7Days to the Dead 13th
我は屍徒である。名前はもう無い。
記憶のどこかに人間だった頃の思い出が、食い残しの残飯のようにこびりついているが、もう気にすることもない。
今はただ、魂に刻み込まれた本能に従うのみである。
『生有るものを全て殺せ』
それが我に架せられた使命でもある。
我は元は闇蜘蛛の女神の使徒であり、今は死と疫病を撒き散らす神の屍徒である。
闇蜘蛛の女神に仕えていた時の試練に破れ、死の神に選ばれて屍徒として復活したのだ。
ついでに元の仲間だった使徒も、我の死霊術により屍鬼として甦らせた。
屍鬼としてはクラスが残った分、上等であるが、知能が低すぎて屍徒にはならなかった。
まあ、配下にするにはその方が都合が良い。
鼠獣人の盗賊は、強い者には媚びへつらう性格だったので、屍徒になったとしても召喚主である我には逆らわないだろう。
しかし狼獣人の戦士は、術者を格下に見る癖があるので、同格になった場合は反抗する可能性が大きい。
それらを考慮すれば、命令に素直に従う現状が一番良いと言えるだろう。
幸運なことに両者は、同属のゾンビをコントロールすることが出来た。雑魚を我が操らなくて済むのは楽でよい。
最初のうちは勢力の拡大に努めていた。
逃げる動物を追い、襲ってくる獣を返り討ちにして、その死体を元にゾンビを召喚する。
鼠ならローグに、狼ならウォーリアーに統率させ、それ以外の大物は我が率いた。
やがて指揮下に置ける数を上回るようになったので、簡単な指示を与えた後は放置するようになった。
野良になったとしても、アンデッド同士は争わないし、良い目くらましにもなる。
そして見つけた。
人間が多数生息する場所を。
あそこに居る全ての人間を殺し、不死者として甦らせれば、我が神もお喜びになることだろう。
それには、あの堀と壁が邪魔だ。
我は人間どもに発見されないように慎重に距離をとりながら、その場所を観察した。
人間と亜人を含めて100人ほどだろうか。その内の半数が戦える者のようだった。
まず判ったのは、人間の出入りが極端に少ないことだ。
大きな門と跳ね橋は存在するが、それが開くことは無く、小さな通用門で出入りしている、
そこに繫がるのは貧相なつり橋で、人間が一体渡るのがやっとである。
現実的には我らに堀は意味が無い。
水に沈んでも溺れることは無いからだ。
しかし移動は阻害される。
本来なら泳ぎが得意な鼠も、不死者になってからは、その実力の半分も出せまい。
渡河の最中に攻撃されれば、徒に戦力を失うことになろう。
その亡骸で堀が埋まるのであるなら、迷うことはないが、今はそれだけの個体数が存在しない。
違う策が必要である。
壁もまた、邪魔な存在だ。
高さは人間の背丈の倍はあろうか。
堅牢なので崩すのは無理なようだし、穴を掘るには時間がかかりすぎる。
狼でも跳び越えるのは難しい。ましてや不死者になって敏捷力が低下していては尚更である。
鼠ならなんとか登れるやも知れぬ。
堀を渡り、壁に取り付き、よじ登る間に発見されなければであるが。
それには、壁の各所に設けられた見張り台が邪魔だ。
あそこからは、堀と壁の外が一望できる。
それが死角のないように4箇所に配置されているからだ。
あの見張りを闇魔法で倒す事は可能だろう。
しかし魔法の届く範囲に姿を現せば、我もまた反撃を受けるに違いない。
それは避けねばならない。
我が倒れれば、神の使命は果せない。
我は一度、女神の試練に失敗している。
二度目は許されまい。
そんな時に、それが現れた。
奇妙な亜人が、筏で上流から物資を運び込んできたのだ。
跳ね橋が下ろされ、肉の塊が次々に運び込まれていく。
あきらかに普通の補給では無い。
我の監視に気が付いて、篭城の準備を始めた可能性がある。
急いで、その夜に鼠を潜り込ませてみた。
幸運なことに、急な物資の搬入に人間どもが浮かれており、監視の目が若干緩んでいた。
ローグの手下の鼠達は壁をよじ登って、上手く侵入できたようだ。
壁の内部の様子を観察するとともに、地下に潜んで時を待たせる。
それと同時に、残りの鼠と狼部隊の全てを門が見える場所に移動しておいた。
内部が混乱したら一気に突破する為である。
さらに隠し玉も用意した。
これを倒すには、かなりの戦力を消耗したが、それだけの価値はあったと思う。
ゾンビとして甦らせて強いのは、筋力が高く、耐久力がある獣だ。
敏捷力が高い狼より、これの方がゾンビ化した方が強いのだ。
早朝、一人の人間が通用口から外に出てきた。
何やら細い棒を担いで、川下に向っていく。
襲って眷族に転化することも考えたが、今、騒ぎを起すと折角の仕掛けがふいになる。
配下の大鷲に尾行させるだけに留めておいた。
昼ごろ、潜入させた鼠が発見されてしまった。
何故だ。
あれほど夜までは行動するなと命令してあったはずなのに。
ローグに問い質しても、満足のいく返事は無かった。
そうだった。こいつら馬鹿だったのだ。
夜まで暇だから、金目の物が無いか探させた?
不死者が金品を盗んでどうする気なのか。
良い酒が欲しかった?
不死者は飲めないだろうが。
ローグってのはそういうものだ?
こいつ、開き直りやがった。
よかろう。立場の差を思い知らせてやる。
一瞬で降参しやがった。
勝てないと判っているなら、反抗するなと言いたい。
ローグが萎縮したので、配下の鼠の統制も乱れた。
なので潜入した鼠が全部露見してしまった。愚かしいにも程がある。
腹立たしいが、戦果が無いわけでもない。
騒乱に紛れて兵士に傷を負わせることに成功したようだ。
ローグの配下には、感染力の強い病気を保菌させてある。
それが広まれば人間の抵抗も弱くなるはずだ。
案の定、慌てて薬草を求めて一団が出てきた。
絶好の機会である。
我はウォーリアーの配下に一団を襲わせ、奴らが壁の中に逃げ込むタイミングでローグの残りの配下を
突入させた。
見張り台の上から亜人が強力な弓で攻撃してきたので、予想外の被害が狼部隊にでたが、その穴埋めに隠し玉を投入した。
あきらかに混乱した人間達は、このまま成すすべもなく蹂躙される運命にあったはずなのだ。
あれが来るまでは…




