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7Days to the Dead 18th

 開拓村の日が沈んだ。

 それでも村中に灯されたかがり火が、煌々と辺りを照らしていた。


 「火は絶やすな。影を作らぬ様に配置せよ。奴らはどこからくるか判らんぞ」


 鍛冶師のモルガンが、松脂を含んだ薪を配り歩いている。

 

 「冬越しの事は考えんで良い。今晩を越えなければ、どちらにしろ必要なくなるのだ」


 冬篭りの準備があったので、薪や干し肉は十分に準備してある。二週間ぐらいの篭城なら問題ない。

 足りないのはキャラバンが運んでくる予定だった、酒類、穀類、煙草などの嗜好品だ。


 それらは村の周囲では手に入らないし、その為に秋の終わりに大量に買い込んでいたのだ。

 

 それでも、数日を凌ぎきれば、新たに買出しにもいける。

 雪が積もっても、橇をだすという方法もある。


 一番拙いのが、来るぞ来るぞと匂わせて、包囲を続けられる事だった。

 補給が出来なければ、何時かは村人の心が折れる。

 もしくは酒の切れたドワーフが暴走する。

 

 「三日、酒が飲めなければ、ワシとてどうなるか判らんからな」


 

 細工師のダイナーは、今も作業の真っ最中だ。

 護衛の兵士が二人見守る中、懸命に銀の鏃を作り出している。

 それを矢軸に付けるのは、弓師の役目である。


 既に村の中に有った銀製品は全て鋳潰した。

 今は銀貨を溶かして不純物を取り除いて、材料として使っている。


 「これ実際にやってみると、罪悪感が半端ないですね」


 貨幣を鋳潰すのは、基本的にご法度だ。

 冒険者が危急の際にやるぐらいで、村ぐるみで行うことなど過去に例がない。

 なぜなら、鋳潰すのは簡単だが、元の貨幣に戻すのは国しかできない。

 勝手にやれば、偽造貨幣製造で、文句無く死罪である。


 そして減った貨幣はしばらくは流通しない。

 財産として貯め込まれる事が多い、金貨や白金貨よりも、普段の生活に密着した銀貨の方が影響が大きいのだ。


 「けれど、これも生き延びる為です」


 鉄の鏃なら鍛冶師の仕事だが、柔らかい銀は細工師が扱う事が多い。

 ダイナーは、ひたすら鏃製作に没頭するのであった。



 マッコイ商会の倉庫に避難した女子供であったが、ここでの生活が三日目ともなると、疲労が溜まってくる。

 狭い場所に無理して篭っているので、ストレスが半端ないし、身体のあちこちが痛くなってくる。

 小さい子供は泣き出すし、遊び盛りの子供は目を放すとすぐに倉庫の外に逃げ出そうとする。


 それを抑える母親も、兵士として討伐隊に参加した夫が心配でならない。

 すでに先の戦いで、夫や息子を亡くした妻や母親もいるのだ。


 それらの不安と不満を一手に抑えているのが、翡翠亭の女主人アズサであった。


 早くに夫を亡くしたアズサは、女手一つで一人娘を育てながら宿屋を切り盛りしていた。

 それ以前は、夫とともに冒険者をやっていたとか、傭兵の副隊長だったとか、どこかの暗部から足抜けしてきたとか、色々噂はされている。

 ただ、その真相を知る者はいない。


 気風が良くて、料理が上手で、腕が立つ。

 それだけで周囲からは頼りにされていた。


 その人柄と才能は、今回の様な非常事態にはとても頼もしく、女衆からは絶大な支持を受けている。


 しかしそれにも限界はあった。


 度重なるアンデッドの襲撃で、怪我をした子供やその母親も多く、鼠の鳴き声を聞くだけで、怯えてしまうのである。

 しかも自警団の戦力が圧倒的に足りないので、今は猟師や樵まで守備兵として駆り出されている。

 この倉庫にも、当初は6人の兵士が護衛として配置されていたが、二日目には3人になり、今は誰も居ない。

 アズサの様な、過去に戦闘経験がある女性が、武器を持って代わりに護衛をしているのが現状だ。


 「安心おし、ここの壁はちっとやそっとじゃ破れない。入り口の扉さえ守れば、中は安全さね」


 実際に、ワイト騒ぎで火事になったときも、この倉庫の防火壁はびくともしなかった。

 それでも避難している女衆の不安は募る一方である。


 「頼んだよショーコ。今は聖獣様とあんただけが希望の光なんだからね…」


 他の誰にも聞こえないように、アズサはそっと呟いた。




 アズサの一人娘のマーヤは猫型の獣人である。

 アズサは純粋な人族なので、夫が獣人でハーフなのだと思われているが、その真実は誰も知らない。


 普段は宿屋の看板娘をして、神妙に働いているが、それ以外は年相応の遊び盛りの娘である。

 同い年の子供達と、走り回ることも多く、身体を動かせない現在は欲求不満なのは間違いない。


 すぐに倉庫の外に出たがるので、困ってショーコに相談もしてみた。

 するとショーコは、腕白児童を大人しくさせる為に、簡単な的当ての遊具を開発したのだ。

 倉庫の棚の間の通路を一つ、専用のレーンにして、端にある複数の的にお手玉を当てる遊びだ。


 これが爆発的に流行った。

 

 的の大きさで点数が変わるのも斬新で、持ち玉の3個で何点を狙うかも競技性が高く、数の計算にも強くなるというので、母親達にも好評なのだ。


 その的当て遊びで頭角を現したのが、マーヤを筆頭にした獣人の子供達であった。

 天性の運動神経と俊敏性、そして獲物を狙う本能が、大人顔負けの命中率を誇ったのである。


 これにより、一時的ではあるが、子供の間でヒエラルキーが定まった。


 『倉庫の中では、的当てが上手いものがボス』


 マーヤが子供達のリーダーになった瞬間であった。


 「マーヤが一等賞だよね!」




 今の開拓村で、一番忙しいのは、自警団長代理のマッコイ爺さんではなく、シスターのマリアである。


 魔力切れから回復すると、すぐに仕事が山積みで待っていた。

 まず、死者の弔いをしなければならない。


 高位のネクロマンサーが存在する以上、村の中に浄化されていない遺体を残しておくわけにはいかない。

 しかし墓穴を掘って、焼いて、埋める簡易な荼毘に付すわけにもいかなかった。

 村に遺族と同僚が存在するからだ。


 故に、略式になるとは言え、埋葬の儀式を執り行う必要があった。

 それには時間もかかるし、魔力だってそれなりに消費する。


 さらには怪我人の治療だ。

 感染症の対処や非戦闘員の治癒は薬師のジョンソンに丸投げしたが、早急に現場復帰が期待される兵士には、光魔法による治癒が優先される。


 その掛けすぎで、ぶっ倒れたわけだが、魔力が回復したなら再開するしかなかった。

 ショーコの師匠とやらが錬金術でヒールポーションを用意してくれなかったら、今頃は再び倒れていたと思う。


 「そこは感謝だけどよ」


 できればショーコには村に残って欲しかった。

 自分の助手というより、自分に何かあったときの代理として。


 「この村は最前線なのに癒し手が少な過ぎなんだぜ」


 なまじ先代の神父と錬金術師が有能だったせいで、その後継がまったく育っていない。

 そして二人とも変わり者だったから、中央に伝手もない。


 お人好しで、流れ者のショーコは、絶対に捕まえておくべき人材なのだ。


 マリアは自分のヒーラーとしての才能に見切りをつけていた。

 いつまでも魔道具頼りの代理シスターでは、いつかは破綻するのが目に見えていた。


 そしてそれは現実になりかけている。


 この危難に神が遣わしてくれたのが聖獣と使徒だとマリアは解釈していた。

 先代の功績に因んでなのか、マリア自身の不甲斐無さを哀れんだのか、とにかく神の援助は届いた。


 ならば後顧の憂い無く、命を懸けられるというものである。


 「ここからが正念場だぜ」


 マリアの戦いは続く…

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