7Days to the Dead 24th
『負けたな』
開拓村を、見えない赤い目で見つめるワイト・ネクロマンサーが呟いた。
先ほど、ローグとウォーリアーとのリンクが切れた。
どうやら二人とも倒されたらしい。
指揮官が倒されれば、後は烏合の衆である。
早晩、ゾンビ・アニマルは駆逐されるであろう。
二度目の敗北であった。
前回はイレギュラーな聖獣の乱入により、企てが崩れてしまったが、今回はそれを見越して、使徒と聖獣の不在を狙ったにもかかわらず、勝てなかった。
主力を引き釣り出して、その間に本拠地を潰す作戦であったが、誘い込まれたのは彼らの方だったようだ。
闇の帳で視覚を遮断し、壁を乗り越えての奇襲は成功したはずだった。
しかし内部で待ち受けていたのは、哀れな村人ではなく、牙を剥く戦士だったようだ。
『存外、不甲斐ないな』
積極性の無かったローグはいざ知らず、ウォーリアーは、自分一人でも勝てると豪語していたにも拘らずこの様である。
やはり戦馬鹿では荷が重すぎたようだ。
それとも村人の中に、彼らを上回る猛者がいたのだろうか。
どちらにしろ、目標は混乱から立ち直り、迎撃態勢を固めてしまっている。
これから彼自身が乗り込んでも、勝ち目は薄いだろう。
なにより、ローグとウォーリアーを倒した戦力が、まだ健在であるならば、返り討ちにあう可能性が高い。
彼は人間の戦闘力を過小評価することはない。
あれらは、脆弱で、臆病であるけれども、いざ、自分たちの本拠地が危機に見舞われると、一致団結して守ろうとする生き物だ。
最初から村を狙わずに、周囲に網を張って数を減らすのが良かったようだ。
こちらも戦力を削られたので、次はそうすることにしよう。
あのキャラバンの護衛らしき兵士たちの様に…
そうやってワイト・ネクロマンサーは、それ以上の襲撃をあきらめて、村から離れた。
いや離れようとした。
だが、そこには、肩で息をする疲労困憊の使徒と、元気一杯な聖獣が待ち構えていた。
なんとか間に合ったみたいです。
村は奇妙な骨の壁に半分包囲されていましたが、門は破られておらず、中から煙も上がっていません。
なにより、敵の親玉である、死霊術師が、あきらめて帰ろうとしていたのがその証拠でしょう。
「ぜえ、ぜえ、やっと見つけました」
「がう」
「ぜえ、ここで会ったが百万年目です」
「がうがう」
「神妙にお縄につけです」
「がう?」
もちろん捕縛する気など更々ありませんが、軽口で相手の戦意を削ごうという高等な戦術です。
しかし相手の反応は無く、無言のままです。
「やばい、滑りましたかね?」
「がう」
「いやいや、あたしの所為だけじゃないですよね?ヌコ様も2回目の返事は疑問形でないと」
「がうがう」
「打ち合わせと違っても、そこは合わせてくださいよ。どれだけコンビ組んでると思ってるんですか」
二人の掛け合いを、呆れたような死霊術師が遮った。
「ヨウガ ナイナラ カエラシテ モラウゾ」
どうやら時間稼ぎは無理っぽいです。
それでもあたしの息を整える時間は、手に入りました。
改めて相手を観察します。
見た目は黒いローブを被った中肉中背の術者に見えます。
しかし良く見ると、その手は黒ずんで、皺くちゃで、爪が恐ろしいほど伸びてます。
ローブのフードから覗く顔も、ホラー映画真っ青の強面で、両目は三日連続の貫徹後のように充血しています。
右手に持った魔法の杖も、黒い樹木から削り出した禍々しい形をしていて、骨董品屋で売っていても、絶対に手に取らないタイプの危なさです。
首から下げたペンダントが絶望的に似合っていません。
側に護衛のゾンビやワイトが居ないのが不思議ですが、きっと村の襲撃に全部つぎ込んだ結果だと思われます。
こっちは、あたしとヌコ様の一人と一体です。
2対1なら勝てます。
わが軍は圧倒的です。
「予備戦力まで投入した、貴方の負けです!」
「ソレハ ドウカナ」
死霊術師が杖を振りかざした瞬間、最後の戦いが始まりました。
ヌコ様が死霊術師の詠唱を阻害しようと、飛び出していきました。
次の一歩でヌコパンチの間合いに入る、そのとき、何かに気づいたヌコ様は大きく脇へ軌道をずらしました。
なぜなら、術師の影が突然、立ち上がってきたからです。
「闇魔法?」
「がうがう」
弓を構えてヌコ様を援護しようとしていた、あたしの動きが止まります。
そこへヌコ様の警告が来ました。
「アンデッドのシャドウですか?」
あたしは必死にダンジョン知識から、シャドウの情報を思い出そうとした。
『シャドウ』
物質的な肉体を持たないアンデッドで、影の中に自由に出入りできる。そして影に潜んでいるときは、殆ど感知できない。
魔法もしくは魔法の付与された武器でしかダメージを与えられない。
接触による攻撃は、対象の筋力を低下させ、最後には死に至らしめる。そうやって殺された犠牲者は、数時間後にはシャドウとして転化してしまう。
「ヤバイ奴じゃないですか!」
「がう!」
そんな危険なアンデッドが、周りのあらゆる影から湧き出してきたのです。
その数、8体。
あたしとヌコ様を4体ずつで取り囲んできました。
「あっという間にピンチです」
それにしても、敵の数が多すぎです。
能力からしてもゾンビなんかとは比べ物にならないはずのアンデッドを、8体も操れるのは何故なんでしょうか?
「わかりました、その杖の能力ですね!」
「サテ ドウカナ」
よくよく考えれば、使役していたアンデッドが全滅したので、操れる枠が大幅に空いたのが原因だったのですが、その時には思いつきませんでした。
つまり死霊術師は、野良として召喚しておいたシャドウを、使役し直しただけだったのです。
ヌコ様もシャドウ相手には苦戦しています。
敵のストレングス・ドレインは聖獣であるヌコ様には効きませんが、ヌコ様のパンチもシャドウには効きません。
お互いに決め手のないまま、睨み合いが続いている状況です。
あたしの方は大ピンチです。
魔法の付与された武器が無い以上、呪文で戦うしかないのですが、4体に囲まれているので、詠唱する隙がありません。
ここまで接近されていると、短縮詠唱でも阻害される可能性が出てきます。
こういうときの無詠唱なのですが、あたしの詠唱短縮スキルはランク2のままなので無詠唱は出来ません。
シャドウの攻撃を、必死に回避するのが精一杯です。
こちらの手詰まり感を見て、死霊術師が畳みかけてきます。
「ダーク・バースト(暗黒爆裂陣)」
「ネガティブ・レイ(精気吸収光線)」
「フィア(恐慌)」
こちらが反撃できないのと、闇魔法や死霊魔法はシャドウには悪影響を与えないので、バンバン飛ばしてきます。
ヌコ様には、通常の状態異常は効きませんが、ダメージは入るので嫌がっている様に見えます。
あたしは、もちろん満身創痍です。
見かねたヌコ様が、包囲を破って術師本人を狙いますが、シャドウは影の中を素早く移動してそれを邪魔します。
「ドウヤラ オマエダケハ コロセソウ ダナ」
勝ち誇った死霊術師が、語りかけてきました。
「そっちこそ、マナ切れみたいだけど?」
打ってくる呪文のランクが下がってきているのは事実です。
「ダガ ソレガ ドウシタ キサマニハ ナニモ デキマイ」
このままいけば、ヌコ様はまだしも、あたしは持ちません。
でも、こいつに殺されてアンデッドとして使役されるのは御免こうむります。
なので切り札を切ります。
「あたしには何もできなくても、師匠にはできる!」
魔力の発動を感知して、シャドウが一斉に襲い掛かって来るけど、呪文の発動の方が早かった。
なぜなら、これは師匠から借り受けた魔法だから。
『リボルバー』を2発レンタルするよりも、これ一発で決めてこいと渡されたランク2神聖呪文。
その名は 『ターン・アンデッド(悪霊退散)』
範囲内の全てのアンデッドに魔力対決をして、勝てば魔力の差に応じて効果が得られるクレリック御用達の呪文である。
魔力差が少なければ、ダメージが少し入るだけだが、その差が広がると、アンデッドを委縮させたり、恐慌状態にして追い払ったりできる。
そしてその差が圧倒的なら、一瞬で滅ぼすことも可能なのだ。
残念ながら魔力対決は、レンタルしている術者本人のマナを使うので、師匠の暴力的な判定は出来ない。
だからこそ、あたしはずっと魔法を節約してきたし、相手に好き放題させていたのだ。
「「「 フシャアアアア 」」」
あたしを囲んでいたシャドウも、ヌコ様を囲んでいたシャドウも綺麗さっぱり消えて無くなった。
「コンナ バカナアアア!!」
もう殆ど魔力の残っていなかったワイト・ネクロマンサーも、抵抗する間もなく消滅した。
後には、黒い杖と黒いローブと黒いペンダントだけが残っていた…。
「がう」
「終わりましたね」
長かった邪教徒との闘いに決着がついた。




