈り物はいつもメイドか侯爵夫人に渡したはずなのに? 手紙も俺だって毎週何通も出していたぞ?

 しかし侯爵夫人から、あまりしつこいと嫌われるからと忠告されたから控えただけだ。

 それに贈り物だ。大半は妹君に似合うからと渡したといったのはフェリだよな? 俺からの物を身に付けたくないほど嫌われているとは知らなかったよ! おまけに気に入らない物を庭に捨てていたのを教えてくれたのはメイドだぞ? だから贈り物は無駄だと判ってからは邸の花瓶に飾られる花ならまだ受け入れてもらえるからと俺は!

 それに訪問してもフェリは風邪をひいているから感染すとよくないからとか、先約があって出かけたからとか、いつもいなかったじゃないか? 俺が嫌いで避けていたのはフェリのほうだろう?

 それに最近誰かさんと仲がいいのはフェリもだろう? 俺以外の男とキスしたり抱き合ったり頭をなでさせたり、不誠実なのはフェリの方じゃないか?

 以上!」


 俺は苦しくて、初めてフェリと、彼女の心を奪った男に対する嫉妬で怒り狂い、感情を露わにしてしまった。俺はこんなにも彼女が好きで、彼女の為に頑張ってきたのに、全て空回りだったと知ったから。


 「まあ! そんな風に思ってらっしゃったのですね? 酷いですわ! バリストンお従兄様のことを仰っているのなら全くの見当違いも甚だしいですわ!

 そんな風に疑われるのでしたら、私たち婚姻してもいつお互いが浮気してるかとうまくいくはずありませんわよね?

 いいでしょう。それほど仰るのでしたら妹と婚姻した方がアルト様のためにも結果的にはよいのではなくて?」


 「ああ、そうだろうな! お前みたいな女と結婚したら一生後悔して疑い続けなきゃならないだろうな!

 侯爵閣下からの命令でもなければ、誰がお前なんかと結婚したいと思うものか! こんな婚約今すぐ破棄してしまいたいよ!」


 ……フェリは一度息をはあーっと吐き出すと、いつものように冷静に表情を崩さず口を開いた。


 「トリオ卿……私たち……」


 先ほどまでの言い合いですっかり冷めきったお茶の入ったティーカップを前に、その言葉の同意だけはさすがにフェリの方でも言い淀んでいるようだった。

 

 フェリの宝石みたいな海の様に深い碧眼の瞳の奥が動揺で揺れながらも、それでも長年の淑女教育のなせる技なのか青白くした顔色をきっと真正面から見据えて、目の前の俺に視線が刺さった。


 俺も先程言った自分自身の言葉に、さすがに冗談だよなと苦笑した顔を、何だと不機嫌そうにフェリの方に向け直した。


 しかし俺自身の失言が急に恥ずかしくなり、誤魔化そうとますます頑なな表情になっているかもしれない。


 騎士見習いとして鍛えた肢体を動かし、バカバカしいとティーカップを取ろうとした手を止めてフェリの次の言葉を待つことにした。


 こんな時でも綺麗で魅力的だなと思ってしまった。春先の日に当たって煌めく見事な桃金髪と、吸い込まれそうな碧の瞳で、蒼白になりながらも何かを決心したような顔でさえ。


 確かに。普通は女性の方から男性に対して先にあれこれ示唆する事を言い出すのは失礼だと戸惑っているのか。


 しかし、それがフェリと俺にとってどれほど勇気のいる言葉か、爵位が侯爵家であるという一点においてのみ彼女の方が有利であるという事実に俺は戦慄した。


 だからこそ、その決定的な言葉を告げるのは爵位が下の伯爵家の俺からよりも、フェリから伝えた方がいいとかなりの葛藤があったようで、彼女は意を決して告げてきた。


 「……正式に婚約解消いたしましょう」


 まさか!? 俺はその言葉だけは絶対にフェリの口から聞きたくなかった。しかしそれを彼女に言わせたのは俺か!?


 一度口に出した言葉を引っ込めることはフェリも俺もお互いの矜持が許さないだろう。俺はしかしそれを言わせてしまった。


 もうダメなのか……俺はフェリに見限られたのかと絶望した……フェリの瞳の奥に仄暗い影を見た気がしたが、初めて彼女の眼を真正面から見た。


 「フェリの言い分はよくわかった。婚約解消すればいいんだな?」


 その言葉でやっとフェリは解放されたかのようにほっとした様子だった。所詮、侯爵家の令嬢を伯爵家の俺が娶るなんてつり合いが取れなかったんだ。


 そんな俺の心の傷と悲しみに気付かずに。いや、彼女をいつまでも俺に縛り続けることは彼女を苦しめるだけだと思った。


 すると本当に明るく嬉しそうにフェリが告げた。


 「ええ。もちろんそうしましょう! 父にもちゃんと伝えておくわね」


 「言いたいことはそれだけか? じゃあもうここには2度と立ち寄る用はないな! 正式な書類は父宛てに送ってくれ!」


 俺は努めてフェリにわざと嫌われるようにと、言葉を吐き捨てて体中から怒りを発散させて勢いよく椅子を倒して立ち上がり、伯爵家の馬車にさっさと乗っていなくなった。

 

 馬車の窓から見ると、フェリも怒ったように勢いよく椅子からすっくと立ち、後ろも振り返らずに邸内に向かっていた。俺はこの出来事を長い年月後悔することになると思わないまま彼女の姿が見えなくなるまで見つめ続けていた……







 侯爵家から正式な婚約解消の手続きと書類が伯爵家に届いた。親父に詰め寄られた俺はフェリとの縁談が破談したことをあらいざらい白状した。


 翌日、早朝から侯爵閣下の出仕先まで侯爵閣下を、親父と一緒に訪ねた。俺のしでかしたことで迷惑をかけたと親父と2人そろって平謝りした。


 侯爵爵閣下は今さら謝罪されても困ると怒るに怒れず、縁談は上手くいかなかったが、長い付き合いの間柄として今後も付き合っていただくと嬉しいと、逆に親父の肩を叩いて励ましてまでくれた。


 するとその代わりと言っては何だがと、事業の資金支援については親父は友情心で継続すると確約し、鉄道事業は無事に軌道に乗ったようだ。






 しかし、何日かして、今度は侯爵夫人から母に、


 「フェルマータを義娘にできなくなったけれど、娘はもう一人いますわ。レガートを婚約者にどうかしら?」 と提案してきた。


 しかし俺は、


 「フェリ……いや、フェルマータ嬢に振られて婚約解消したからと言って、すぐに妹殿に乗り換える軽薄な人間になりたくないのでね。

 それに未だにどうしてこうも簡単に婚約解消されたのか納得したくないんだよ……」と、つい未練がましく愚痴ってしまった。






 しかし、婚約が解消されてから、隣国との関係がキナ臭くなってきた。


 王太子も1年前に20歳になり、国王陛下の仕事の引き継ぎをするようになり、重鎮たちの会議にも参加するようになって、兼ねてから提案していた精鋭部隊の話が本格的に始動していた。


 婚約を理由に保留していた俺だったが、フェリへの未練を断ち切るために、精鋭部隊に編入することを快諾した。


 フェリのことを直ぐに忘れられるわけではないし、侯爵夫人の申し出の様に、別の令嬢をと考える暇もないくらい新しい任務に没頭した。


 しかし、ふと手が空くと、フェリのことばかり考えてしまう。


 小さい頃はよく3人で野山を駆けずり回っていたな。


 俺が高い木に昇ったから、レガートリータ嬢まで真似したがって怪我をさせて双方の両親たちから4人掛かりで叱られたな。


 爺さんの葬儀の時は俺の胸で泣きじゃくるフェリに格好つけてアホなこと言ったな。


 婚約者として久しぶりに会った時のフェリの令嬢ぶって済ました不器用な微笑。


 婆さんの葬儀の時は黙って見守ることしかできなかったな。お互い近いようで遠くに感じたのはあの時からか?


 剣の稽古で先輩に勝てなくて悔しくて隠れて泣いていたのに、フェリの初めての下手な刺繍の……おかげで少し笑ったけど。ハンカチをおずおずと差し出してくれて、泣いていたのを見られて恥ずかしかったが、フェリの優しい気持ちが嬉しくて、そのハンカチを大事に丁寧に畳んでポケットにしまって一生の宝物にしようと思ったな。


 その後、使わないのなら返してと言われたけど、俺の腕とタオルで汗と涙をぬぐったら、馬鹿みたいだと飽きれられたっけ。


 後輩が怪我をした時も、大丈夫かと他人にも優しく心配してくれるいい子だった。


 出来なかったことがやっと上手く出来て成功した時に大喜びして笑うと、フェリもはにかみながら一緒に喜んでくれたな。


 妹君から教えられたというお菓子を料理人から手渡された差し入れをしてくれた時に、いらないと言ったら悲しそうにされて、あの時は悪かったな。後で誰もいないときにこっそり食べたから勘弁してくれ。


 高い木の上で降りられなくなった子猫が気の毒だと、フェリに頼まれたが、レガートリータ嬢を怪我させた時にこってり親父に怒られてから2度と木登りしないと約束させられてたんだ。だからまたバレたらお小言されないかと気になったんだ。すまんね。まあ、ちゃんと何とか助け出したら、猫に頬擦りして可愛かったな。


 1番出来の悪かった後輩が初めて先輩から1本を勝ち取った時に、一緒に喜んだら、フェリも感動して淑女は涙を見せれないからと涙を堪えた顔が本当に愛おしかったな。


 フェリの様子がおかしいのに、親戚たちの付き合いの宴会で食べきれない料理を前にしてるし、あの頃はよく身体を動かして成長期だったし腹も減ってたから、恥ずかしいのを誤魔化したくて、


「ここの料理人がせっかく精を出して作ってくれた料理を無碍にするつもりか?」と二人分を食ったら、無理しないでと心配されたな。


 熱を出して寝込んだと聞き、執事のセバスチャンさんから、感染すといけないし女性の弱った姿を見るものじゃないと見舞いを断られたけど、せめてと渡した花束は役に立ったかな?


 忘れないといけないのに。フェリはきっと俺のことを嫌いなはずなのに。フェリの思い出ばかりを次から次へと思い出してしまうんだ。







 俺はもともと侯爵家に婿養子になるつもりだったので、伯爵家はテナーが家督を相続する予定だし、両親とテナーの説得もむなしく、王太子の作った精鋭部隊の実績作りのためと、俺自身、愛する女性に振られた身だ。


 もういつ死んでもいいという半ば投げ槍でやけくそな気持ちで、隣国の蛮族が仕掛けてきた戦争のため、最前線の一番危険な地域に行くことを決めた。


 それで俺は先ぶれも出さずに、最前線に行く前にせめてフェリの姿を目に焼き付けてから行きたいと、彼女に会う最後の機会だと、侯爵邸を訪ねた。


 オクテットさんがセバスチャンさんを呼んで、先ぶれも寄越さないで非常識すぎますぞ、と門前払いされそうになったが、レガートリータ嬢が出てきて、何の用事かと怒り気味に聞いてきた。


 俺は最前線に行くから、会えるのはこれが最後になるかもしれないと告げると、レガートリータ嬢はびっくりして、姉を呼んでこようかと言ってくれた。


 俺は窓辺に立って様子を伺っているフェリの姿に気付いたので、対応にも出てきてくれないくらい嫌われたのだなと意気消沈して、レガートリータ嬢には、会いたくないと嫌われてる男の下に無理に連れてくることはないよ。達者でな。と挨拶をした。


 レガートリータ嬢は顔を歪めて、必ず生きて帰ってこないと、一生恨むからね、と最高の見送りの言葉を投げてくれた。


 しかし俺は侯爵邸を訪問したその足でそのまま直ぐに任地へ向かったため、フェリの現状を知らないまま5年もの歳月が過ぎていった。…… ──


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