戦い済んで夜が明けて
開拓村に夜明けが訪れました。
それは長い長い戦いが終わった事を知らせる、鐘の音の様な朝日の差し込みでした。
一晩中焚かれていた篝火は、日の出とともに全てが消され、今は積もった灰を掃除している最中です。
使わなかった薪は、教会の前に集められ、死者を荼毘にふすのに使われています。
あたしもお手伝いで教会まで運び込んだら、マリアが大怪我していてびっくりしました。
「ど、どうしたの?その腕」
「ドジ踏んでね…いや、そうじゃないな。腕一本犠牲にしなきゃ、勝てない相手だったって事さ」
すでに血止めは終わっていて、失われた体力も元に戻っているそうです。
でも切られた右腕は元には戻りません。
「師匠でも四肢再生は無理だと思う…」
リジェネレートという高位の光魔法なら、切断された手足も、ゆっくりと再生するらしいけど、師匠でも届いてないぐらいランクが高いらしい。
『ショーコ君、どんなにボロボロになっても治して上げられるが、四肢欠損だけは治せないからね』
出立の時に、師匠に念を押されたのが思い返されました。
「なに、命があっただけマシってもんさ。利き腕なんでちったあ不便だが、元から両手利きになれるよう訓練してたんだ。飯食うぐらいは問題ないね」
マリアは、そう言って、垂れ下がった右袖をひらひらさせている。
「だいたい、四肢再生なんて王都の大司教様ぐらいしか使い手がいない呪文らしいぜ。それを森の賢者様とやらが、ほいほい村人に使ってたら拙いだろ」
「でも師匠なら今からでもランクを上げて使える様になるかもだから…」
「おいおい、四肢再生に届いたら、次は死者蘇生って話になっちまうぜ。これから不慮の人死にが出る度に、開拓村の全財産持って賢者様に詣でようってか?無理に決まってら」
確かに、今回の襲撃で十数人の方が亡くなったと聞きました。
もし万が一、その全員を蘇生することになったら、術者に支払う報酬は天文学的な数字になってしまうでしょう。
さらに噂を聞きつけた貴族達が、列を成して大森林に押し掛けるに違いありません。
「辺境の最前線で暮らしてるんだ。この村の連中は腹くくってるんだよ。幸いな事に、女子供に死者はいない。兵士達の死は無駄じゃなかったって事さ」
今回の襲撃事件の被害者は、死者17名、重傷者8名、軽傷者35名にのぼったと聞かされました。
この中にはキャラバンの護衛として村に帰還する途中だった、自警団の団員達も含まれています。
彼らの遺体は、炭焼き小屋に残っていた副団長達が担いで運んできました
そのまま放置すれば、再び悪霊に憑りつかれるからです。
特にワイトに転化してしまった遺体は、徹底的に浄化して埋葬しないと、かなりの確率で再びアンデッド化するそうです。
自警団は、開拓村の防衛をしていた団員も含めると、15名の殉死者を出した事になります。
団長自身も殉死しており、団の再建には相当の時間が掛かると見られています。
なお、残りの2名は、昨晩の暗闇の中でゾンビに襲われた村人でした。
17名の葬儀は、シスターマリアの主導の元に粛々と行われ、故人の家族や友人が多数列席しています。
シスター自身が負傷により右腕を欠損している為もあり、葬儀は簡素化したものでしたが、厳粛な雰囲気の中、滞りなく進められました。
それと同時進行で、村の中に散乱する動物の死体も、村の外の臨時火葬場に積み上げられます。
これらは、組み上げられた丸太の中にうず高く積まれ、火魔法で焼かれるだけです。
再びアンデッドとして蘇らないように。
そして病気や毒素を周りに撒かないように。
こちらの責任者は鍛冶師のモルガンさんです。
普通なら自警団の責任者の仕事らしいですが、マッコイ爺さんと副団長さんは、埋葬に立ち会っています。
そちらの方が村長代理として重要なので、こっちはモルガンさんに任せたそうです。
決して腐った肉が焼ける臭いが嫌だったわけではないと、弁解してました。
「絶対に、それが理由ですよね」
「まあな。ただワシも何か仕事がしたかったから、丁度良いんじゃよ」
モルガンさんは、ワインの瓶からラッパ飲みしながら、積みあがるネズミとオオカミの死体を見つめています。
「仕事しながらお酒はどうかと思いますよ?」
「なに、飲まないと遣ってられないってやつじゃよ」
モルガンさんも、この被害の多さに思うことがあるのかも知れません。
動物の死骸が全て積み上がると、最後に筵で簀巻きにされた二つの遺体が運び込まれました。
邪教徒のローグとウォーリアーの死体です。
彼らを村の共同墓地に埋葬することは、全ての村人が拒絶しました。
故に、ここで火葬します。
死体には浄化の呪文だけ掛けられており、祝福も聖句もありません。
亡霊になって彷徨わない様に、口の中には塩が詰められ、心臓に白木の杭が打ち付けられています。
火葬されるだけマシなようで、普通ならこのまま川に流してしまうらしいです。
「ダイナーの奴が、釣った魚が食えなくなるから、絶対に駄目だと言い張ってなあ」
それにはあたしも賛成です。
来年は川エビが豊漁だろうとか噂されるのは勘弁ですから。
死体の山を取り囲む様に、薪が並べられ、油が撒かれました。
火魔法が唱えられると、凄い勢いで燃え上がります。
パチパチと薪の爆ぜる音とともに、黒い煙が、森の空へと立ち昇っていきました。
最後まで見届けるというモルガンさんを残して、あたしはアズサさんとマーヤちゃんを探しに村に戻りました。
話に聞いた所によると、二人とも倉庫防衛戦で活躍したそうなのです。
過去に何やらありそうなアズサさんはともかく、マーヤちゃんが戦闘に参加したことが驚きです。
二人は翡翠亭に戻って炊き出しの準備をしている所を捕まえました。
「あ、ショーコお姉ちゃんだ!」
逆にあたしを発見したマーヤちゃんが、ダイビングヘッドをかましてきました。
「グフッ」
鳩尾に直撃です。
しかも以前より威力が上がっています。
「や、やりおるな」
嬉しいのはわかるけど、頭頂部でお腹をグリグリするのは止めて。
中身が出ちゃうから…
「あのね、あのね、マーヤ頑張ったんだよ」
「みたいだね。噂は聞いたけど、危なくなかったの?」
そこへアズサさんも料理の手を止めてやってきました。
右手にはいつもの包丁を握っています。
「なに言ってるのさ。あの夜に危なくない場所なんて村中探してもなかったんだよ」
それほどの激戦だったのです。
「それに、子供達にも戦える手段を渡したのはショーコじゃないか」
「あたしは、そんなつもりじゃ…」
確かに聖水の入った胡桃を投げるのに、躊躇しないように的当ての競技を教えました。
でもそれは最後の手段のつもりだったし、積極的に戦闘に参加するとは思っていませんでした。
「勝ちに繋がったんだから、どうだっていいさね。的当ては、子供達の中での順位付けに役立ったし、そのお陰で騒ぎ出すのが居なくて大助かりだったんだよ」
「それなら良かったですけど…」
一歩間違えると、自分達で倒せると勘違いしたガキ大将が、暴走する未来もありえたのです。
「結果オーライさ。今も母親は片付けで忙しくて子供の面倒まで見れないけど、的当てに夢中で大人しいもんさね」
そういう効果もあったんだ。
「あれ?マーヤちゃんは良いの?」
防衛王者が不在で大丈夫なんだろうか。
「うん、今は挑戦者を決めてるとこ。王者決定戦はしばらく後だから」
もうそんなルールが出来上がっているらしい。
そして食事の後に開催された、的当て王者決定戦では、マーヤちゃんが貫録の防衛を果たしたのであった。




