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アビス・グランブルー 〜クラン追放された最底辺ダイヴァー、わたしはやめたくなかった〜  作者: ロートシルト@アビス・グランブルー、第四章も毎日20時更新!
第4章 居場所

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第74話 美味しさの正体

 宿〈海辺の子ブタ亭〉の扉を開けると、

 昼間とは違う、落ち着いた空気が流れていた。


「……ただいま……」


 小さく呟き、部屋へ戻る。


 装備はすでに預けてある。

 身体も、心も、少し軽い。


 ベッドに腰掛け、採取袋の中を整理していると──

 ナナミは、ふと一つの小袋に視線を落とした。


 淡く光を宿す、透明な結晶。


「……アストラル」


(なあに?)


「今から……」

「この《ミラージュ・コア》、使ってもいいかな?」


 一瞬の間。


(いいけど……前は、すごく嫌がってたわよね)


「……うん」


 ナナミは、少しだけ顔をしかめる。


「美味しくないし……正直、嫌だよ……」

「……でも」


 小さく、拳を握る。


「魔力、増やせるなら……早いうちに、やっておきたいなって」


 その言葉に──

 アストラルの声が、ふっと柔らかくなった。


(……いい子ね、ナナミ)


「……!」


 その一言だけで、胸の奥がじんわり温かくなる。


(素晴らしい判断よ。それじゃあ、始めましょう)

(前と同じ。焦らなくていいわ)


「……うん」


* * *


 《ミラージュ・コア》を砕き、水に溶かす。


 覚悟を決めて、口に含む。


「……にが……っ」


(我慢よ)


「……うぅ……」


 それでも、前よりは耐えられた。


 胸の奥が、じわりと熱を持つ。


(いいわ……今、その流れを整える)

(呼吸を意識して)


「……吸って……吐いて……」


 魔力が、胸から四肢へと流れていく感覚。


 痛みはない。

 苦しさもない。


 ただ、少しずつ──

 自分の内側が、広がっていく。


(……上出来よ)


 しばらくして、アストラルが告げた。


(今日は、ここまで。ちゃんと“力”になってるわ)


「……ほんと……?」


(ええ。よく頑張ったわ)


 ナナミは、ほっと息を吐いた。


* * *


 訓練を終え、階下の食堂へ向かう。


 扉を開けた瞬間──

 ふわりと、いつもより濃い香りが鼻をくすぐった。


「……?」


「あら、ナナミちゃん」


 女主人のダイアンが、にこにこと声をかけてくる。


「今日はね、ちょっと珍しい食材が入ってるのよ」


「え……?」


 ナナミの目が、きらりと輝く。


「なにかな……ワクワク……」


 厨房では、スコットが黙々と作業していた。


 やがて、皿が運ばれてくる。


 いつもの焼きたてパン。

 煮込み野菜のスープ。


 そして──


 白く、ぷりっとした魚の切り身。

 バターが溶け、芳醇な香りが立ちのぼる。


「……」


 スコットが、一言だけ言った。


「食べてくれ。自信作だ」


「……いただきます……!」


 ナナミは、そっとフォークを入れる。


 一口。


 ──ふわっ。


 口の中に、やさしい甘みが広がった。


「……おいし……」


 身は柔らかく、癖がない。

 バターのコクが、魚の旨みを引き立てている。


 パンをちぎって、一緒に食べる。


「……!」


 二重に美味しい。


 止まらない。


「……おいしい……!」


 横から、ダイアンが満足そうに笑った。


「でしょ?」


「はい!」

「これ……なんの魚なんですか……?」


 ダイアンは、あっさり答える。


「シェード・フィッシュよ」


「……え?」


「あまりお金にならないからねぇ」

「ダイヴァーさん、あんまり持ってきてくれないの」


 その瞬間。


 ナナミの脳裏に、今日のギルドがよぎる。


 ──三体分。

 ──銅貨五枚。


「……」


 フォークを持ったまま、固まる。


「……えええええ~!?」


 思わず、声が裏返った。


 ダイアンとスコットが、きょとんとする中──

 ナナミの顔は、じわじわ赤くなっていった。


(……今日、納品したやつ……!?)


 美味しさの正体を知った夜は、

 なんだか少しだけ、不思議で。


 でも──

 とても、あたたかかった。


──続く。

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