表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/34

第二十七話 期待の鉄

ナナミ目線に戻り、第三章が始まります!

 朝の気配がそっと部屋を撫でた。

 小鳥の声と、海風の揺れる音が混ざり合い、ナナミはまぶたをゆっくり開く。


「……ん……よく寝た……」


(昨日の疲れは大分引いたみたいね。身体の重さも減っているでしょう?)


「うん、だいぶ楽……魔力も回復してる!」


 ふわっと伸びをすると、腹の奥がきゅる、と可愛く鳴いた。


(ふふ。朝ご飯に行きましょう。スコットの料理、私は食べられないけれど……あなたの感想を聞くのは楽しみよ)


「うん、行こ!」


 準備を整え、階段を降りると──

 香草と焼いたパンの匂いがふわりと鼻をくすぐった。


 カウンター奥でスコットが黙々とフライパンを振り、

 ダイアンがテーブルに皿を並べていく。


「おはよう、ナナミちゃん!」


「おはようございます!」


 席に座ると、湯気の立つ朝食が運ばれてきた。

 海藻と魚肉を煮込んだスープに、焼き立てパン、香草を乗せた白身魚の蒸し焼き。


「わ……いい匂い……!」


 スープを一口飲むと、体の芯にじんわり熱が広がる。


(今日もとても美味しそうな食事ね。よかったわ、ナナミ)


「ほんとに美味しい……スコットさん、ありがとう!」


 スコットは一瞬だけこちらを見て、短く答えた。


「……うむ」


 相変わらず寡黙。でも、その声はどこか柔らかい。


 すると、食堂の入り口から小さな影がそろり……と顔を覗かせた。


 スコットの息子のテリィだ。


 初日はダイアンの後ろに隠れていた彼が、今日はひとりでこっそり近づいてくる。


「……お、おはよう……おねえちゃん……」


 声は蚊みたいに小さいのに、目だけは期待でキラキラしていた。


「おはようテリィくん。どうしたの?」


「……おねえちゃん……ダイヴァーさん、なんだよね……?

 ……その……海の、はなし……き、きかせて……ほしい……」


 最後の方は恥ずかしさで言葉が溶けていた。


(まあ……可愛い)


 アストラルが微笑む気配が伝わってくる。


 ナナミは思わずふわっと笑いかけた。


「うん! もちろんだよ。

 危ないこともあるけど……海の中って、すっごく綺麗なんだ」


「……きれい……?」


「うん。光苔がね、暗いところで光るの。揺れて、海の中が星空みたいになるの」


 テリィの目が一層丸くなる。


「みたい……! ぼく……みたい……!」


「ふふっ。じゃあ今度、絵に描いて見せてあげるね」


「……っ……! うん!!」


 胸の前で握り拳を作り、テリィは勢いよく頷いた。

 その仕草の可愛さに、ナナミの頬が緩む。


「テリィ、邪魔しちゃだめよ〜」

 ダイアンが笑いながら息子を抱き寄せる。


「あ……!」


「はいはい。ナナミちゃん、ごめんね? でも……ありがとう」


「いえっ、とっても嬉しいです!」


(小さなファンができたわね)


「えへへ……」


 朝の空気はどこまでも優しかった。



 ◇



 食事を終え、身支度を整える。


「行ってきます!」


「気をつけてね、ナナミちゃん!」

「……いってらっしゃい」

「またね、おねえちゃん!」


 ナナミは見送られ、胸を弾ませながら宿を出た。


(ダイヴァーズギルドで何が待ってるのかしらね)


「ブレイカーさん、いるかなぁ」


 そんな会話をしながら通りを抜け、ダイヴァーズギルドの正面へ。


 扉を押すと、カランと軽い鈴の音が響く。


「あ──」


 カウンターの奥にいたのは、ブレイカーではなかった。


 淡い藍色の髪をゆるく結んだ女性。

 同じ色の瞳が涼やかで、どこか水を思わせる透明感がある。


 ナナミが海晶核を納品しに来た際に担当した受付嬢だ。歳は同じくらいに見える。


 受付嬢は微笑みながらナナミに会釈した。


「おはようございます、ナナミさん。私はミストといいます」

「昨日もすごい成果だったみたいですね。ブレイカーから聞きましたよ」


「えっ……あ、はい……!」


「“期待の新人がいる”って。誰だろうって思ってたんですけど──」


 ミストはふわりと目を細めた。


「あなたなら納得です。あの深海の海晶核を持ち帰ったんですから」


「わ、わたしが……期待……されてる……?」


 不意に胸が熱くなる。


(ナナミ……よかったわね)


「う、嬉しい……です……!」


 頬がじんわり温かくなった。


「では、今日はまず……あなたが正式に“ダイヴァーとしての一歩”を踏み出す日です。

 アイアン級の潜海証、発行しますね」


 ミストがにこやかに微笑むと、ナナミの心臓は少し跳ねた。


 ──こうして、ナナミの新しい朝が始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハイファンタジー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ