第81話 ナナミの意志
「……ナナミちゃん」
「ちょっと、いい?」
海辺の子ブタ亭の中は賑やかで暖かった。
けれどそんな店内の喧騒が、少しだけ遠のいた気がした。
私は、ニーナさんに向かい合って座っている。
少しだけ、気まずい沈黙。
(……何の話だろう)
胸の奥が、そわそわする。
やがて、ニーナさんが口を開いた。
「……ね」
「今回のダイヴでさ」
ゆっくり。
慎重に、言葉を選ぶような声。
「ナナミちゃん、ちょっと無理してた気がしたんだ」
「……え……」
思わず、言葉が詰まる。
「動きは完璧だったよ? 判断も、連携も、全然問題なかった」
でも、と。
ニーナさんは、続ける。
「それでも……どこか、焦ってるみたいに見えた」
胸が、きゅっと縮む。
「……」
何も言えずにいると。
ニーナさんは、私の目をまっすぐ見て――
「白銀鉱」
その一言を、静かに投げた。
「……探してるんでしょ?」
「……っ!」
心臓が、大きく跳ねた。
「そ、それは……」
「あの……えっと……」
視線が、彷徨う。
喉が、ひくりと鳴る。
(……どうして……)
言葉が、出てこない。
そんな私を見て……
ニーナさんは、ふっと息を吐いた。
「大丈夫」
やわらかい声。
「欲しいのは、いいの」
その言葉に、
少しだけ、肩の力が抜けた。
「強くなりたい理由があるのも
何かを求めて潜るのも」
「ダイヴァーとして、当たり前だと思う」
「……」
でも、と。
ニーナさんは、続ける。
「ナナミちゃん」
「そういう目的があったならさ
なおさら、クランに属した方がいい」
胸に、まっすぐ刺さる言葉。
「一人で抱え込む必要、ないんだよ」
少し、間を置いて。
「……なんで、話してくれなかったの?」
私は、唇を噛む。
「……」
さらに、ニーナさんは言った。
「……私たちのクランじゃ、ダメ?」
その問いに。
頭が、真っ白になった。
「あ……」
「う……」
声にならない音だけが、零れる。
(……言えない……)
言葉にしようとすると、
過去が、喉を塞ぐ。
――バニッシュクラン。
――追放。
――蔑ろにされた日々。
その時。
(ナナミ)
アストラルの声が、心の奥に響いた。
(ニーナは、もう気付いているわ。
だったら、下手に隠すより……包み隠さず、話した方がいい。
他でもない……あなたの、あなただけの言葉で)
「……」
私は深く息を吸って胸元の小袋をぎゅっと握る。
胸の奥のざわめきが、
少しずつ、静まっていく。
「……ごめんなさい……」
ようやく、声が出た。
「私……前に、クランに所属してたことがあって……」
ニーナさんは、黙って聞いてくれる。
「……そこで、とても辛い目にあいました
バニッシュ・クラン、っていうんですけど……」
言葉を選びながら、一つずつ、吐き出す。
「雑用係みたいに扱われて……
努力しても報われなくて……最後は追放されて……」
ナナミは視点を落とす。
無意識に拳が自然と握られる。
「……だから、クランに入るのが、少し……怖くて……」
視線を落としたまま、続ける。
「でも……ニーナさんたちと会って、一緒に潜って……」
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「ニーナさんの温かい言葉とか……
ホープさんの明るくて優しいところとか
グレイスさんの面倒見の良さとか」
「……人として、ダイヴァーとしての在り方に触れて」
顔を上げる。
「……潮騒の宴に、入りたいって……思いました」
一拍。
「……でも」
声が、少し震える。
「白銀鉱が欲しいから、潮騒の宴に入る。
それは……違うと思ったんです」
「入りたいけど利用するような。
……それだけは、したくなかった」
正直な、気持ち。
「結果的に……。
今日、私がグレイスさんに、この依頼行きたいって話して
一緒に潜らせてもらう形になっちゃいましたけど……」
「……それも、全部……私の、我がままです……」
言い切った瞬間、
胸が、すっと軽くなった。
しばらく、沈黙。
そして。
ニーナさんが、笑った。
とても、やさしく。
「……そっか」
少し照れたように。
「ね」
「ナナミちゃんだから、うちに来て欲しいと思ったんだよ」
「……え……」
驚いていると。
横から、声が飛んできた。
「もちろんだろ!」
ホープさんだった。
「ナナミちゃんがいなかったら、今日のダイヴもっと大変だったし!」
「ふふ」
グレイスさんも、頷く。
「私も、同意見よ。目的があっても、なくても
ナナミちゃんは、もう立派な仲間だわ」
胸が、いっぱいになる。
(……)
アストラルは、何も言わない。
ただ、静かに見守っている。
私は、拳をぎゅっと握りしめて。
意を決して、言葉を紡いだ。
「……私」
一度、息を吸う。
「……私、潮騒の宴に……」
顔を上げて、まっすぐに。
「入りたいです」
その瞬間。
海辺の子ブタ亭の温度が、少しだけ暖かくなった気がした。
――まるで、背中を押すみたいに。
──続く。




