第二十六話 はじめての報告
アクア・ヘイブンの海面が揺れ、マリモから戻ったナナミは、港の浮き桟橋に装備を降ろした。
「……ふぅ。戻ってきた……」
(お疲れさま。緊張がほどけると、一気に疲れが来るものよ)
アストラルの声に背中を押され、ナナミはそのままダイヴァーズギルドの扉を押し開けた。
カラン、と鈴の音が響く。
「よう、ナナミ。戻ったか」
奥のカウンターで腕を組んでいたブレイカーが、いつもの落ち着いた笑みを向けてくれた。
「はい! 依頼の報告に来ました!」
「よし、聞こうか」
ナナミは収納鞄から成果物をひとつずつ取り出す。
「まず……光苔です、それと海晶核を三つ」
容器が淡く発光し、光苔が揺らめいた。
「ほぉ……状態がいいな。……ん?」
ブレイカーの眉がピクリと動く。
「海晶核が三つ、だって?」
「はい、三体いました。全部……倒せました!」
「……三体?」
彼の表情が一瞬だけ強張る。
「いや待て。情報だと“シェードフィッシュは一体”のはずだったんだがな……」
ブレイカーは海晶核を確認し、深く息をついた。
「済まないナナミ……しかし何より、よく無事で戻ってきてくれた。三体は難しい相手だ」
「装備のおかげもあって……なんとか!」
ナナミが胸を張ると、ブレイカーは少しだけ笑う。
「それにしても……光苔は傷ひとつなく採れてるじゃねぇか。状態は文句なし。量もある。これだけ上質なのは久々に見るな」
「ほんと!? よかったぁ……」
「それと……これは?」
ブレイカーの視線が、ナナミが机に置いた青い鉱石に向かう。
「あ、洞窟で採れた青鉱石です。綺麗だったので……つい」
「青鉱石か。武器や装飾品の素材になる。買い取りはできるが……」
ブレイカーは少し考え込み、言う。
「今売るより、自分用に残しといた方がいい。お前なら近いうちに自分の武具を作る話も出てくるだろ。取っとけ」
「そうなんですね……! わかりました、持っておきます!」
「よし」
ブレイカーは帳簿を開き、報酬を書き込む。
「まずシェードフィッシュの海晶核。これは光海帯ランクDだな。ひとつ銀貨2枚と銅貨5枚。それが3個で銀貨7枚と銅貨5枚だ。
依頼報酬が銀貨5枚。
……それと──」
彼はにやりと笑い、金色の硬貨をひとつ置いた。
「今回の評価は“大成功”。追加で金貨1枚だ」
「えっ……金貨……!?」
目が丸くなるナナミ。
手が震えて、金色の硬貨をそっと両手で包む。
「わあ……」
「シェード三体は想定外。しかも無傷だ。
これは文句なし、だ」
そう言い切ると、ブレイカーは少し姿勢を正し、大きな声にならない程度の真剣なトーンで続けた。
「ナナミ。テストは合格だ。
……いや、合格どころじゃねぇ。ウチでもそうそういねぇレベルの新人だよ」
「え……」
「だから改めて言わせてくれ。
──ナナミ。これからも、ウチの力になってくれないか?」
その言葉は、ナナミの胸に深く、痛いほど響いた。
今まで、ずっと邪魔者で。
役に立てたことなんてなくて。
存在を否定されるのが当たり前で。
でも。
「……はいっ! わ、わたし……こちらこそ、お願いします!」
躊躇なく返事が口をついた。
「ふっ、いい返事だ」
ブレイカーは嬉しそうに頷いた。
(よかったじゃない、ナナミ)
「うん……っ!」
嬉しさで涙がこみ上げそうになるのを必死に堪える。
だが次の瞬間──
「……っ?」
膝が、ぐらりと沈んだ。
「おいっ、ナナミ!?」
(魔力の消耗が急に出たのよ! 動かないで!)
「あ……だい、じょうぶ……です……」
「大丈夫じゃねぇ! 今日はもう帰って休め!」
「は、はい……」
ブレイカーが支えてくれなければ、そのまま崩れていただろう。
「魔力の使いすぎだ。初回は無理が出るもんだ。
宿に戻って、温かいもん食って寝ろ。命令だ」
「……ありがとうございます」
「何かあったらすぐ言えよ。もう一人で背負わなくていい」
その言葉がまた胸を締めつける。
ナナミは深々と頭を下げ、ギルドを後にした。
*
宿へ戻る頃には、すっかり夜になっていた。
「……ただいま……」
「お、おかえりナナミちゃん! 遅かったねぇ!」
海辺の子ブタ亭のダイアンが驚きつつも笑顔を向けてくれる。
「えへへ……お腹空いちゃいました……」
「温かいの用意できてるよ!おたべ!」
ダイアンが呼びかけるとスコットが黙々と卓に料理を並べた。湯気の立つ野菜スープと焼き立てのパン、そして魚のフライだ。
「いただきます」
一口食べた瞬間──
「……あ……あったかい……美味しい……」
(今日はよく頑張ったわね、ナナミ)
「……うん……」
心地よい疲労感と温かい食事に胸の奥がじんわり熱くなる。
食べ終えたナナミは、部屋へ戻るとベッドへ倒れ込んだ。
「今日は……ほんとに……すごい日だった……」
(ええ、あなたの“初めて”が、たくさんあったわね)
「うん……」
瞼が重くなる。
魔力の消耗と安堵に包まれながら、ナナミはゆっくりと眠りについた。
──こうして……ルミナを失い、アストラルの助けを経てアクア・ヘイブンへ帰還したナナミ。
彼女はギルドで初めて「認められる」経験をし、正式なダイヴァーとして歩き出したのだった。
第二章 アクア・ヘイヴン 完
⸻
【ナナミのお財布】
金貨15枚、銀貨15枚、銅貨5枚
第二章、これにて完結です。
読んでいただいて、ありがとう。
ロートシルト




