戦い済んで夜が明けて その2
いつも誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
一仕事終えた若い衆がどやどやと食堂に入ってきたので、あたしは翡翠亭を離れる事にしました。
これからアズサさんもマーヤちゃんも修羅場ですからね。
お腹を空かした若者の集団は、奈良の公園で鹿せんべいに群がる鹿の様なのです。
決して邪魔をしてはいけません。
あたしが次に寄ったのは、マッコイ商会の倉庫でした。
女性と子供達の避難所に指定されていましたが、凄い被害を受けたそうです。
幸いにして怪我人が若干出ただけで、人的被害はほとんど無かったとか。
今も、プーキーさんを筆頭に、有志の女性達が片付けに勤しんでいるらしいのですが…
そばに来ただけで、少しだけ開いた扉の向こう側から、怒鳴り声が聞こえてきました。
そっと扉を開けて中の様子を覗いてみます。
「うわーお」
そっと閉じました。
中は想像以上の混沌です。
倉庫の商品棚が半分以上、倒れかけていて、その中身が床に散乱していました。
もう一度、端から押し倒したら、そのままドミノ倒しのように全壊しそうです。
今は、それ以上倒れないようにロープで天井に括り付けて、床の商品を回収している状況みたいです。
綺麗に陳列されていたのに、今はごちゃ混ぜになっていて、あれを分類・整理するのにも時間がかかりそうです。
倉庫の真ん中では、プーキーさんが腕を組んで仁王立ちで指示を出しています。
あの大人しいプーキーさんが、あれだけ怒鳴るんですから、避難していた人達が、何かやらかしたんでしょうか?
とにかく、触らぬ神に祟りなしです。
へたに声をかけると、そのまま片付け班に組み込まれそうなので、ここは撤退します。
細工師のダイナーさんの仕事場にも寄りました。
でも会えませんでした。
なんでも昨晩は徹夜で仕事をしていたらしく、今は自宅で爆睡しているんだそうです。
「ちゃんとお仕事してたんですね」
仕事場の壁に、真新しい魚拓が張られていたのは、見なかった事にします。
しかも、そんなに大物でもないのに…
まあ、魚拓という新しい釣り自慢の種を見つけた事を、仲間に自慢したかったのだと思います。
今度、もっと大物を釣り上げて、横に飾ってあげますから。
「なんなら、今からでも…」
「がう」
いつの間にか、ヌコ様が横にいて、あきれています。
いやいや、冗談ですからね。この村の復興の最中に、釣りに行く馬鹿がどこに…
「がう」
「はい、ここに居ましたね」
ヌコ様は何でもお見通しなのです。
「それで、今までどちらに?」
ネクロマンサーを倒した後、村に戻る途中で、ヌコ様は別行動をとりました。
半日ぐらい、出払っていた計算です。
「がうがうがう」
「ああ、なるほど、ゾンビ・ビーバーを片してきたと」
そういえば居ましたねそんなのが。
操られていなかったので、すっかり忘れてましたよ。
でも、放っておくと、いつまでも川をダムで堰き止めておくでしょうから、倒さないといけないですね。
「がうがう」
「それらを倒すついでに、周囲の安全の確認をしてきたと。流石ヌコ様です、略してサスヌコ」
ゾンビ・ビーバーの死体はどうしたのか気になりますが、きっと下流に流れてしまった事でしょう。
まあ、動物の死骸が流れていくのは良くあることです。
自然淘汰と言っても過言ではないでしょう。
「来年、川エビが豊漁にならない事を祈ります」
十体以上、居たらしいからなあ……
最後にマッコイ爺さんに会いに行くとしましょう。
何やらあちらも話があるそうなので。
マッコイ爺さんは、商会の事務所の会長椅子に腰掛けて、難しい顔をしています。
「どうもー」
「ああ、お前か」
「何やら考え込んでるみたいですが、やっかい事ですか?」
もうこれ以上は勘弁して欲しいところです。
「厄介と言えば厄介だが、危急の用事じゃないから、そんなに警戒せんでも大丈夫だ」
この爺さんも、サトリの怪物ですよね。
「それで、何かあたしに用があるとかないとか」
「用も無いのに呼びつける事などせんわい。依頼の報酬を渡そうと思ってな」
「いや、別に依頼料が欲しくてやったわけじゃないですから」
「そうはいかん。村長代理として、師匠殿への伝言と、討伐隊の護衛は正式な依頼として頼んだのだ。まあ、他のあれこれは、村人との友誼ということで、なあなあにしてもらっても一向に構わんが」
「そう、ぶっちゃけられると、請求したくなるんですけど」
初期の村の防衛と死霊術師の討伐は、確かに依頼はされていない。
元からボランティアみたいなものと割り切っていたけれど、マッコイ爺さんの顔を見てると、ギャフンと言わせたくなるのだ。
「ああ、構わんよ。翡翠亭の女将からは、宿泊費の永久無料とか提案してもらえてるしな。お前が、それで良心の呵責に耐えられるというなら、それを別報酬としようか」
「いえ、結構です」
最初の頃は、感謝を込めてお世話してくれていても、やがて厄介者を見る様に代わっていくのが、目に見えるようです。
マーヤちゃんに、 「ショーコ姉って、いつまで居座るの?」 って言われるのは辛過ぎます。
流石、サトリの怪物。あたしなどがどうこうできる相手ではありませんでした。
全面降伏です。
「これが依頼料だ。まあお前は冒険者じゃないが、冒険者ギルドの相場で換算してある」
渡された革袋は、ずっしりと重かったです。
あたしは中身を確認せずにそれを受け取ります。
「なんだ、直に開けて見ないのか?」
「そこは信用してますから」
「はは、相場が判らないから文句の付け様が無いだけだろ?」
「ぐぬう」
図星です。
まあ、幾らでも文句は言いませんけどね。
村はこれから大変なのですから。
「まあそうだな、それが今の精一杯だ。聖獣にも何か礼をと思ったが、何を喜ぶかさっぱりわからん」
「ああ、それなら香辛料をください。あたしが料理してヌコ様に献上します」
「ふむ、それでよいなら考慮しよう。ただし少し時間をくれ」
「やはり香辛料は貴重ですか」
「いや、必需品でないから供出するのには問題ないんだが、在庫がどれくらい無事だったのかが判らん」
ああ、そうでした。倉庫があの様ですからね。
「ですね。ではその頃に」




