第二十二話 ダイヴァーとして
ギルド裏の静かなスペース。
喧騒から少し離れたその場所で、ブレイカーは腕を組んでナナミを待っていた。
「来たな、ナナミ」
「はい」
緊張して背筋を伸ばすナナミに、ブレイカーは依頼票を広げて見せる。
「まずは今回の依頼だが──採取と討伐、両方だ」
「採取と……討伐?」
「あぁ。“青の洞窟”の調査だ」
ブレイカーは依頼票に指を置く。
そこには海図と座標が記されていた。
「──ここだ。アクア・ヘイヴン座標で X+12、Y−4、Z−35」
ナナミは数字を見つめ、首をかしげた。
「えっと……この数字って……?」
「あぁ、聞いたことねぇか、まぁ、見習いなら仕方ないな」
(座標の話ね。ちょうど覚えた方がいいわ)
ブレイカーは無駄のない動きで空中に線を引くように指を動かした。
「いいか、アクア・ヘイブンを中心にして──
Xが東西、Yが南北、Zが深度だ」
「……え? じゃあ、Z−35って……深さ35メディル(※1メディルは1メートル)の場所ってこと?」
「その通りだ」
(わかりやすいわね。海の世界ではZ軸が一番重要よ、ナナミ)
ナナミはこくりと頷いた。
「この座標に、“青の洞窟”と呼ばれるフロート・オーブがある。
直径およそ30メディルの巨大な漂核でな。通称……まぁ、お前らの言葉だと“マリモ”だ」
「マリモ……!」
ブレイカーは続ける。
「そのマリモの中に 光苔 が発生してるのが確認された。
回復薬の素材として重要だ。だから採取が必要になる」
「採取……だけじゃないんですよね?」
「あぁ」
ブレイカーは険しい表情に変わる。
「青の洞窟の中に小型海魔が棲みついてるのが確認された。
種類は“シェードフィッシュ”。初級ダイヴァー向けの相手とは言え。……機動力が高い海魔だ。油断したら命も落としかねない。」
(あの深度なら光はあると言え、油断したら危険よ)
「その海魔を撃破した上で、回収できる分の光苔を持って帰ってくる。
それが今回の依頼だ。成功報酬は光苔の数と質次第だが最低保証銀貨5枚。そして撃破した海魔の海晶核だな」
ナナミは拳を握る。
「……やります。やらせてください」
即答。
ブレイカーはその様子をじっと見てから──ふっと口角を上げた。
「言うと思ったぜ。よし、依頼は受託だ」
「ありがとうございます!」
「──だが、その前に一つ」
ブレイカーはナナミの全身を眺め、頭を掻いた。
「ナナミ……お前の装備、ボロボロすぎる。危険だ。」
「えっ……」
確かに、追放された時のまま。
破れかけのダイヴァースーツ、ところどころ擦れている装具。
戦う以前の問題だった。
「運良く生き延びてるだけで、今の装備じゃ深度35はきつい。
まずは装備を整えろ。最低限の潜行具と防具。武器もだ」
(そうね。あなたの身体能力がどれだけあっても、装備が弱すぎるわ)
「ど、どこに行けば……?」
「ギルドを出て左手。“ディープリーフ堂”って店がある。
店主はクセがあるが……モノは確かだ。初心者用の装備も揃ってる。……言ったろ。困ったら面倒見るってな」
ブレイカーは背を向ける。
「まずは装備を揃えて来い。
それから“青の洞窟”へ向かう段取りを教えてやる」
「はい!」
(ナナミ、気を引き締めてね。いよいよ“初めての本当の潜行”よ)
「うん……!」
ナナミは深呼吸し、ギルドを後にした。
* * *
──アクア・ヘイブンの街路。
潮風に布がたなびき、露店の魚が光を反射して揺れる。
人々の笑い声、船を修理する金属音。
ナナミは通りを歩き、やがて目に飛び込んできた。
大きな青色の看板。
【ディープリーフ堂】
ダイヴァー潜行具専門店──と書かれている。
「ここだ……!」
(ええ。ブレイカーが勧めるなら、間違いはないわ)
ゆっくりと扉に手をかける。
ギィ──……
中から、工具音と、油の匂いと、いろいろな香りが混ざった独特の空気が流れ出してきた。
ナナミはそっと足を踏み入れる。
──次回へ続く。




