第71話 比較
アクア・ヘイヴンの港が見えてきた。
潮の匂いと、街のざわめき。
浮上したダインは、大きく息を吐いた。
「……ふぅ」
装備を外しながら、ダインは口を開く。
「ナナミの奴、ブロンズ級になったからって舐めた態度とりやがって……!」
ライアンの眉がわずかに動き、ダインに続く。
「ブレイカーのやつに気に入られてんじゃねぇの? 忖度昇格とかさ」
「ありそう」
ジャンヌが吐き捨てるように言う。
「ホントいけ好かない。ムカつくわ」
ダインは、黙って歩きながら考えていた。
(……アイツが追放されてから、まだ一ヶ月も経ってない)
確かに、バニッシュ・クランで三年間の下積みはあった。
だが──
(ソロ活動であっという間にブロンズ昇格……早くねぇか?)
アイアン級からブロンズ級。
自分たちですら、そこに至るまで一年近くかかった。
「……そんなに簡単に上がれるもんか?」
思わず、独り言のように呟く。
「仮にだ」
「気に入られて、無理やり昇格させてもらったとしても……」
ダインは鼻で笑った。
「ブロンズ級の任務に、あいつが耐えられるとは思えねぇ」
その言葉に、ジャンヌがすぐ頷く。
「そうよ……実力なわけないじゃない」
だが。
「……そういえば」
ライアンが、少しだけ言い淀んでから続けた。
「今日の深度130だったよな……浅くはない。
深度130まで一人で来てたぞ。あいつ」
二人が、ぴたりと足を止める。
「……!」
「深度100超えると……ブロンズ級ならともかくソロのアイアン級だと危険だ。
オレたちでも魔力の減り早くなるだろ? それに複数で現れる海魔も増える」
ライアンは、思い出すように言った。
「でもあいつ……普通に立ってた。それも平気そうな顔で」
沈黙。
ダインの脳裏に、過去の記憶がよぎる。
(深度30で、息切れし顔を青くしてた奴が……?)
胸の奥が、ざわつく。
「……」
無意識に、歯を噛みしめていた。
「……いや」
ダインは、わざと軽く言った。
「結局は死骸漁りだろ。俺たちの後処理」
「だよな」
ライアンが乗る。
「そうよ。相変わらず、雑用係ね」
ジャンヌもすぐ乗る。
「考えすぎだな」
ライアンも笑った。
「らしくない」
三人は、笑いながらギルドへ向かった。
* * *
〈ダイヴァーズギルド〉。
受付に立つミストの姿を見た瞬間、
ダインの背筋が、僅かに伸びる。
(……今日も、綺麗だ)
それを悟られないよう、軽く咳払いをした。
「依頼、完了だ」
ミストは、顔を上げる──が、その表情と眼は、まるで氷のように冷たく感じた。
「……バニッシュ・クランの皆さんですね。納品物をお願いします」
抑揚もない事務的な口調。
雑談できるような雰囲気では、まるでない。
ダインは、少しだけ肩を落としながら素材を差し出す。
「なあ、その……」
言いかけて、言葉を選ぶ。
だが、ミストは先に口を開いた。
「確認しますが……応援に向かったダイヴァーに、失礼なことはしていませんよね?」
「えっ!?」
「そ、そんなことする訳ないだろ!」
ダインは、しどろもどろになる。
ジャンヌが苛立ったように割って入った。
「いいから、早く査定してよ」
「……わかりました」
ミストは淡々と素材を確認し、計算板を叩く。
「──報酬は……金貨三枚です」
「はぁ!?」
ライアンが声を荒げた。
「待ってくれよ!それ最低保証金額だよな!?
量、こんだけあるんだぜ!?」
ダインは、顔色を変えて黙り込む。
ジャンヌも目を見開いた。
「なんでよ!取り尽くしてきたのよ!」
「仰るように量はあります」
ミストは冷静に答える。
「ですが、力任せに採取されていますね」
「素材の状態が悪い……評価を下げざるを得ません」
「……」
ジャンヌは、歯噛みしながらも黙った。
「金貨一枚ずつ……アイアン級みたいな稼ぎじゃない……」
「そんなの聞いてねぇぞ!」
ライアンは、それでも食い下がる。
その時。
「……またテメェらか」
低い声が、背後から響いた。
振り返ると──
ブレイカーが立っていた。
「どれ……ミストの査定が不満なんだよな?
ミストより権限がある俺が査定するし、文句も聞くぜ。」
三人の顔が、一気に青ざめる。
「い、いえ……」
「なんでもありません……!」
ミストから金貨三枚を受け取り、
三人は逃げるようにギルドを後にした。
* * *
静かになった受付で。
ミストが、ぽつりと呟く。
「……ナナミさんの丁寧さ……見習ってほしいですね」
ブレイカーは、鼻を鳴らした。
「まったくだ……一体どっちがシルバー級なんだか、わからん」
ギルドの喧騒の中。
その言葉だけが、静かに残った。
──続く。




