第77話 ニーナの違和感
――ニーナ視点――
水に身を預けた瞬間、
世界は音を失い、色だけが残った。
ゆっくりと深度を下げていく。
先頭はグレイスさん。
ゴールド級の引率者として、常に一番前。
その少し後ろにホープ。
私は左後方、ナナミちゃんは右寄り。
――いつも通りの隊形。
……のはず、なのに。
(……やっぱり、少し気になる)
合流してから、ナナミちゃんの様子が頭から離れなかった。
普段は控えめで、
「できれば……」とか
「無理じゃないでしょうか……」とか。
そういう言葉を選び自己主張が小さい子なのに。
今日に限って──
深度230の難易度高い依頼を、率先して「行きたい」と言った。
それも、グレイスさんが持っていた依頼書を見た瞬間。
ほんの一瞬だったけど。
あの時のナナミちゃんの表情。
目が、はっきりと変わった。
(……あれは)
“無謀”とは違う。
“怖さを知らない”わけでもない。
もっと──
何かを、強く求めている目。
考え込んでいる間にも、
深度計は静かに数字を刻む。
――深度100
境界線を越えた途端、
水の圧が、じわりと増した。
魔力の消費が、はっきりと早くなる。
「……来るよ」
前方で、グレイスさんが短く告げた。
次の瞬間。
影が、二つ。
サージ・オッター。
「私が一体引き受ける」
「残りは三人で」
声と同時に、
グレイスさんが一気に加速する。
――速い。
水を裂くような一閃。
一体目は、ほとんど抵抗もなく崩れ落ちた。
「……!」
もう一体が、こちらへ。
ホープが前に出て、注意を引く。
「こっちだ、毛玉!」
その隙に、私が横から距離を詰める。
刃を振るう――
……はずだった。
次の瞬間。
視界の端で、
青い光が、一気に伸びた。
「……!」
ナナミちゃん。
信じられないほどの加速。
魔力の槍が、一直線に突き刺さり──
サージ・オッターは、声もなく動きを止めた。
(……やっぱり)
思わず、息を呑む。
いい動き。
迷いがない。
そして、速い。
「ナイス、ナナミちゃん!」
ホープが親指を立てる。
ナナミちゃんは、少しだけ照れたように頷いた。
「……ありがとうございます……」
その様子を見て、
胸の奥で、違和感が“確信”に変わっていく。
(……ナナミちゃん、分かっていたけども本当に実力がある)
* * *
さらに、深度を下げる。
――深度150
青かった海は、
いつの間にか藍色へ。
光は弱く、
魔力の循環を意識しないと、すぐに疲労が出る領域。
……なのに。
ナナミちゃんは、平然としている。
呼吸も安定しているし、
魔力の乱れも見えない。
(……本当に)
ふと、頭をよぎる。
――バニッシュ・クラン。
魔力が少ないから、足手まといだからと、
追放されたという話。
(……信じられないな)
今、目の前にいるこの子が。
魔力が“足りない”?
冗談みたい。
そんなことを考えていた、その時。
「……来る」
グレイスさんの声が、低く響いた。
同時に、気配。
前方、四。
後方、三。
「オーガ・カサゴ……七体!」
「数が多い。円陣!」
私たちは、即座に動く。
背中合わせに陣形を組む。
後方側にいたのは、
ホープ、私、ナナミちゃん。
一体ずつ、確実に。
ホープが一匹を引き受ける。
私は、別の一体に斬りかかる。
残る一体へ──
「……!」
ナナミちゃんが、迷いなく向かった。
速い。
無駄がない。
一撃で仕留める。
前方では、
グレイスさんが三体を撃破。
けれど──
残る一体が、動いた。
(……間に合わない!)
そう思った瞬間。
ナナミちゃんが、前に出た。
私たちの想像より、ずっと速く。
青いランスが閃き、
最後のオーガ・カサゴが、沈む。
「……」
一瞬、言葉を失った。
(……すごい)
純粋に、そう思う。
そして同時に──
胸の奥に、かすかな不安が芽生えた。
(……でも)
この実力で。
この魔力で。
どうして、あんな目で依頼書を見たんだろう。
* * *
周囲の安全を確認し、
私たちは再び、深度を下げ始める。
静かな藍の海。
ナナミちゃんは、変わらず落ち着いている。
(……白銀鉱)
依頼書の、あの一文。
きっと、それが理由。
でも──まだ、確信には届かない。
だからこそ。
(……ちゃんと、見ていよう)
このダイヴで。
この海で。
ナナミちゃんが、
何を求めて潜っているのかを。
深度計の数字が、
ゆっくりと、先へ進んでいく。
──続く。
今回はニーナ目線がナナミの挙動や様子を見ているダイヴシーンです。
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