表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/34

第二十六話 はじめての報告

 アクア・ヘイブンの海面が揺れ、マリモから戻ったナナミは、港の浮き桟橋に装備を降ろした。


「……ふぅ。戻ってきた……」


(お疲れさま。緊張がほどけると、一気に疲れが来るものよ)


 アストラルの声に背中を押され、ナナミはそのままダイヴァーズギルドの扉を押し開けた。


 カラン、と鈴の音が響く。


「よう、ナナミ。戻ったか」


 奥のカウンターで腕を組んでいたブレイカーが、いつもの落ち着いた笑みを向けてくれた。


「はい! 依頼の報告に来ました!」


「よし、聞こうか」


 ナナミは収納鞄から成果物をひとつずつ取り出す。


「まず……光苔です、それと海晶核を三つ」


 容器が淡く発光し、光苔が揺らめいた。


「ほぉ……状態がいいな。……ん?」


 ブレイカーの眉がピクリと動く。


「海晶核が三つ、だって?」


「はい、三体いました。全部……倒せました!」


「……三体?」


 彼の表情が一瞬だけ強張る。


「いや待て。情報だと“シェードフィッシュは一体”のはずだったんだがな……」


 ブレイカーは海晶核を確認し、深く息をついた。


「済まないナナミ……しかし何より、よく無事で戻ってきてくれた。三体は難しい相手だ」


「装備のおかげもあって……なんとか!」


 ナナミが胸を張ると、ブレイカーは少しだけ笑う。


「それにしても……光苔は傷ひとつなく採れてるじゃねぇか。状態は文句なし。量もある。これだけ上質なのは久々に見るな」


「ほんと!? よかったぁ……」


「それと……これは?」


 ブレイカーの視線が、ナナミが机に置いた青い鉱石に向かう。


「あ、洞窟で採れた青鉱石です。綺麗だったので……つい」


「青鉱石か。武器や装飾品の素材になる。買い取りはできるが……」


 ブレイカーは少し考え込み、言う。


「今売るより、自分用に残しといた方がいい。お前なら近いうちに自分の武具を作る話も出てくるだろ。取っとけ」


「そうなんですね……! わかりました、持っておきます!」


「よし」


 ブレイカーは帳簿を開き、報酬を書き込む。


「まずシェードフィッシュの海晶核。これは光海帯ランクDだな。ひとつ銀貨2枚と銅貨5枚。それが3個で銀貨7枚と銅貨5枚だ。

 依頼報酬が銀貨5枚。

 ……それと──」


 彼はにやりと笑い、金色の硬貨をひとつ置いた。


「今回の評価は“大成功”。追加で金貨1枚だ」


「えっ……金貨……!?」


 目が丸くなるナナミ。

 手が震えて、金色の硬貨をそっと両手で包む。


「わあ……」


「シェード三体は想定外。しかも無傷だ。

 これは文句なし、だ」


 そう言い切ると、ブレイカーは少し姿勢を正し、大きな声にならない程度の真剣なトーンで続けた。


「ナナミ。テストは合格だ。

 ……いや、合格どころじゃねぇ。ウチでもそうそういねぇレベルの新人だよ」


「え……」


「だから改めて言わせてくれ。

 ──ナナミ。これからも、ウチの力になってくれないか?」


 その言葉は、ナナミの胸に深く、痛いほど響いた。


 今まで、ずっと邪魔者で。

 役に立てたことなんてなくて。

 存在を否定されるのが当たり前で。


 でも。


「……はいっ! わ、わたし……こちらこそ、お願いします!」


 躊躇なく返事が口をついた。


「ふっ、いい返事だ」


 ブレイカーは嬉しそうに頷いた。


(よかったじゃない、ナナミ)


「うん……っ!」


 嬉しさで涙がこみ上げそうになるのを必死に堪える。


 だが次の瞬間──


「……っ?」


 膝が、ぐらりと沈んだ。


「おいっ、ナナミ!?」


(魔力の消耗が急に出たのよ! 動かないで!)


「あ……だい、じょうぶ……です……」


「大丈夫じゃねぇ! 今日はもう帰って休め!」


「は、はい……」


 ブレイカーが支えてくれなければ、そのまま崩れていただろう。


「魔力の使いすぎだ。初回は無理が出るもんだ。

 宿に戻って、温かいもん食って寝ろ。命令だ」


「……ありがとうございます」


「何かあったらすぐ言えよ。もう一人で背負わなくていい」


 その言葉がまた胸を締めつける。


 ナナミは深々と頭を下げ、ギルドを後にした。


     *


 宿へ戻る頃には、すっかり夜になっていた。


「……ただいま……」


「お、おかえりナナミちゃん! 遅かったねぇ!」


 海辺の子ブタ亭のダイアンが驚きつつも笑顔を向けてくれる。


「えへへ……お腹空いちゃいました……」


「温かいの用意できてるよ!おたべ!」


 ダイアンが呼びかけるとスコットが黙々と卓に料理を並べた。湯気の立つ野菜スープと焼き立てのパン、そして魚のフライだ。


「いただきます」


 一口食べた瞬間──


「……あ……あったかい……美味しい……」


(今日はよく頑張ったわね、ナナミ)


「……うん……」


 心地よい疲労感と温かい食事に胸の奥がじんわり熱くなる。


 食べ終えたナナミは、部屋へ戻るとベッドへ倒れ込んだ。


「今日は……ほんとに……すごい日だった……」


(ええ、あなたの“初めて”が、たくさんあったわね)


「うん……」


 瞼が重くなる。


 魔力の消耗と安堵に包まれながら、ナナミはゆっくりと眠りについた。



 ──こうして……ルミナを失い、アストラルの助けを経てアクア・ヘイブンへ帰還したナナミ。

 彼女はギルドで初めて「認められる」経験をし、正式なダイヴァーとして歩き出したのだった。



 第二章 アクア・ヘイヴン 完



 ⸻


 【ナナミのお財布】

 金貨15枚、銀貨15枚、銅貨5枚


第二章、これにて完結です。


読んでいただいて、ありがとう。

ロートシルト

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハイファンタジー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ