7Days to the Dead 22th
教会の戦いの決着が付く少し前。
マッコイ商会の倉庫で大きな悲鳴があがった頃。
その隣の商会の事務室で、プーキーが暗闇の中、一人で魔道具と格闘していた。
暗闇の中で手探りで、金庫の中身を取り出すのは、普通なら不可能にも思える。
それを仕舞った場所を一つ一つ思い出しながら、目的の物を探し出そうとしていた。
「これは『水中呼吸』のスクロール。その隣が『ストーンウォール』、その隣が…えっと『フライ』で、その次が…」
そしてやっと目当ての物に辿りついた。
「あった…『ディスペル・マジック』のスクロール…のはず」
それは契約魔法ランク4の『ディスペル・マジック(魔法消去)』の呪文スクロールであった。
「問題はこれを私が発動できるかどうかだ…」
彼の契約魔法のランクは2しかない。
ランク4のスクロールを唱えるのは、かなり危険が伴うのだ。
使っても発動しない事もある。
ただその場合はスクロールは失われないので、何度かやり直せば良い。
問題は呪文は発動したが、暴発になってしまう場合だ。
呪文が暴発すれば、予想できない被害が巻き起こる可能性もあった。
少しでも暴発の確率を減らして呪文を発動させるなら、契約魔法のランクが高い、商店主のマッコイに渡すのが正しい。
しかし、状況がそれを許さない。
視界の利かない状態で、マッコイを探し出してスクロールを届けるのは至難の技だ。
それにも増して、隣の倉庫から聞こえる悲鳴が、非常事態を想起させた。
「やるしかない…」
これ1枚で金貨200枚するとか。
暴発して金庫ごと吹き飛んだら、損害賠償はその10倍じゃきかないとか。
そもそもこれ本当に『魔法消去』なのか?とか。
幾つもの不安要素が、頭の中に浮かんでは消えるが、今は決断のときだ。
彼は手にした羊皮紙の巻物を手早く開くと、その表面に手のひらを当てながら、呪文を詠唱した。
「古の盟約によりて、我は願う。竜と、星と、剣の御使いの名において、この忌まわしき闇の帳を打ち消さんことを!『ディスペル・マジック!!』」
その瞬間、羊皮紙は青白い炎をあげて燃え上がり、体内から多量の魔力が放出された。
そして開拓村から闇が去った。
『ダークゾーン』が消去されると、屋外には星明りが降り注いだ。
人族の目にも、その変化がわかったが、よりはっきりと気づいたのは夜目のスキルを持つドワーフと獣人達であった。
「闇魔法が消えたぞ!」
「篝火を灯せ!松明をつけろ!」
その声に促されて、村のあちこちに明かりが戻ってくる。
マッコイ商会の倉庫も同様である。
ダークゾーンに打ち消されていた、恒久照明具が、再び光を取り戻した。
そこに広がっていたのは大惨事である。
倉庫の外から壁を食い破ろうとするゾンビラットの破壊音に怯えて、反対側の出口に女性陣が殺到したために、商品が滅茶苦茶に散乱していた。
押し倒された商品棚が、隣の棚にかろうじて支えられており、中に並べられた商品を全て床に吐き出している。
まるで大きな地震でも起きたかの様だ。
それに挟まれた数人が呻き声をあげているが、誰も助ける余裕がなかった。
なぜなら暗闇で何も見えなかったからだ。
恐怖に駆られた数人が、扉を開けて外に逃げ出そうとしたようだが、彼女達は全員、一人の女傑に押し留められていた。
「ここを開けたら奴らの思う壺さね。外に出るにしても、せめて灯りが戻ってからにしな!」
アズサの武勇伝を知っている女性陣は、鼠よりも恐ろしいものに怯えて、ただ悲鳴をあげるだけだった。
そこへ奥の壁際を警戒していたマーヤが駆け戻ってきた。
「母さん、音がしなくなったよ」
「そうかい、やはりマッコイ爺さんの倉庫は伊達じゃないね。鼠ごときには破られやしないさね」
わざと周囲に聞こえるように会話する。
「奴らはこっちが怯えて逃げ出すのを待ち構えているだろうから、どうしたものかねえ」
倉庫内に明かりが戻ったのはその時であった。
「あれ?明るくなった」
「助かったの?わたし達…」
「誰か…足が挟まって動けない…」
「お母さん!お母さん!」
一斉に騒ぎ出す女子供を一瞥すると、アズサはマーヤに囁いた。
「的当ての上手い子を出口付近に集めるんだ」
「アイ・コピー」
マーヤは母親の意図をすぐに見抜くと、自分とトップを争っていた連中を招集した。
その間に、アズサは二人の護衛の女性と打ち合わせをすませ、出口に広い空間を作った。
密集した女性陣を押しやり、散乱した商品を蹴飛ばして足場を確保したのである。
「用意はいいかい?」
小声で確認するアズサに、護衛と子供たちが頷く。
アズサは、閂を外して、扉を30cmだけ開いた。
すると、そこからゾンビ・ラットが飛び込んで来た。
「「はいっ!」」
すかさず護衛の二人が切りかかり、ゾンビラットを真っ二つにした。
しかし鼠は次から次へと入り込んでくる。
アズサも扉を押し止めながら、すり抜けようとするゾンビラットを切り刻む。
それでも狩りきれずに倉庫内に侵入したゾンビラットを、マーヤの部隊が迎撃した。
胡桃を投げつけたのである。
「やあ!」 「おりゃあ!」 「ちょいさあ!」
動かない的より当て辛いが、距離は近い。
ゾンビは怖いが、鼠の的だと思えば怖くない。
すぐに誰が止めを刺すかの競争になった。
「ジュウ」 「ジュワッ」 「ジュイイ」
四方八方から飛んでくる聖水入りの胡桃を、ゾンビラットは避けきれない。
人型ゾンビでさえヘッドショットすれば一撃で倒せる聖水である。
小型のゾンビラットでは、体のどこに命中してもイチコロであった。
しかも外れた胡桃は床で割れて、聖水の水溜りを作り出す。
あっという間に進路を塞がれて、右往左往している所を、アズサ達に狩られてしまった。
「「「 やったあーー 」」」
侵入してくる鼠が途絶えた事で、襲撃を乗り切った事がわかった。
喜び合う子供達の輪の中で、マーヤだけがアズサの行動を気に留めていた。
いまだに警戒を解かないアズサだったが、やがてするりと一人で扉から出ていった。
「母さん…」
マーヤには、母親が決着を付けに行ったのだと、わかった…




