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アビス・グランブルー 〜クラン追放された最底辺ダイヴァー、わたしはやめたくなかった〜  作者: ロートシルト@アビス・グランブルー、第四章も毎日20時更新!
第4章 居場所

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第70話 静かな海の中で

 海は、今日も静かだった。


 いまの深度は100前後。

 水圧に身を委ねながら、ナナミは一定のリズムで魔力を巡らせる。


(吸って、巡らせて、吐く……)


 意識を体の内側に向けると、

 魔力が無理なく流れていくのが分かる。


(いい調子ね、ナナミ)


 アストラルの声が、穏やかに響いた。


(昨日よりも、ずっと安定してる)

(深度100でも余裕があるわ)


「……うん」


 ナナミは、小さく頷く。


 今日の目的地は、

 座標X56、Y-44、Z-130。


 マリモの群生地だ。


 泳ぎながら、ナナミはふと依頼書の内容を思い出す。


「……あ」


 今さらのように、収納袋から依頼書を取り出した。


(ちゃんと読んでなかったわね)


 水中で広げ、目を走らせる。



 〈依頼内容〉

 魔力変質マリモからの貴金属採取。

 なお、当該地点にはサージ・オッターの群れが確認されていたが、先発のダイヴァー部隊により討伐済。


 ただし──

 討伐後の死骸回収まで手が回らず、

 現地に未回収の素材が残されている可能性が高い。


 可能であれば、以下の素材を回収せよ。

 ・サージ・オッターの肝

 ・サージ・オッターの牙

 ・未採取のマリモ素材



「……討伐は、もう終わってる……」


(ええ)

(今回は“後処理”の依頼ね)


 アストラルは淡々と言う。


(でも、ギルドにとっては重要な仕事よ)

(誰かがやらなきゃいけない)


「……うん」


 ナナミは、依頼書をしまった。


 雑用。

 後片付け。

 残り物。


 ──それでも。


(今の私なら)


 そう思いながら、前を向く。


* * *


 やがて、視界の先にマリモの群生が見えてきた。


 巨大な球状の影が、いくつも足元の海に転がっている。


 そして──


「……え……?」


 ナナミは、思わず足を止めた。


 マリモの近くに、三つの人影。


 見覚えのある装備。

 見覚えのある背中。


「……ダイン……」


 喉が、ひくりと鳴った。


 ライアン。

 ジャンヌ。


 ――バニッシュ・クラン。


 かつて、自分がいた場所。

 そして、追い出された場所。


(……まさか)


 心臓が、少しだけ早くなる。


 どうやら三人は、すでに作業を終えたところらしい。

 サージ・オッターの死骸が、いくつも転がっている。


「……帰還するところ、みたいね」


 アストラルが静かに言った。


 その時。


「あ?」


 ダインが、こちらに気づいた。


 視線が、ナナミを捉える。


「……なんだと思ったら」


 ゆっくり、近づいてくる。


「まだ潜ってたのかよ、雑用係」


 胸が、きゅっと締まる。


 でも──ナナミは立ち止まったまま、逃げなかった。


 ダインの視線が、首元に向かう。


「……あ?」


 一瞬、目を細める。


「……ブロンズ?」


 潜海証の色。

 確かに、アイアンではない。


 ライアンも、気づいて鼻で笑った。


「へぇ……昇格したんだ?」

「しぶといねぇ」


 ジャンヌは、わざとらしくため息をつく。


「でもさぁ……」

「やってることは、相変わらずじゃない?」


 足元の死骸を、顎で示す。


「ほら。死骸漁り」


 ダインが、にやりと笑った。


「俺たちが片付けた後を、ちまちま回収」

「お前にぴったりの仕事だな」


 ナナミは、拳を握った。


 でも、声は震えなかった。


「……これは、ギルドの依頼です」


「は?」


「正規のブロンズ級依頼……です」


 一瞬の沈黙。


 次の瞬間、三人は笑った。


「ははっ!」

「真面目だなぁ」


「まぁ、いいんじゃない?」

 ジャンヌが肩をすくめる。

「アタシたちのおかげで稼げるんだし」


 ダインは、ナナミの横を通り過ぎながら言った。


「せいぜい、死ぬなよ」

「ブロンズ級さん」


 言いたいことだけ言って、

 三人は、そのまま浮上していった。


 海に、静寂が戻る。


* * *


「……」


 ナナミは、しばらく動けなかった。


(ナナミ)


 アストラルが、優しく呼ぶ。


(大丈夫。あなたは何も間違ってない。よく言い返したわ)


 深く、息を吸う。

 ナナミは気が付いたら胸元の金色の石が入った子袋をぎゅっと握っていた。


「……うん」


 ナナミは、ゆっくりと前に進んだ。


 まずサージ・オッターの死骸。


 肝。

 牙。


 流されてしまう前に必要なものを、確実に回収していく。


「サージ・オッターの肝と牙って素材としての価値があったんだね」


(前に討伐した時、採取しておけば良かったわね)


「うん……知らなかった。でも、次からは回収するよ。今日は知識も増えた」


(ふふっ、前向きになったわね。そんなナナミは素敵よ)


「えへへ……」

 

 ナナミは独り。けれどアストラルが付いているから寂しくなんかなかった。


 サージ・オッターの後はマリモに貴金属が残ってないか目視で確認する。

 

「ぜんぶ採りつくされてて残ってなさそう」


(いえ……たくさん残ってるわよ)


 目に見えないがアストラルは残っているという。


 アストラルが指示するポイントを丁寧に削り出す。

 中から、淡く光る貴金属が姿を現す。


「わぁ……綺麗」


(ふふ。僅かな魔力が含まれるから、観る人が観れば判るのよ)


 アストラルのアシストの元、ナナミは掘り続けた。


「ん?これ……!」


 ナナミは貴金属以外に、とある物を発見する。


(《ミラージュ・コア》ね。良いもの見つけたわね。また魔力増やせるわよ)


「うぅ~……嬉しいけど、これ苦くて美味しくないよ……」


 懐に《ミラージュ・コア》をしまい込んだ。

 ナナミは採掘を淡々と続けた。


 誰も見ていない。

 誰にも褒められない。


 それでも──


(……私は)


 ナナミは、黙々と手を動かす。


(ちゃんと、前に進んでる)


 ブロンズ級のダイヴァーとして。

 一人の、潜海師として。


 この海の中で。


 静かに、確かに。


──続く。

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