7Days to the Dead 19th
いつも誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
晩秋も残り三日ともなれば、夜は驚くほど暗い。
普段は月明かりに照らされて、森の縁までは問題なく見えるのだが、今は、壁の上に焚かれた篝火の明かりが届く範囲しか視界が利かない。
さらに手元の篝火が明る過ぎて、より遠くが暗く見えるのだ。
その影に潜む様に、鼠の集団が堀に近づいていた。
ワイト・ローグに率いられた、ゾンビ・ジャイアントラットの精鋭部隊である。
どこが精鋭かと言うと、身体の腐敗が少なく、欠損部位が無い。
そして病原菌を保菌している所である。
その数、8体。
これがワイト・ローグに残された、最後の軍隊であった。
もうこの周辺、5km以内には、生きた鼠は居ない。
まさに根絶やしにしたのだ。
なので、ゾンビ・ラットの補給は無い。
鼠でなければ元鼠獣人のワイト・ローグには指揮できないので、配下として回してもらうことは出来ない。
正念場なのではあるが、戦功を上げるとか、部下の仇を討つなどという感情は、彼には無い。
ただ、ネクロマンサーに命令された通りに、人間を殺すだけである。
ローグ自身が人間の生気を吸い取れば、眷属に転化はできるが、彼にはそんな気はさらさら無い。
安全な場所から、配下を指揮して、人間を倒すのが好みなのだ。
そこから言えば、この作戦は気に食わない。
彼が直接、壁の中に乗り込むことになるからだ。
しかし、そうしないと、配下の鼠は各個撃破されてしまうだろう。
虎の子の部隊がなくなれば、単身で乗り込むことになる。
というか、そう命じられる。
ならば、少しでも盾が居るほうが安心だ。
ワイト・ローグは、配下とともに、見張りの兵士から探知されるギリギリの場所まで移動した。
ここで、作戦開始の合図を待つことになる。
合図があれば、ローグの部隊が最初に仕掛ける手はずになっている。
その騒ぎに乗じて、ウォーリアーの部隊が強行突入を仕掛ける。
そうなれば人間の意識はそっちに向うだろうから、自分は少し控え目に行動して、目立たなくしようと考えていた。
矢面に立つのは願い下げである。
人間は殺す。
できれば後ろから、ひっそりと。
それがワイト・ローグの遣り方である。
ワイト・ウォーリアーは不満だった。
彼は人間を屠る事が使命だ。
それも彼の剣で切り裂くか、彼の爪で引き裂くのだ。
なのにネクロマンサーはいつも止める。
戦士の彼に、前線に出るなと命令するのだ。
それに彼は逆らえない。
だが、不満は溜まる。
配下のゾンビ・ウルフが何頭も倒された。
彼が従えるべき部下である。
それが捨て駒のように扱われるのが、気に食わなかった。
跳ね橋の死闘の時もそうだ。
あれは敵味方、どちらも死力を振り絞った良い戦いだった。
とくに見張り台の上から、命を投げ捨ててゾンビ・グリズリーを止めた兵士は、見事であった。
あのような者こそ、転化して戦力とするべきなのに、ネクロマンサーはマナをケチって術を使わなかった。
しかも後詰として突撃しようとした彼を止めたのである。
あそこで彼が参戦すれば、敵は総崩れになったはずである。
なのに、聖獣が居るとか、こちらの正体がばれるからとか理由をつけて許可しなかったのだ。
げに度し難きは、小人の惰弱さである。
彼が指揮官だったなら、敵前逃亡の罪で切り殺している。
それが出来ないのが不満であった。
だが、弱腰ネクロマンサーも、やっと腹を括ったらしい。
今夜の襲撃は、全力で行うと宣言していた。
奴も前線まで出てくるという。
はなからそうしていれば、今頃、この砦も陥落していたはずであった。
まあ、良い。今夜は好きなだけ暴れられる。
一番槍がローグの部隊なのだけが気に食わないが、そこはまあ譲っても良い。
だが、最も首を獲るのは彼の部隊だ。
親衛隊6騎と彼が突撃すれば、立ち塞がる者など一蹴にしてくれる。
あくまで正面から人間を屠る。
それがウォーリアーの屍に様である。
そして深夜、日付が変わりそうな時刻、それは起きた。
開拓村の殆どが、一斉に闇に覆われたのである。
その闇に包まれた明かりは、ランタンであろうと、篝火であろうと、ライトの呪文であろうと、全て消え失せた。
そして咄嗟に再点火しようとも、光呪文を唱えても、明かりは灯らなかったのである。
唯一、教会の周囲だけが、不自然にぽっかりと闇から浮き上がっていた。
「なんだ、どうした!」
「敵襲!敵襲!」
「ダメだ、何も見えない!灯りを早く!」
「きゃあああああ」
「何故だ、ライトの呪文も発動しない…いや、発動してもすぐに消滅する!」
ただでさえ、煌々と照らしていた篝火が一斉に消えたのだ。
視力を失ったかに思える村人達の混乱は大きかった。
その中でもドワーフと獣人は夜目が効いた。
そのはずだった。
だが、この闇の中では彼らの能力も通用しなかったのである。
「これは、『ダークゾーン(闇の帳)』ランク3の闇魔法じゃ!」
いち早く呪文の正体に気づいた鍛冶師のモーガンだったが、彼にはそれを消すことができない。
なぜなら、この呪文を消すには、同じランク3の光呪文の『デイライト(陽光)』か、契約呪文ランク4の『ディスペルマジック(魔法消去)』が必要だったからである。
そして、今の開拓村に、それらを唱えられる術者はいなかった。
かろうじて先代が付与した光魔法が、教会を守っていたが、それさえも闇の中にいる村人には判らない。
突然の闇にただただ怯えるだけであった。
その合図を堀の外で待っていた集団がいた。
ローグの鼠部隊である。
ワイト・ローグは素早く堀の端に近づくと、担いでいた太いロープを器用に振り回し、壁の向こう側に投げ入れた。
その先端には鉄の鉤爪がついており、ロープを手繰り寄せると、がっちりと壁の角に食い込んだ。
そのロープを伝って、8匹のゾンビラットが壁を次々に越えていく。
最後にローグ自身がロープを手がかりに、壁を乗り越えた。
見張りが機能していれば、未然に妨害されたであろう、この行動も、闇に包まれていれば防がれる事はない。
そのまま中に降り立って、近くの建物に張り付いた。
そこは偶然だが、マッコイ商会の倉庫の裏手であった…
ウォーリアーは壁の中の気配を探っていた。
闇に覆われて混乱が生じているが、まだ警戒を続けて居る者も少数いる。
それらが鼠の部隊の襲撃に気づいて、意識を逸らせる時を待っているのだ。
そして反対側の壁に近い場所から、複数の甲高い女の悲鳴が沸き起こった。
それにつられて、こちら側の気配が減っていく。
本来なら、防衛側の指揮官が、持ち場を離れないように命令するのだろうが、その指揮官にも現状は把握できていまい。
兵士が個々に判断している今が、好機である。
ネクロマンサーもそう判断したらしく、打ち合わせ通りの呪文が投射された。
それが『ボーン・ウォール(骨の壁)』である。
堀の手前に弧を描いて出現した骨が組み上がってできた壁は、正面の跳ね橋の前を含んで、砦の4分の一を包囲した。
この見た目にも恐ろしい壁は、近づくものを尖った骨の先端で突き刺す攻撃力も備えている。
もちろんアンデッドには反応しない。
それを良いことに、ゾンビウルフとワイト・ウォーリアーは、がしがしと骨の壁を登っていく。
本来なら手足がずたずたになる行為だが、アンデッドだけに気にしない。
やがて骨の壁の頂上に出ると、そこから砦の壁に向って飛び込んでいく。
地上からだと届かない距離も、高さが同じなら、3mの幅跳びである。
なんなく砦の中に踊り込んで、そこから暴れ始めた。
「敵襲!正体不明!複数だ!増援を、ぐはぁぁ!」
「どうした!返事しろ!何が来た、ぐううう、狼か…、数が、数が多すぎ…」
「倉庫は陽動だ!持ち場を離れるな!」
「建物を背にして防御体制を取れ。無闇に攻撃せず反撃に徹しろ!」
怒号と、悲鳴と、戦闘音が響く中、ウォーリアーは悠然と村の中を進軍していた。
その目には、唯一の光を放つ、教会の入り口が映っていた…




