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異世界編 2-32

 

その戦いの終わりは唐突だった。連続する衝撃に耐えきれなくなったのか、相手の持つ槍が悲鳴をあげた。

「うおっとぉ!? まさかこいつに皹が入るとは……」

パキッ、という小さな音に気付いたらしく、相手の槍は今まで以上の速度で離れていった。

「ちょ、待った!ちょっくら確認だけさせてくれ!」その言葉に私は追おうとしていた足を止める。恐らく自分の武器を大切にする者ならば、あの傷で終わるはずだ。

相手が皹の入った槍を見つめ、傷の深刻さを判断している間、私は静かに構え続ける。いきなり襲われても対処ができるように、視野は広く、意識は全体に散らしながら集中させる。

……今日は調子が良いらしく、いつもより色が鮮やかに見える。

暫く槍を見ていた相手は、コリコリと頭を掻きながら呟いている。

「……あー、これくらいだったらなんとかなるか? しかしなぁ……まあ、アイツに見せてから考えるかね……」

アイツ? それはその槍を作った本人か?

私がそう考えている間に確認は終わったらしく、残念そうな顔をしていた。

「あーあ、もうちょっと試してみたかったんだがなぁ……これ以上やったらこいつが使い物にならなくなりそうだしよぉ……参った。俺の敗けだ」

その言葉が聞こえてすぐ、司会から相手の棄権が発表された。

………ふぅ。ようやく終わったか。






舞台から降りた俺は、すぐさまアイツのところに向かった。この場合のアイツとは、今しがた皹を入れられた‘風魔の槍’を作り上げた魔術師兼鍛冶師であり、俺の槍の他にアルフレッドの‘炎鬼の大剣’や団長の‘雷獣の扇’、アクトリウムの‘氷猿の杖’を作った我らがパーティ御用達の鍛冶師の事だ。

今では他の客の相手もしているが、俺達はアイツがまだまだひよっこだった頃から世話になっている、言わば上客って所になっているらしい。

……いや、アイツにはよく世話になったぜ……俺やアルフレッドが武器を荒く使うと研ぎに出した時やぶっ壊れちまって新しいのを買いに行くときに怒られたり、傷だらけで行ったときは心配してくれたし、アイツ自身がかなりの使い手だってんで対魔術師用の訓練や武器の融通も効かせてくれたしな。

…………いや、本気でアイツには頭が上がらんね。上げてるが。

………………今回はどんなこと言われんだかなぁ……。




「……へぇ、つまり強いとはいえ所詮は子供と思って油断してたら想像より強くて、私の作った中でもかなり壊れにくいはずのこれを壊すほどの事をしたと。そう言うわけで良いのね?」

私がニッコリと笑いかけながら聞くと、イザックの馬鹿はばつが悪そうに頷いた。

……まあ、こいつ相手にこういう説教をするのは何回と知れないほどやってるけれど、今回のは態度ほど怒ってはいない。試合だし、実際に私が強化した鎚を使って全力で叩いても歪み処が傷一つ入ることが無かったそれに皹を入れるような化物だ。むしろそこで棄権しなかった方が怒る。

そんな思いのなか、私は手に持った槍を眺める。

「……とりあえずやるだけはやってあげるけど、元通りに戻るかって聞かれるとちょっとわからないわよ?」

正直言って、自信は無い。これは私の作った中でも文字通りの最高傑作とも言える作品だ。運が良ければ元通りになるか、最高に運が良ければ性能が上がるが、悪ければ能力も槍自体の強度も劣化し、最悪二度と槍の形に戻らないかもしれない。

………まあ、私の仕事はそんな頑固で難しい武器の機嫌を直してあげることだし、頑張るとしましょうか。

「すまねえ!恩に着る!」

「良いわよ別に。どうしてもって言うなら、これからも私の工房をご贔屓に……ってね」

久々に忙しくなるわね。風魔の槍の無いイザックってなんか格好つかないし、うちに置いてある貸し出し用の槍じゃあイザックの握力や速度に耐えきれないで潰れたり割れたりしちゃうからね。

それに、こんなに良いお客さんを武器が無いせいで殺しちゃうのはちょっとばかしもったいないと思うし、一応、友達だしね。




  アイツ=スコッチウェルズの徹夜再開の原因。




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